8-14
「これで最後だな」
「雪路、大丈夫かなぁ」
ヘイダルが呟くと、ニコロがソワソワと頷いた。
「先の件は、同じ手を何度も連続で使うなと、教えはぐれた俺の失態だったな」
腕組みして眉間に皺を寄せた誠の、地の底を這うような声。
「勝ったんだから良しとしようよ」
ニコロが慰めるように言っても、いつも以上に威圧的な雰囲気を放ったまま、誠は曖昧に頷いた。
「しかし、一度、そうやって失敗したからには、今回は同じ轍を踏まんだろう」
ヘイダルが言った時、メルヴィンが集合の合図を掛ける。
「そういえば、雪路、靴は?」
切り裂いてしまった左足のブーツは使い物にならないであろうし、片方だけ履いたままではかえって違和感があって動きにくいだろう。
「靴下で決闘?割れた床の破片なんかで怪我しそうだけど……」
「今、工女が靴を渡していた」
ヘイダルは答えて視線を下方に落とした。最下段の客席に、赤毛の工女。
「……あれは確か、〝毒林檎の試練〟の時も付き添いに来ていた……」
「雪路のお付きの工女だよ」
ニコロが少し身を乗り出す。
「仲良いみたいだね。花嫁候補に睨まれるの承知で靴を貸しに行んだからさ」
「……ああ」
ヘイダルは赤毛の工女から、チラリと花嫁候補達の集まっている方向へ視線を向ける。幸いというか、何と言うべきか、花嫁候補達の視線は雪路とラビニアに向いていて、下層階級と見下す工女には見向きもしていない。
(……しかし、気に掛けてはおくべきか)
あの工女の名前は何だっただろうか、とヘイダルが思考している間に。
「誠、ヘイダル」
ニコロがツンと袖を引いた。
「始まる」
視線を移せば、いよいよメルヴィンが最後の決闘の開始を宣言しようとしているところで。
「……誠?」
袖を引かれたにも関わらず、腕組みしたまま視線を動かさない誠に、ニコロが怪訝そうな声を上げる。
「誠?」
「……エリック」
「え?」
呟きを聞いて思わず、誠の視線の先を辿ると、今まさに会場を出て行こうとしているエリックの後姿があった。
「珍しー!見に来てたんだ」
ニコロの驚いた声。ヘイダルも思わず目を見開く。
普段、花嫁候補にベタベタと親しんでいる割に、ことエリックは、花嫁候補同士の事には絶対に深入りしなかった。気さくで馴れ馴れしいようでいて、本当は誰より線引きが厳格である事を、〝兄弟〟達は理解している。
「やっぱり雪路の事は気になるのかな?」
ニコロの言葉に、ヘイダルは少し視線を虚空に投げた。
(……俺に、雪路は地球に帰りたがっている、と……脱走の危険あり、と、遠回しに警告してきたのもアイツだったな)
確かに雪路の事は気にしているのかもしれない。しかし、あまり良い意味で気にしているわけではないのでは、とふと思った。
「……〝以前の事〟もあるしな」
無意識に落ちた呟きに、ピクリと、ニコロが振り返る。
「……〝あの事〟?」
「……いや、忘れてくれ」
慌てて首を振って視線を誠に戻した。しかし、誠は変わらず一点、エリックの去った方向を睨み付けたまま動いていない。
「誠」
その肩に手を当てようとした瞬間、会場全体からどよめきが起きた。
「何だ?」
「なるほど……!」
瞬間、決闘場に視線を動かした誠が低く唸る。
「使い魔だ!」
ニコロが叫んだ。視線と意識をエリックに向けていた間に始まっていた決闘は、既に大きく動いていた。
ガーゴイル、全長一メートルほどの悪魔の形をした石像が、決闘場の上空を飛行している。その鋭い鉤爪を振り回し、重く固い石の体で突進を仕掛ける悪魔から、雪路が浮遊魔法で逃げ回っていた。
「相手は〝腰紐の試練〟を合格していたのか……!」
「もしくは、合格者から決闘で奪ったか、だな」
ニコロは席を立ち、欄干に手を掛けて身を乗り出す。対して誠は眉間の皺をますます深くして自分の横に立て掛けていた軍刀を足の間に下ろし、柄の先に両手を乗せた。
第三戦目の敵であるラビニアは、〝腰紐の試練〟の合格報酬である召喚の魔法……自身の影を何かしらの生物の形に変換する、疑似的な使い魔召喚の魔法を得ていたらしい。
「一度、地面に降りた方が良いんじゃ……」
ニコロはハラハラとそう呟く。
重い石像とは思えない身軽さで飛び掛かるガーゴイルを相手に、雪路は錐揉みしながらやっとの事で攻撃を回避して飛び続けていた。
「あれじゃぁ、そのうち目が回るか、もしくはウッカリ魔法が切れて落ちる!」
「だが、高度を落とせば対戦相手本人の魔法攻撃範囲に入る。そうなれば、上空の使い魔とで挟み撃ちだ!」
ヘイダルは唸って、落ち着かない気分で足を組替える。
「使い魔をどうにかしてからでなければ、迂闊に地上には降りられん」
「だが、読み取り魔法二重掛とはいえ、あれに石像を真っ二つにするほどの腕前はあるまい」
チッと、誠は軍帽の鍔を片手で押し下げながら舌打ちした。
「使い魔に背中を晒してでも本丸に突進して、一撃で意識を失くさせるしかないな。〝本来〟の使い魔ならいざ知らんが……。花嫁候補に与えられる疑似使い魔ならば、本体の意識が飛べば消える」
「って言っても……あれ、背中晒した途端にやられるってぇ……」
「そこをどうにかしてやりきるからこそ、勝者足り得る」
ハラハラと見守るニコロと、軍帽越しに鋭い目付きで経過を睨む誠。
ヘイダルはもう一度足を組み換え、小さく息を吐いた。
「でもさ、もう最後の戦いだし……。怪我する前に降参しちゃったって……。前の二人から獲得した分と差し引きしたら一つくらい魔法を奪われても……」
ニコロの呟きに、誠はピクリと眉を吊り上げる。
「軟弱者、貴様は敗北主義者か」
地の底を這うような叱責に、うへ、とニコロは肩を揺らしたけれど。
いつもなら更に続くはずの小言はなく、微かに複雑そうな表情をした誠。
(戦略的な撤退)
差し引きで言えば、ここで早々に降参しても損は無いと、それは認めているのだと、ヘイダルは悟る。
「……敗北主義は気に入らんが……」
誠はボソリと呟いて、視線を少し辺りに向けた。
「……諦めたいような弱気になる条件は揃ってしまっている。それが、些か気に掛かる」
「……アントワーヌはまだか」
ヘイダルもつられて辺りを見回した。
「褒美一つで調子が狂うようならその程度、ではあるが」
誠は再び視線を決闘に戻し、今度は軍帽の鍔を押し上げる。
「……時に、声援の一つが勝負を引っ繰り返す事があるのは、事実だからな。この勝負は、初めからその点であれに厳しい」
どよめきの続く会場内。しかし、そこに雪路を明白に応援する声は、無かった。




