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魔女と鉱石、帰還譚  作者: 空野
Chapitre.8
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8-11

 「第二戦目の決闘です」

 メルヴィンの声を聴きながら、雪路は少しだけ眉を下げていた。

 (……まだ、来ない)

 会場には相変わらず求める人の姿はない。先ほどの休憩中、誠の使いだというウェンディがやって来て、どうやらアントワーヌの鉱山で今朝方に事故があったらしい、とは聞いたけれど。

 (……大変な仕事だもん、仕方ない)

 頭では理解している。けれど、もしかしたら、今日は来てくれないかもしれない、という落胆が無くなるわけではなかった。

 決闘に対する不安など諸々乗り越えて今日まで来れた中には、間違いなく、今日はあの人に会える、という目標、一種の御褒美的なものが確信出来ていた、という理由も大きいのだ。

 確信していた何かが揺らぐというのは、たとえ理性でそれを納得しようとしたとしても、完全に上手くいくものではない。吸い込んだ空気は奇妙に冷たくて、先ほどから喉の下あたりがスースーする。

 (……絶対に、遅くはなっても来るはず、って、誠さんは言ってた……)

 やや縋り付くような必死さでそう繰り返し、吸い込む空気を暖めてみようとした。

 (……今は、集中しないと……!)

 フルフルと、軽く首を左右に振って、どうにか沈み掛けた士気を引っ張り挙げた時。

 「では」

 丁度、メルヴィンの声が鋭く鼓膜を打った。

 「始め!」

 振り下ろされた手。

 開幕一番の攻撃は鉄板だろうと、雪路は再び足元からの攻撃を警戒して斜め背後に飛び退くように浮遊魔法を発動しようとする。

 ところが、それが仇となった。

 「うっわ!?」

 直撃を避けられたのは、強化された反射神経と自前のカンによる。一戦目を見て、相手も雪路の浮遊魔法による回避と撹乱は警戒していたようだった。

 背後側の斜め上、浮上しようとしていた方向から降り注いだのは、滝のような大量の水。直前でハッと気配に気付いてバックステップをキャンセルしたことで、真上から落ちて来る金槌の如き水圧に頭から突撃することは避けられたけれど。地面に降り注いだ水の金槌は、石造りの床に微かな亀裂を生じさせた後、バチャリと飛び散り、更に形を変えた。

 「貰った!」

 「え」

 ジェシーの叫びにハッとした瞬間には、飛び散った水は寄り集まりいくつかの筋となってこちらに飛び掛かってきていた。

 「この……!」

 その瞬間、軍刀の鍔に指を掛けていた左手から、強化された読み取りの魔法が発動した。鞘を背中側へ引きながら右手で抜刀。正面から右にかけて刃を抜き払い、水の鞭を一筋切り払う。続けて手首を返して右から左へ円弧を描いて刃を返しつつ、その勢いで体もそちらの方向へ向けて。体重を載せ、遠心力を載せ、雪路の体躯で出せ得る限りの力で振り回された刀が描く半回転の軌道上、更に二筋の水の鞭が、へし折られるように吹き飛んだ。

 しかし、自分の腰より上で行われたその防衛行為は、それより下方、足首の高さで鎌首をもたげた水を見落としている。

 他の筋に比べて細く見えた水筋の一本は、雪路の足元で蛇のようにくねり、スルリと絡み付く。

 「あ、やばい」

 直感的に、これはいけない、と、雪路は今度こそ垂直に上昇しようとした。地面を蹴って浮かび上がる編み上げのブーツ。ところが、あと髪一重のところで水蛇はその足に食らい付き。

 その瞬間、蛇は鎖に変わった。

 「飛ばせはしない!」

 ジェシーの勝ち誇った声と同時。ニメートルほど上昇していた雪路は、その瞬間、左足首にグイッと衝撃を受ける。刹那、急激に視界が流れ、気付くと、ドシンと、全身に走る衝撃。

 肺に溜まっていた空気が、上半身から床に落ちた衝撃で一気に気道にせり上がる。ゴホッゴホッと思わず顔を背けて咳き込む一瞬の後、遅れて打った箇所に痛みが走った。

 捉えられた足から、左半身を下側に引き摺り落とされたのだと理解する。高さがそこまでなかったこと、本能的に左腕が頭を庇った事が幸いし、決定的なダメージは受けていないようだったが。

 「叩き潰してあげる!」

 「あ!」

 起き上がるより早く、再び左足首に締め付けられる感覚。同時に視界が急速にブレた。視界が高くなったことで、今度は水の鎖で上に引っ張り上げられた事がわかる。

 そう認識した刹那、ブンと、再び沈む視界。

 「うそ!」

 悲鳴を上げて、咄嗟に雪路は浮遊魔法を垂直方向真上に向け全力で発動。

 「いっ……た……」

 それでも、勢いは殺し切れなかった。引っ張り上げられた高さから全力での地面への叩き付けは何とか防いだけれど、あくまで、全力ではなくなった、という程度。

 水の鎖がガッチリと絡み付いた左足首から、再び地面に落とされる。

 「ハエたたきで落とされる虫みたいね」

 「うわっ!」

 痛みに呻く間も無く再びはね上げられ、全体重が掛かる足が千切れそうな激痛を発している。

 ジェシーは、水の鎖を上下に動かして、先端に結び付けた雪路を、石の床にビタンビタンと叩き付け続ける気らしい。

 (まずい、まずい、まずい!)

 まともに頭から叩き付けられれば、最悪治癒不可能な即死級の大怪我もありえる。勝敗以前の問題として、命の危険を感じた雪路は、サァと血の気が引いた。

 降参、と、瞬間的に頭に浮かんだ選択肢。

 ジェシーの魔法だけで振り回されているなら、浮遊魔法で全力で抵抗すれば、せめて綱引き状態で拮抗する事が出来たかもしれないが。しかし、既に現状、遠心力や重力といった物理法則が、雪路にとって不利に働く体勢に持ち込まれてしまっている。

 左右上下に振り回され、地面に叩き付けられながら、雪路が浮遊魔法を発動しても、せめて衝撃を緩和し、受け身を取る為の猶予を生み出すくらいが関の山。

 ガツン、ガツン、と頭を庇ったまま、数度背中を地面に叩き付けられ、思わず顔が歪んだ。間違いなく、全身痣だらけに違いない。このままでは肋骨の二、三本はやられるし、軸になっている左足首は締め付けられ、鬱血したのか感覚が麻痺してきていた。

 (逆転の方法が見えない……。このまま粘ってみるか……それとも、見切りを付けて次の戦いに備えるか……)

 ジェシーが勝利報酬として求めて来ていたのは浮遊魔法だった。ここでそれを失って、次の戦闘での勝率がいかほどになるか。あるいは、ここで命の危険も含めて粘るのと、どちらが得策か。

 雪路が受け身を取りながら必死に思考している間、会場からは花嫁候補達の喝采が響いていた。

 「さっさと降参しなさいよ!」

 ジェシーの声と同時に、ビタンと背中から叩き付けられ、開き掛けていた口からは言葉のかわりに、ぐっ、と空気が漏れる。

 「アンタなんかが、勝ち抜けるわけないじゃない!」

 再び引っ張り上げられ、振り下ろされて。

 (そもそも、これじゃ、降参の、声も、出せない!)

 ジェシーは加減が分かっていないらしかった。降参させようしているが、自分が降参すら許さない攻撃をしていることに気付いていない。

 歓声を上げる花嫁候補達の声を聞いて誇らしげな顔は、きっと、もしも雪路が浮遊魔法の持ち主でなければ、あるいは強化された身体能力で受け身の取れる相手でなければ、とっくに頭を打って死んでいてもおかしくないのすら、自覚がないのだ。

 「いっ……!」

 ガツン、ガツン、と、急所を庇った腕や肩が床に激突し、そのたびに呻き声と空気が肺から飛び出す。

 真剣に命の危機すらある状況で、降参すら出来ない。流石の雪路もゾクリと恐怖する。

 (待って、待って、本当に、これは、死んじゃうってば!)

 せめてメルヴィンはこの事態に気付いているのではないか、ならば何故とめないのか。止める気は無い、鏡の精霊が許す以上は介入しないと、そういうことなのか、と。

 誰も助けてはくれない。受け身が取れなければ頭を割られて死ぬ。降参も許されない。

 (うそでしょ、うそ、やめてってば)

 どうしよう、どうしようと思考が空転し、パニックまであと一歩までいって。

 カランと、何かが落ちた音にハッと我に返った。

 (鞘が)

 腰のベルトに下げていた軍刀の鞘が、振り回された拍子に抜け落ちたらしい。軍刀本体は、持ったままだ。こんな刃物を持ったまま振り回され続けるのも怖いが、下手に手放してしまえば、それこそ叩き付けられた時に丁度、転がった刃の真上に落ちかねないと、必死に握り続けていた。

 カラン、カラン、と。軽い音を立てて床を少し滑った鞘に遅れ、雪路もガツンと叩き付けられて。

 再び跳ね上げられた時、自分の足が目に入った。

 水の魔法で作られた鎖は頑丈そうで、この不安定な状況では、とてもではないが雪路が軍刀で切断出来るシロモノではない。

 しかし、ならば、と、思った。抜け落ちた鞘を思い、もしや、と。

 「っ…………!」

 跳ね上げられて、高度が一番高くなる瞬間。ふわり、と、一瞬、無重力状態のように体が浮き、足首の締め付けが緩む。

 「っの……!」

 ザクリと振り下ろした軍刀。加減したつもりだったが、不安定な体勢故に手元が狂う。痛みよりも熱さに近い感覚と、ビッと飛んだ血飛沫。

 けれど、せいぜい皮二枚。大怪我という程の狂いではないし、目的は達成した。

 ビュン、と水の鎖が下方に向けて振り下ろされる。雪路の体はやはり連られて少し沈んで、しかし、そこで、止まった。

 編み上げの靴紐部分が切り裂かれたブーツから、振り回される勢いで左足が抜けていた。

 鎖は空っぽのブーツだけを床に叩き付ける。

 「え」

 一瞬、キョトンと行動を止めたジェシー。その時には、雪路はここで決めねばまずいと、全力で行動に移っていた。

 鎖を追うように急降下。ガートルード戦の時と同じく、ほぼ落下で距離を詰める。その上、今回限っては、地上直前でもブレーキをかけなかった。

 ドン、と、ジェシーの上に、ほぼ重力に逆らわずに落ちる。

 「きゃぁ!」

 仰向けに倒され、馬乗りされたジェシーは、悲鳴と同時にゴホッ、と腹に掛かった重さに咳き込んだ。

 「この」

 雪路はジェシーの右目に軍刀の切っ先を突き付けた。


 「降参しないなら潰す!」


 溜まっていた恐怖の悲鳴を、無理矢理に怒声に変換したような大声。ビクリ、と、ジェシーは肩を跳ねさせてから、反射的に目をギュッと閉じた。

 「五秒の間に決めなさい!」

 雪路の声に、シンと会場から音が消える。

 「五、四……」

 声を上げながら、切っ先を下げて瞼に触れた。

 「三」

 「降参!」

 悲鳴が上がり、雪路はピクリと眉を跳ね上げる。

 「勝負あり!」

 メルヴィンの声が響いて、フッと軍刀を引いた。

 「勝者、花都 雪路と決しました。勝者は敗者を解放しなさい」

 淡々としたメルヴィンの声に、雪路は、ゆっくりと立ち上がろうとする。

 しかし。

 「……あれ……?」

 足に、力が入らない。立ち上がるという、普段は何も意識せずに出来ていた行動のやり方が、わからない。

 「あの、ごめんなさい、あの、ちょっと待って」

 床に左手を付いて支えながら立とうとしても、上手く筋肉は反応しなかった。

 「あれ?」

 ジェシーに馬乗りしたまま焦っている雪路を、会場中が怪訝な表情で見つめている。それに余計に焦って、ますます、立ち上がり方が分からなくて。

 ふと、軍刀を握っている右手を見ると、小刻みに震えていた。

 「あ」

 自分は、今更追ってきた恐怖で腰が抜けたのだと気付いてしまって、尚更、体中の動かし方が分からなくなった。

 「あの……」

 「手を」

 「え」

 どうしようもなくて思わず縋るようにメルヴィンを見上げると、その手が伸びて来て雪路の腕を掴む。そうしてグイッと、如何にも頭脳労働専門らしい見た目からは意外な強さで引っ張り起こされた。

 「足の負傷が見目以上に酷いようです。規則に則り、報酬授与ならびに治癒を行います」

 会場全体に聞こえるように宣言したメルヴィンの声と同時、フワリと、琥珀色の光が左足回りに広がる。

 「……そういう事にしておきますが。……もう二戦目は終わりです、さっさと気を取り直して自力で立ちなさい」

 雪路の腕を支えたまま、小さく落された無愛想な声。

 「え」

 思わず振り向くと、眼鏡の向こうの琥珀の瞳は、変わらず淡々と会場を確認していた。

 「……ありがとう、ございます」

 雪路の感謝に、返事は無かった。かわりに理知的な横顔が、眉を軽く上げて呆れを表す。

 (……腰が抜けたの、ばれてる……)

 気まずく視線を下げて、そろそろとメルヴィンの腕を放して自力で何とか立ち上がった。治癒の魔法が作用したらしく、左足の傷から痛みは消えている。叩き付けられた背中や腰の鈍痛も引いていて、どうやら、打ち身や擦り傷も消えたようだ。

 「勝利報酬として、水の魔法を与えます」

 読取の魔法を持たないジェシーから得られる報酬は属性魔法のみ。メルヴィンが再び会場中に聞こえるよう話を進める中で、雪路は小さく息を吐いた。

 (……何とか勝った)

 ここまでは順調。命の危険まであったけれど、結果だけ見れば順調なのだ。

 (……ちょっとでいいから、ほめて欲しいな)

 まだ少しぎこちない足を見てから、心細く見上げた観客席。心配そうに見ろすニコロの横には、眉間に皺を寄せて腕を組んだ誠と、真剣な表情のヘイダルのみ。

 「……やっぱり、来れないのかな」

 少し離れた所に転がる鞘を見ながら、雪路は小さく呟いた。



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