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魔女と鉱石、帰還譚  作者: 空野
Chapitre.8
82/323

8-15

 ギャァギャァと耳障りな声を上げて襲い掛かるガーゴイルの攻撃。必死で躱しながら、雪路は思案する。

 (これ、どうしよう……?)

 先ほどの決闘ほど、身に迫って命の危険がある訳では無い。しかし、もろに喰らえば大怪我必至の鉤爪に狙われ、錐揉み回避の連続でうっかりすればかなりの高度から落下しそうな状況。

 (まずは、ガーゴイルをなんとかしないとだけど……)

 迂闊に背中は見せられない以上、何とかしてガーゴイルの注意を逸らし、その隙にラビニア本人を狙うのが正解なのだろうとはわかる。

 しかし、ガーゴイルの注意を逸らす方法が全く思い当たらない。

 「さっさと降りて来なさいよ!一戦目も二戦目も、ずっと飛び回って逃げて!」

 下方のラビニアの声。

 「アンタが一番の臆病者じゃない!」

 「さっさと負けちゃえ!」

 「負けたら花嫁候補辞めなさいよ!」

 わぁわぁと響いて来る野次に、ムッと眉が寄る。

 「うるさい……!」

 思わず小さく唸った瞬間、ガーゴイルの鉤爪が頬を掠めた。ピリッと痛みが走って、視界の隅に血が飛ぶ。

 「やっちゃえ!」

 「顔を狙え!」

 「自意識過剰なんだから、顔は大事にしてるでしょ!」

 上がる歓声。変わらず回避の動作を続けながら、思わず頬を片手で抑える。

 「そんなみすぼらしい色の髪で、恥ずかしくないの!?」

 「長く伸ばしちゃって、まさか、それが似合うと思ってるの?」

 「服だって誠様の真似しても偽物感しかないし!」

 一戦目より心理的に、二戦目より状況的に余裕が出来てしまったのが災いしていた。今まで気に留めていなかった野次が、急に綺麗に耳に入ってくる。

 「さっきの決闘で泥だらけで汚いし!」

 「あいつ、いっつも汚れてる!」

 「きっとゴミ臭い所が好きなんでしょ、貧相だし」

 再びガーゴイルの爪が掠めて、今度は右肩が切れた。

 「……うるさいな……」

 野次と、どうにも解決策の見えない状況にイライラと思考が泡立つ。知らず知らず、現状打破に向けて活用すべき思考の容量に、不要な苛立ちと反論が入り込んでいた。

 注意散漫した結果、更にもう一度、今度は体当たりが左腹を掠めて、殴られたような鈍痛と勢いに、ズン、と数十センチ落下。

 「うわっ!?」

 辛うじて持ち直したものの、続くガーゴイルの鉤爪を躱し切れず、咄嗟に体を庇おうと上げた右の手の平をザクリとやられた。

 自分で足を切った時以上の、明白な痛み。反射で手を握り締める。

 「やっちゃえ!」

 「ラビニア頑張れ!」

 上がる歓声に、グッと奥歯を噛み締める。

 どうして、と、無意識に思ってしまった。どうして、こんな痛い思いをして、靴もダメにしてしまったし、新しいはずの服まで埃塗れで、それなのに、どうしてこんなに必死に戦わなきゃならないのだ、と。二回も頑張って勝ったのに、まるで自分だけ悪者のように野次しか飛んで来なくて、誰も褒めても、応援してもくれない。

 (……ちがう、わかってる)

 応援してはくれているのだ。応援してくれている人達がいることは、わかっている、と雪路は思う。立場上、声援を送れないだけなのだ、と。

 (何よりこれは私が私の為に決めた決闘なんだから……)

 誰かに褒めて貰えないとか、応援して貰えないとか、そういう考えがそもそも贅沢だし何か間違っているのだ、と。頭の奥の冷静な自分がきっぱり分析した。

しかし、だからこそ、そこで。

 (でも、それなら……)

 別にもう、頑張らなくても良いじゃないか、と、その奥の方で結論が出てしまった。

 (だって、私がラビニアに勝ったって……)

 花嫁候補達は何かしら理由を付けて野次を飛ばすであろうし、普段の生活が劇的に改善する事もないだろう。

 そして逆に、ここで雪路が負けたところで、責める人も、困る人もいないのだ。

 これは最初から雪路が雪路の為に決めた決闘で、だからこそ、雪路が負けたところで誰の迷惑になるでもない。

 だからもう、これ以上、不快な思いも痛い思いも、する必要はないはずなのだ。

 雪路が、ここでいいと納得するか、しないかだけの問題なのだ。

 完全に、現状打破よりも、その思考に耽ってしまって。今度こそ、ガーゴイルの猛攻から意識が逸れた。

 「やっちゃえ!」

 ラビニアの声にハッと我に返った瞬間、鉤爪が振り下ろされる。

 「っ、この!」 

 奇跡的に抜刀が間に合って、軍刀と鉤爪がけたたましい音を立ててぶつかった。

 「そのまま押し切れ!」

 ラビニアの声に従って、雪路よりやや高い位置にいるガーゴイルは、鍔迫り合ったままギリギリと全体重を乗せて来る。

 「っ、おもい!」

 鍔付近の鎬の部分で鉤爪を受け、額の前で一文字に構えたまま。上からのしかかって来る重みに、雪路の膝は微かに曲がり、浮遊魔法も重みに押されてジリジリと高度を下げる。

 (このままじゃ、ラビニアの魔法の射程圏に入る……!)

 押し返そうとするも、相手は雪路より重いだろう石の塊。筋力も浮力も足りず高度は下がる一方だった。

 (……もう、いいかな)

 両手で柄を握り締めているけれど、ザクリと切れている右手は、重みが増すごとに柄に傷を抉られて、飛び上がりそうになるほど痛い。

 (もう、諦めよう……)

 二回は勝ったのだ。三分の二ならば上出来と思って良いじゃないかと、弱気の虫が囁く。

 そこで。

 「雪路!」

 聞き覚えのある少女の声が、耳に入った。花嫁候補達の固まっている方とは逆側から、聞こえた声。

 「何やってんのよ!そんな性格ブサイクの使い魔くらい、やっつけちゃいなさいよ!」


 「……カレン?」


 一瞬、花嫁候補達の野次も止んだ。飛んで来た声は、引き篭もっていたはずのカレンの声。

 一瞬の沈黙が会場を走って、次の瞬間、花嫁候補達が眦を吊り上げ、何か罵声を上げようとして。

 「そうよ!やっちゃえ、雪路!」

 開き直ったような大声は最下段の客席からで、ウェンディだと悟る前に、釣られたように辺りにザワッと音が生じる。

 「雪路さん、全勝だ!やっちまえ!」

 「さっきから外野の野次がウッザイのよ!黙らせてやんな!」

 皆で渡れば怖くない、とばかり。会場の殆どを占めている鉱夫や工女が、一斉に声を張り上げた。

 大衆の大音声に、花嫁候補達が思わずビクリと口を閉じ、どさくさで罵声まで食らう事になったラビニアも怯む。

 その瞬間、ガーゴイルの視線も、ほんの微か客席の方に、流れた。

 「ああもう!リタイア出来なくなっちゃったよ!」

 一瞬だけ浮遊魔法を解除。足元がズンと沈み、軍刀に掛かる重みが刹那だけ消えて。

 そこで、軍刀から放した右手で、ガーゴイルの角を掴んだ。

 「こっの、この!」

 再び浮遊魔法を発動しながら、握った角を軸に体勢を入れ替え、角を放す。上方から下方の雪路に向けて体重を掛けていた石の塊は、上下が逆転すると同時、勢い余って下方へ進む。加えて雪路に全体重を乗せてぶん投げられる力も上乗せで、地面に一直線。

 石の床に石像が激突する轟音が響き、近くに立っていたラビニアは飛び上がった。

 そこへ、雪路は急降下する。

 「ガーゴイル!」

 風の魔法を発動し、突風で雪路を牽制しようとしたラビニアは、割れた床の破片に埋もれるガーゴイルを呼び寄せようとしたけれど。

 「手加減は、する、けど!」

 突風で降下が遅れた分を取り戻すように、最後の二メートルは魔法を切って自然落下。ついで両手で大上段から振り下ろした軍刀は、狙いに峰の方を向けていた。

 「痛いから、ね!」

 ガッツン、と。命に関わらないよう手加減したといっても、もろに額に入ったのは鋼の重い鈍器。ラビニアから断末魔じみた悲鳴が上がり、同時に打撃で額が割れて血が飛んだ。そして、スプラッタじみたその光景に会場中が凍り付くよりも早く、その意識は途切れてバタリと体が倒れ込んで。

 しゅわり、と。主人の意識喪失と同時に、床から起き上がり掛けていたガーゴイルも消える。

 「やった!」

 「ざまぁみなさいよ性格ブス!」

 鉱夫や工女達の歓声が上がり、呆然としたままの花嫁候補達は右往左往と辺りを見回した。


 「ラビニア、意識不明により敗北を決定とする!」


 歓声の中で、メルヴィンが声を張り上げる。

 「勝者、花都 雪路!」

 それを聴きながら、雪路は背後を振り仰いだ。

 「カレン」

 中段の観客席に立ったカレンは、少しだけ罰悪そうに笑って、小さく手を振る。

 「ありがと、カレン!」

 手を振り返すと、肩を竦め、客席に座り直して。

 (……カレン、来てくれてたんだ)

 雪路は軍刀を鞘に納めながら目を瞬いた。

 カレンの味方になる、なんて言う事が、今更なのはわかり切っていたのだ。偽善だと、卑怯だと罵られても仕方ないとも理解していたし、一度は確かに激怒させてしまった。

 それなのに、カレンは、ここに来た。負けるなと、カレンの方が、雪路の味方を、してくれたのだ。

 (……よかった)

 無駄ではないと思っていたけれど。例え遅過ぎるとしても、そこには一欠片意味があると信じていたけれど。

 雪路が思っていた意味だけではない、価値があった。

 (……ああそうだ、本当に、私、負けなくて良かった)

 確かに雪路だけの問題だけれど。でも、だからこそ、一瞬の弱気で降参しなくて良かったと、心から思う。

 誰も負けたって責めはしないだろうけれど、勝てば、こうして誰かが喜んでくれるのだから。負けるなと、言ってくれる誰かは、いたのだから。

 そういう喜びや声援を向けて貰える自分で在りたいと、自分が誇れる自分でいたいと、思ったのだから。

 (あそこでヘタレて楽な方を取ってたら、それこそ、また後悔してただろうし……うん)

 カレンにも、ウェンディにも、鉱夫や工女達にも、ちゃんと後でお礼を言わねばと、そう思いながら視線を少し動かした時。

 「あ」

 会場の端の、扉の前。


 「……きて、くれた」


 思わず体ごと向き直ると、確かに視線がぶつかった。

 「アントワーヌさん……!」

 金の瞳は微笑む。そうして小さく優雅に一礼し、扉の方を向いた。

 「あ……!え、そんな、だめ、だめ!ま、待って……!」

 行ってしまう、と思って、気付くと駆け出していた。

 背後でメルヴィンが何か叫んだけれど、その時には雪路の頭の中には銀の髪の後姿しかなかった。


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