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魔女と鉱石、帰還譚  作者: 空野
Chapitre.9
87/323

9-12

 誠の鉱山を出たところで、ニコロとかち合った。

 「あれ、ニコロさん、こんばんは」

 空は既に暗く、星がキラキラと光っていた。

 「ああ、こんばんは」

 ニコロは微笑んで足を止める。鉱山の入口、既に鉱夫達も帰宅した時刻、辺りは閑散としていた。

 「練習?」

 軍刀を指して首を傾げるニコロに、いえ、と雪路は首を振る。

 「手入れ方法を聞きに来たんです」

 貰って来た木箱を掲げると、そっか、と納得したように頷く。

 「刃物はちゃんと手入れしないと切れなくなっちゃうもんな」

 「ニコロさんも剣みたいなの使うんですか?」

 いつも陽気でニコニコしたイメージのニコロが、軍刀やら剣やらを振り回すのは想像出来なくて、キョトンと首を傾げる。

 「いいや、まさか。俺は魔法か、そうじゃなきゃ銃に頼るよ」

 ニコロは片手で銃の形を作って見せた。

 「本場シチリアのヒットマン、これでも結構、早撃ちが得意なんだー」

 「あ、そういえば、そうでしたね……」

 地球にいた頃の経歴だけで言うなら、ある意味で誰より物騒だった事を思い出し、雪路は苦笑いする。

 「俺の言う刃物は、包丁だよ」

 ニコロは肩を竦めて片目を閉じた。

 「ちゃんと手入れしないと、あっという間に切れ味が悪くなるんだよな、包丁って」

 「そっか。ニコロさん、お料理するんですもんね」

 なるほど、と今度は雪路が納得して頷くと、ああ、とニコロは目を細める。

 「今日もこれから、誠とメルヴィンに夕飯作る約束なんだ」

 「あ、それでここに?」

 「そ。迎えに来たんだー」

 そうしてニコロは少し声を弾ませた。

 「良かったら、雪路も来る?とびっきりのパスタに、それから、デザートはジェラートだよ!」

 おいしそう、と即座に思った。本場のパスタにジェラートなんて、是非とも一度は食べてみたい。

 けれど。

 「うう……めちゃくちゃ食べたいんですが……今日は、お友達と約束があって……」

 泣く泣く首を左右に振る雪路に、それなら、とニコロは首を傾げる。

 「その子もご招待するけど?」

 「いえ、それが……」

 雪路は頬を搔いて、えへへ、と思わず笑った。

 「二人、いて。一人は、花嫁候補の子なんです。今まで鉱夫や工女の食堂に行った事がないから、行ってみたい、って言ってたので……」

 決闘の一件以来、部屋から出て来たカレンの言葉だった。今朝方の扉の事件の後、夕飯の誘いに初めて応じてくれたのである。

 「ウェンディとカレンと……。今日だけは、ごめんなさい、どうしても」

 「そうか。それは確かに仕方ないなぁ」

 ニコロはクスリと微笑んだ。

 「決闘の時、雪路を応援してた子かな?うん、良かった。花嫁候補の中にも、雪路の味方がいて」

 そうして、俺は、と一歩、雪路に近付いて。

 「俺は、雪路のこと、応援してるよ」

 「はい?」

 雪路はパチリと目を瞬いて、自分より背の高いニコロを見上げた。

 紺碧の空を背景に、エメラルドの瞳が瞬いている。いつもは柔らかな新緑に近く感じていたその色は、けれど、そうして色濃い夜空を添えれば、悠久に揺れる天空のオーロラにも似ていた。

 「……立場上さ、中途半端に応援しちゃうと、余計に雪路の立場が悪くなるのは、分かってるんだ」

 少しだけ声を低くして、ニコロは呟く。憂いを含んだ様に目を細め、微かに俯いた表情はいつも以上に年齢を感じさせた。

 (ニコロさんも、私より年上のお兄さんなんだ)

 毒林檎の試練の際にも思った事が、再び頭を過ぎる。末っ子で、陽気で無邪気な振る舞いで、ともすれば同じ年齢か、あるいは年下の様にさえ思ってしまう時があるけれど。憂いを含んだ表情で宵闇の中に佇んだ姿からは、そういう子供っぽさや人懐っこさがなりを潜めていた。

 「分かっているけど……悔しいな。君を守ってあげられないのは」

 「え」

 見慣れない姿に気を取られていた雪路は、そこで我に返って声を上げる。

 「そ、そんな。気にしないで下さい。ニコロさん達にはだいぶ良くして頂いてますし!」

 眉間に皺を寄せて呟いたニコロに、大丈夫ですよ、と笑ってみせた。

 「決闘も終わったし。今、かなり気持ち的には順調ですよ」

 「そうだとしても」

 ニコロは、少しだけ困った様に微笑んだ。

 「俺が嫌なんだ。何もしてあげられないかもしれないのは」

 「それは……」

 「もしも」

 そっと、ニコロの手は雪路の頬に触れた。

 「もしも、俺が君の〝婚約者〟だったら、堂々と手を出すな、傷付けるなって言える。言って、守ってみせるから……だから、もしも、雪路が頷いてくれるなら……俺の〝婚約者〟に……」

 パチリと、雪路は瞠目する。

 「それは……」

 一瞬の間を置いてから視線を逸らし、首を左右に振る。やんわりと、ニコロの手から頬が離れた。

 「あの、私は、大丈夫です。〝婚約者〟は、ほら、いつか本当に、ニコロさんが選びたいって人が現れるかもしれないから」

 親切はありがたいが、と雪路は笑った。

 「……それに、私……」

 ニコロの手が離れた自分の頬に触れ、視線を落とす。柔らかな手袋の感触、それよりも幾分細くて、けれど温かな直の指先の感触。

 (はやく、あいたい……)

 ほんの刹那、目の前のニコロから、今はここにいない彼に全ての思考が蕩けて向いた。

 「たとえ恋愛じゃなくて親愛からの援助だとしても……〝婚約者〟は、だめです。私、好きな人がいて」

 「……親愛」

 ポツリと、ニコロは鸚鵡返す。

 「え?」

 雪路が視線を上げると、ハッとしたように慌ててその顔は笑った。

 「あ、いや。うん、そうだよな。〝婚約者〟って、やっぱり特別だし。変な事言ってごめん」

 いつも通りに屈託なく笑って、ああ、と視線を横に投げて。

 「立ち止まらせちゃったな。そろそろ誠が待ちくたびれて眉間に皺寄せてるだろうから、行かないと」

 「あ、はい、すみません」

 雪路もカレンやウェンディが待っている事を思い出し、肩を揺らした。

 「じゃぁ、また」

 「はい。また今度」

 会釈して擦れ違って、足を早めようとした、その背中に。

 「雪路」

 「はい?」

 掛けられた声に振り向くと、ニコロは振り向かないまま、いつも通りの声で訊いた。

 「アントワーヌのこと、好き?」

 シンと静まり返った中で、雪路は一瞬だけ間を開けた。それから、少し照れて頬を緩める。

 「はい。……好きです、とっても」

 内緒ですよ、と笑うと、そっか、とニコロの声も笑った。

 「……あの人なら、仕方ないよな」

 「ニコロさん?」

 「俺もさ、雪路と違う意味でだけど、あの人のこと、大好きだし、尊敬してる」

 そうして今度こそ、それじゃ、とニコロは歩き出す。

 「……雪路は正解だよ」

 いつも通りの声が遠ざかって、雪路は、その背中を少しの間見送った。


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