8-10
鏡の間の外、赤い絨毯の敷かれた床を、イザベラは不機嫌に歩いていた。
次の決闘までは十五分。先ほどの勝負は不愉快な結果だつたし、会場には下層階級が大勢いるしで、休憩の間に外の空気でも吸って来ようかというところ。
何人か、一緒に来ようとした空気の読めない馬鹿な花嫁候補達には、人の休憩の邪魔をするなと、ピシャリと言ってやった。
まったく不愉快だった。生意気で馬鹿な新入りも、あっさり負けるガートルードも。
「どいつもコイツも、馬鹿か役立たずしかいないわね」
吐き捨てて、角を曲がろうとした時だった。
「まったくだよねぇ」
軽薄な声と共に角の向こうから現れたのは、金髪碧眼の色男。
「あら、エリック様……!いらしていたのですか……」
流石に驚いて足を止めると、やぁ、とエリックは軽い調子で笑い、壁に左肩をもたせる。
「最近、大変そうだねぇ、イザベラちゃん?」
うんうんと、頷いて、コトリと首を傾げた。
「君のおかげでさ、長い間、花嫁候補達が一致団結してくれていたのに……。最近になって、決闘とか、騒ぎが多いよねぇ」
「申し訳ありませんわ。私も、皆で仲良く、助け合わないとと、呼び掛けているのですが……」
魔女の子息達の中では、比較的フラフラと花嫁候補に気さくなエリックではあるけれど。一対一で、こうも近く寄って話し掛てくることはあまりない。流石に少し緊張して返すイザベラに、いいや、と彼は言う。
「君のせいじゃないよ。自分勝手で目立ちたがりな人って、必ずいるものだからね」
はぁ、と溜息を吐いて、エリックは肩を竦めた。
「ちょっと特別な事をしたからって、調子に乗っちゃうのはどうかと思うんだよねぇ、俺も。……ま、誰とは言わないけど」
パチンとウィンクされて、イザベラはクスリと笑った。
「ええ、そうですわね」
「……目立ちたがり屋の子供っぽい子は、好きじゃなくてさ。……でも、イザベラ、君はいつもクールで、そして、セクシーだね」
ふいと、壁から離れたエリックは、慣れた仕草でイザベラの髪に触れる。
「賢くて、リーダーシップがある。……もちろん髪も、目も、肌も、とても魅力的で。……君は、とても素敵なレディだ」
耳元に顔を寄せて、殊更に掠れたように蕩けた声。
「……いやですわ、エリック様……」
少し頬を上気させて、イザベラは白いスーツの胸元を軽く押した。
「他の子に比べて、特別だよ、君は。女の子は皆かわいいお姫様だって言うけどね、俺からすればその中でも、本当にお姫様なのは……特別に敬うべきレディなのは、ひとり」
「よして下さい、私は……」
「ねぇ、俺のこと、どう思う?」
満更でもなく少し口角を上げるイザベラの、胸元を押す手を取って、エリックは軽く口付ける。
「今、俺が一緒に夜を過したい子が誰だか、君は知ってる?」
「……ダメですわ。私は……」
イザベラは首を左右に振る。満更でもなさそうな顔は、しかし、甘い言葉に揺れてるというより、自尊心が満ちて満足しているようにも取れて。
「エリック様も、素敵な方ですけれど……」
「本命がいる、ってやつだね」
クスクスと、そこでエリックは軽い笑いを上げ、あっさり手を放して再び距離を取った。
「知っているよ。そういう一途なところもグッとくるし」
再び壁に寄りかかって、それでさ、と軽薄な声は言う。
「万一にでも脈あるなら、君を口説きたいのも本音なんだけど。……でもほら、脈がないなら、俺って、一応兄弟思いだから」
「ええ?」
訝しげに眉を跳ね上げたイザベラに、エリックは再びウィンクする。
「一番上のお兄ちゃんがね、朝から仕事に追われてるんだよねぇ」
「アントワーヌ様が?」
「そう。それでさ、あの人、放っておくと平気で三食抜いたりするの、君、知ってる?」
ニンマリ微笑んで、エリックは鏡の間とは反対の方向に視線を向ける。
「ま、かわいいお気に入りの補佐に、ゴハンにでも誘って貰えれば、話は別なんだろうけど」
「まぁ……」
イザベラは今度こそ喜色を顔に浮かべて微笑んだ。
「もしかして、それを教えに……?」
「別に。口説きに来たつもりさ。……俺は単に、君の味方なだけだよ」
肩を竦めたエリックは、軽薄そうな顔で笑ったまま、片手をヒラリと振る。
「こんな馬鹿馬鹿しい決闘より、ちょっと誰かさんの世話焼きに行ってくれる子はいないかなぁ?」
「わかりましたわ」
クスクスと笑って、イザベラは肩に掛かる髪を払い除けた。
「失礼しますね、エリック様。確かに、お話、伺いましたわ」
「君は賢いね、本当に」
楽しげに歩き去るイザベラの背中に、軽い調子の声が掛かる。
わくわくと弾む足の彼女は、その軽い声の裏、冷めた表情で背を向ける青年には、気付かなかった。




