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魔女と鉱石、帰還譚  作者: 空野
Chapitre.8
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8-13

 「雪路……!」

 息を切らせて上段から駆け下りて来たウェンディは、一番下段の観客席から雪路に向けて靴を差し出した。

 「たぶん、サイズは同じ。あのブーツに比べたら決闘向きじゃないけど、無いよりマシだと思うわ」

 「あ、ありがとう」

 反射的に、客席と決闘場を隔てる欄干越しに靴を受け取って、雪路は気まずくウェンディの足を見る。

 「でも、あの、ウェンディは大丈夫?」

 「私はいいのよ!座って見てるだけだから!」

 靴下で立っているウェンディは、ブンブンと首を振り、それより、と雪路の肩を掴んだ。

 「次で最後よ、大丈夫?疲れてない?さっきの足の怪我は?」

 「大丈夫」

 雪路は慌てて首を左右に振る。

 「あの、ほら、足は魔法で直ったから。服は埃だらけでヒドイ見た目だけど……」

 えへへ、と。床に叩き付けられている間に汚れてしまった服を軽く叩いて見せると、もう、と少し安心したようにウェンディは笑う。

 「笑い事じゃないわよ……。本当に、見ていて心臓に悪かったんだからね……」

 「ごめんごめん」

 「貴方は悪くないけど。でも、お願いだから無理はしないでね」

 心配そうになる声に、うん、と返して。

 それと時を同じく、休憩はあと五分、と、決闘場の中央のメルヴィンが声を上げた。

 「履いたら定位置に着かないと……」

 「雪路」

 浮遊魔法で浮かび上り、欄干に座ってショートブーツの靴紐を縛る雪路の背に、ウェンディの声が掛かった。

 「……ねぇ、本当に、大丈夫……?」

 ピクリと、雪路は眉を動かした。

 無意識に、何度目になるか分からない確認の為、視線をグルリと客席全てに向ける。

 「……まだ、来てない」

 ポツリと、思わず零れた声に、背後のウェンディが身動いだ。

 「雪路、大丈夫よ。きっと来る」

 ポンと背中に手を当てて、ウェンディは真剣な声で言う。

 「アントワーヌ様は、気難しい方だって皆が畏れているけれど、その分決まり事や約束には厳格な方だって、昔から言われているもの」

 「……うん」

 「それに、指輪を贈ったほどの女の子との約束を破るような人じゃないでしょ、貴方の王子様は」

 パチン、と強めに叩かれた背中と、突如明るくなった声に、雪路はひゃっと飛び上がる。

 「え、あ、いや、そんな……あの指輪は、きっと毒林檎対策に……」

 思わず欄干から浮かび上がって振り向き、アワアワと両手を上下させると、あら、とウェンディは笑った。

 「わからないの?毒林檎対策だとしても、よ。それって、あの人は他ならない貴方に、試練を合格して欲しかった、今日、決闘で勝って欲しかった、って事じゃない」

 「それは……」

 瞬間、脳裏に蘇ったのは川辺の夜。


 『俺は、お前に勝って欲しいと思っている』


 ああ、確かに、そうだった、と。その声を思い出して雪路は無意識に胸の前で拳を握った。

 「雪路」

 ウェンディが再び雪路の肩を掴む。

 「あの方は魔女の御子息で、しかも、その中でも一番多くの花嫁候補から〝目当て〟にされている。そしてね、あの方も、それを自覚しているのよ」

 「う、うん」

 そうだろうな、と、少し悲しいような焦るような気持ちで頷くと、だから、とウェンディは少し声を強くした。

 「そんなあの人が、貴方に、花嫁候補の、貴方に!試練に受かって欲しいって、勝って欲しいって、そう思う意味!つまり、そういう事よ!」

 「え」

 パチリ、と雪路は目を瞬いた。

 「え……?」

 ウェンディの言葉の意味を噛み砕いて、ちょっとずつ消化する。

 魔女の後継者から夫として指名される可能性が高い彼が、他ならない雪路に、勝ち抜いて欲しいと言う意味は。

 (……私が、魔女の後継者になれば良いって、思ってる?……私が、アントワーヌさんを選べばって……)

 行き着いた結論に、目を回しそうになって。しかし、寸前でハッと我に返った。

 「ち、違うよ!きっと!だってほら、あの人は私があの人を好きなの知らないし!仮に私に後継者になって欲しいと思ってるにしても、ほら、私のお目当てって誠さん説が出回ってるし!」

 自分と仲が良い誠と、気にかけている雪路が幸せになるのを応援している、なんてオチかもしれない、と。雪路は自分の思考に段々と肩を落とす。

 「それはないわよ」

 ウェンディは呆れた顔でキッパリ否定した。

 「雪路、貴方、自覚している以上にその件に関してはわかり易いから。十中八九、アントワーヌ様、気付いてる。もしくは、そうなのかなぁ、くらいに予想はした上で取った行動よ、きっと」

 「そ、そんな……」

 容量オーバーでグツグツ煮え上がりそうな頭を両手で支える雪路に、まったく、と、ウェンディは雪路の肩に置いていた手を放した。

 「……とにかく、何にしろ、あの人が貴方に勝って欲しいと思っているのは事実だし、それってつまり、どんな意味にせよ貴方を特別視してるんだから」

 だからと、ウェンディは深く頷いた。

 「大丈夫、必ず来る」

 その言葉に、雪路は少しの間黙り込んで、それから、視線を落として頷く。

 「……うん」

 「……絶対に大丈夫。だから、あと一戦、頑張って」

 ウェンディの声に後押しされて、少しだけ、不安が和らいだ気がした。

 「決闘者は定位置に着きなさい!」

 背後から聞こえるメルヴィンの声に顔を上げ、うん、と、もう一度、雪路は頷いた。

 「行ってくる。頑張るね」

 「ええ。……声援を送れなくて本当に申し訳ないのだけれど……皆、応援しているのは貴方よ」

 「うん、ありがとう」

 申し訳なさそうなウェンディに笑って、雪路は踵を返した。

 あと一戦。最後の相手であるラビニアは、既に定位置に着いていた。


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