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魔女と鉱石、帰還譚  作者: 空野
Chapitre.8
76/323

8-9

 怯むのはこの際仕方ない。しかし、絶対に思考と行動を止めるな、というのが誠からの助言。

 (落ち着いて、まず注意すべきは開幕直後の一撃!)

 メルヴィンが試合開始の合図をした直後、カレンとイザベラの決闘で見た開幕の不意打ち。それを警戒した雪路は、そろりと、決闘の開始を宣言しようとするメルヴィンの口元を睨み、片足を引く。

 「では、これより」

 メルヴィンの片手が上がり、シンと会場に沈黙が落ちる。

 「決闘を、開始する!」

 ピンと伸びた指先が振り下ろされた瞬間、雪路は浮遊魔法を発動しながら背後に飛び退いた。刹那後、その鼻先を掠めるようにゴウッと吹き上げたのは、火柱。

 「あっぶなぁ……!」

 開幕一撃、予想の的中を喜ぶ間もなくまず悲鳴が漏れる。勢いよく吹き上げた火柱は、直撃ならば洒落にならないシロモノ。致命傷以外は決闘が終われば完治するといえど、精神的にも物理的にも、今のは当たってはいけない一撃だったに違いない。

 (打ち上げ花火が顔面に炸裂するみたいなものじゃん、あれ!?そんなの一発で大怪我、戦闘不能、負けが確定しちゃうよ!)

 相手もかなり本気だぞ、と改めて思い知る。

 (一度、距離を取らないと!)

 どこからまた火柱が吹き上がるとも知れない。地上付近は危険だと直感的に判断して、そのまま浮遊魔法の高度を上げた。

 「逃がさないわよ!」

 すかさずガートルードの右手が上がる。ピシリと雪路を指した指先周囲、直径三十センチ程度の火球がいくつも浮かんだ。

 「て、ぅわ……!?」

 その火球が何をするかなど、瞬時に予想できて。雪路は空中で身を翻した。

 「うっわ、ちょっと!タイム、タイム!」

 案の定、一斉に飛んでる火球。上昇しようとする雪路を、攻撃圏外に逃げられる前に撃ち落とそうという事らしい。立て続けに襲い掛かる火球の弾幕を、反復横飛び宜しく左右に動いて必死に交わす。

 これは単純な垂直上昇は諦めるべきだと、考えざるを得ない。一方向、垂直に上に向かってのみ動くなど、狙い易いことこの上ない。自分から的になりに行くわけにはいかないだろう。

 「すっごい怖いドッチボール!」

 悲鳴交じりに悪態を吐いて、雪路はガートルードを中心に螺旋階段を上るように宙を駆け上がった。

 (これなら少しは当てにくいでしょ!?)

 自分を中心に螺旋状に上昇する雪路に合わせ、ガートルードはクルクルと三百六十度回りながら狙いを定める。

 片足の踵を軸にクルクル回転しながら定める照準はぶれ、ボフッ、ボフッと、火球は雪路に当たること無く空中で爆発し、そのまま消えた。

 「ああ!狙いにくい!チョロチョロ動くな!」

 「動くでしょ!火傷なんかしたくないもん!」

 怒声を上げるガートルードに叫び返し、上昇を続ける間に。気付けば火球は徐々に徐々に、より体から遠い位置で炸裂するようになっていて、雪路はハッと目を瞬く。

 (魔法の発動位置が遠くなると、コントロールが難しいし、威力も落ちる)

 誠やウェンディ達からそう聞いたのを思い出した。初めは雪路の踵や足首を掠めていた火球は、今や三十センチは離れた位置、雪路の足の下方で消える。

 既にガートルードが魔法を制御出来る限界ギリギリの位置というわけだった。地上から六メートルほどの地点に浮遊したところが、ガートルードの遠距離攻撃の有効射程ギリギリなのだ。

 「降りて来なさいよ!虫みたいにブンブン飛び回っちゃって!」

 茶髪を揺らして叫ぶガートルードに、上昇をやめた雪路は、あえて答えない。

 (この高さにいれば、魔法が当たる事はまずないのか……。でも……この距離じゃ、私からも攻撃できないぞ……)

 どこかのタイミングでは距離を詰めなければならない。けれど、火柱のように不意打ちで魔法攻撃が出来る相手に対して、下手に近寄るのは賢くないだろう。

 焦るな、機会を見極めろ、と。雪路は腰の軍刀を右手でしっかり握り直しながら小さく深呼吸した。

 (隙を探そう。大丈夫、私も怖いけど、あっちだって結構緊張してるはず)

 ガートルードの周囲を円を描くように動きつつ、少し高度を落として安全圏ギリギリまで接近する。対してガートルードも、再び片足の踵を軸に回って、動く雪路に合わせて体の向きを変え、睨み上げてきた。

 (……武器を、抜いていない)

 雪路は軍刀に片腕を掛けたまま、少し眉を上げた。ガートルードの腰には装飾の華やかな片手持ちの細い剣があったけれど、今だにそれは鞘に収まっていて、抜く気配もない。

 (読み取りの魔法は持ってるって聞いたけど、もしかして、あまり使わない……有効に使えない、とか?)

 ガートルードが果たしてどの程度読み取りの魔法を使いこなせる身体能力の持ち主か、新参の雪路は知らないし、今となっては教えてくれるような花嫁候補はいなかった。それでも、鉱夫や工女達からの情報で、多くの花嫁候補に共通する特徴として、読み取り魔法を持っていても、よほど運動能力に自信がある場合等を除き、極力武器は使わない傾向にある、とは聞いている。

 元々地球では普通の少女だった彼女達にとって、刃渡り一メートル近い凶器など馴染みの無いものだし、ましてそれで人と切り合うなど、精神的にも物理的にもハードルが高い行為なのだ。そこへきて、剣と一緒に魔法を与えらているなら、見た目も華やかで特別味があり、リーチも長くて素人目に強そうな魔法に頼り切りになるのも無理はない。

 (……読み取り魔法を使う気が無いなら、火の魔法を使う間もなく接近戦に持ちめれば、ゴリ押しで押し切れるかな?)

 うむ、と考えた時、ガートルードとの水平距離は二メートル、高度は三メートル程になっていた。

我に返って、近付き過ぎたか、と思った瞬間、ガートルードの手が、ピクリと動く。

 「撃ち落とすわよ、この羽虫!」

 「うっわ!?」

 強化されていた反射神経と瞬発力、それから読み取りの魔法が発動して、雪路の腕は動いた。ガートルードが振り上げた手の先から弾丸のように飛び出した火球は、咄嗟に一文字に抜き打ちで薙いだ軍刀に綺麗に真っ二つにされて消える。

 「誰が羽虫よ!?」

 「アンタに決まってるでしょ!」

 続けざまに連続で放たれる攻撃に、雪路はひとまず上下ジグザグに移動しながらガートルードの周囲を飛び回った。

 (この距離までだと、結構正確にコントロールしてくる……!)

 再び上昇して一度離脱すべきか、それともこのまま上手くいなして接近してみるべきか。

 上下ジグザグに動く雪路に対して、火球は六メートルまで高度を上げた時よりは正確に飛んで来るけれど、それでも最初の一撃を除けば軍刀で捌く必要はない。上昇した時と同様、水平三百六十度、上下ジグザグに動く的に対して照準はブレてしまうようだった。

 (やっぱり武器は抜かない)

 雪路が降下しているにも関わらず、武器を抜いて接近戦の準備をしない。フェイントでないとすれば、おそらく高確率で身体能力に自信がないのだろう。激しく魔法を打ち放ってくるところから見ても、どうやら、何としても物理攻撃の通る接近戦に持ち込みたくないように思える。身体能力的には、間違いなく雪路が優位。

 「ブンブン、ブンブン、ゴミにたかる虫みたいに逃げ回って!」

 叫ぶガートルードに合わせて、観客席の花嫁候補達から罵声が降って来る。

 「媚び売ったのに助けて貰えなかったものね!」

 「もう逃げるしか能が無いんでしょ!腰抜け雪路!」

 ケラケラと嘲笑う声に舌打ちして。

 「小判鮫の腰抜けはソッチでしょうよ……!」

 雪路は、よし、と覚悟を決めた。

 「……逃げるな、っていうなら、いいでしょう、もう、逃げないよ」

 火柱を吹き上げたり火球を爆発させるのが、共倒れの自爆攻撃になるほどの接近戦に持ち込めば、勝機はこちらに傾くはず。

 (そこまで近付けるかは、正直、かなり、不安だけど!)

 「方法は何となく結論が出てるんだぞ……!あとは度胸だけ!……うう……やってやる……!」

 なんだかんだと浮遊魔法も負荷がゼロな訳ではない。慣れてしまった今となってはそこまで難しくないが、〝飛べる〟という事を常に意識していなければならないのだ。普段ならともかく、こうして対戦相手を警戒したり策を練ったり、意識をアチコチに向けねばならない状況では、うっかりするとそれを忘れて落下しかねないのである。

 (あと二戦も控えてるし、百パーセント成功する瞬間なんて、気長に待つわけにはいかないんだから……)

 焦るなと言われているけれど、同時に怖気るなとも言われている。浴びせ掛けられる罵声を、負けん気と気合いに変換して、雪路は軍刀を再びギュッと握り直した。

 「やれる、やってやる!やるしかない!」

 握り直したばかりの軍刀を鞘に戻し、キッと向けた視線。

 「なによ」

 ガートルードは警戒したように低く声を上げた。

 「納刀……まさか降参?」

 「するわけないでしょ!」

 返事をすると同時に、雪路は浮遊魔法を〝停止〟した。

 「え」

 刹那、ポカンと約二秒、ガートルードは出遅れる。浮遊魔法の停止により、彼女の視界にいたはずの雪路は、その外側へとコンマ以下の秒数で〝落下〟していた。

 「うっわ!こわっ!これ怖っ!」

 地面スレスレで、再び雪路の浮遊魔法は左足にのみ発動した。地面まであと三十センチの所でピタリと落下の止まった左足には、同時に相応の急激な落下停止の衝撃が掛かる。けれど、その瞬間、浮遊魔法を発動していない右足が、斜め下三十センチの地面に飛び降りた。左足に掛かるはずだった衝撃のエネルギーは、そうして右足への落下に分散し、緩衝される。ついで、それでも殺し切れない勢いは、今度は浮遊魔法を解いた左足を踏み出す事で更に逃がされて。

 着地した右足、続けて踏み出した左足で二歩、飛び跳ねるようにして衝撃を散らす挙動は、同時にガートルードに接近する突進でもある。

 そこでようやくと、ガートルードの視線は何者もいなくなった上空から、地上に降りた雪路に向けられた。

 「な!?」

 近接戦、既に相手の得物の間合いだと気付いて狼狽える表情。

 その上擦った悲鳴に被せるように、雪路は声を張り上げた。


 「動くな!」


 右足でまた一歩踏み出して鯉口を切り、鞘を一文字に寝かせながら左手で背中側に引く。同時に右手で柄を抜き出し、手首から肩までを連動させて水平に抜刀。一の字を描くように鋭く抜き出された一撃に、キン、と空気が鳴いた。

 「痛いのはいやでしょ!」

 ピタリと、ガートルードの首元の皮一枚を切って静止した剣先。

 「降参しなさい!」

 ピタリと、静まり返った会場に、雪路の声が響いた。

 ガートルードは、つぅ、と、自分の喉を、皮一枚切られた傷口から出た血が伝うのを確認し、ようやくと事態が飲み込めたらしい。

 見る間に青褪める顔。

 場内に張り詰める異様な静寂の中、ばくん、ばくん、と雪路の耳の内側では、自分の鼓動が駆け足に響いていた。


 「どうするの?」


 努めて冷静を取り繕い、雪路が低く問うと、ガートルードは我に返ったようにピクリと肩を跳ねさせる。

 「首を切られちゃったら、流石に回復しないんじゃないの?」

 実際、そのまま軍刀を振り抜いて首を落とすなど、自分に出来るわけはなかったけれど。ここはハッタリでも脅して押し切る場面だと、雪路はありったけの演技力を掻き集めて素っ気なく言い放つ。

 ひ、と、ガートルードは小さな悲鳴を漏らした。ピタリと首筋に添えられた刃物を前に強気に出られるほど、彼女も冷静ではないし、豪胆ではないのだ。

 雪路と目を合わせたまま、ガートルードの手は、そろりと肩の高さに上がる。


 「こ、降参」


 瞬間、ザワリと再び会場に音が戻った。

 「雪路さんの勝ちだ……!」

 「降参が出たぞ!」

 やんやと騒めく工女や鉱夫達は、立場上、あからさまに雪路を応援すれば、特権階級の花嫁候補達に睨まれる為、明白な声援こそ送っては来ないけれど。それでも、勝負あった、と、口々に上がる声には、間違いない喜色。

 「まさか……」

 「な、なによ……!ブンブン飛び回って、卑怯よ!」

 また一方で、花嫁候補達は思い出しように再び罵倒を再開。まぐれだ、野蛮だ、とブーイングが飛ぶのに、雪路は眉を寄せた。

 何よ、勝ちは勝でしょ、と喉まで出掛けた声を押し込めていると、視界の端で、ヒラリと手が上がる。

 「静粛に!勝負ありました!」

 メルヴィンが、そう宣言した。

 「勝者は花都 雪路。鏡の間にて自身の真価を示した勝者には、報酬が与えられます」

 再び静まる会場の中、メルヴィンの声と同時に雪路の、足元から光がふわりと立ち上る。

 「要求の通り、ガートルードの読み取りの魔法を与えます。既に貴方は読み取りの魔法を所持しているため、精度の向上を持って要求への回答とします」

 雪路の方に体ごと向いたメルヴィンは、そうして、チラリと軍刀に目を走らせる。

 「刀を鞘に納めなさい。これをもって、一旦戦闘を終了とします」

 「はい」

 雪路は頷いて軍刀を引いた。途端、ガートルードはフラリと数歩下がり、青い顔で雪路を睨み付けてくる。

 「……よくも……!」

 「言われる前に言うけど、反則はしてないよ」

 軽い血振りをして鞘に軍刀を戻しながら、雪路はガートルードと、花嫁候補達の固まっている観客席の辺りをチラリと見る。

 正々堂々と勝ったはずなのに、まるで何かとんでもないイカサマでもしたような目で睨まれていて、何となくモヤモヤ。

 (……次の決闘相手は、ジェシー)

 十五分の休憩を置いて第二戦の開始と宣言するメルヴィンの声を聴き、観客席から立ち上がる次の対戦相手を確認。

 (ラビニアは最後に出て来るのか)

 ガートルードの敗北に不機嫌そうな顔をしているラビニアを確認し、小さく溜息が出た。

 (……体力は今のところ思ったよりいけそうだけど……)

 三連戦で、ずっとこの緊張感が続くのかと思うと、中々精神的にキツいかもしれない。

 勝ったにも関わらず、素直に喜びが湧いて来ない雪路は、無意識に視線を花嫁候補達から動かしていた。

 (……やっぱり、いない……)

 魔女の子息達の特等席。そこに誠やニコロ、ヘイダルの姿を確認する。

 しかし。

 (アントワーヌさん……)

 会いに来てくれると言ったはずの姿が、まだ見えない。

 ニコロや誠、ヘイダルの存在が不満な訳ではない。声援こそ立場上くれはしないものの、ここに来てくれた事自体、そして、今、雪路の視線に気付いて、密かに微笑んだり頷いたりしてくれる事は、彼等が味方してくれているという事を表している。それはとても嬉しいし、有難いことなのだと、確かに心から思うてはいるのだ。

 しかし、それとこれとは別問題。

 (……約束……覚えてるよね……?)

 忙しい人なのだと理解しているから、何か用事があって遅れているのかもしれないと、そう頭では思うのだけれど。

 (……アントワーヌさん……)

 休憩にせよ、と、促すメルヴィンに生返事しながら。膨らむ不安を殺したくて、気付けば雪路の視線は、長身の青年を求め、会場中を彷徨っていた。


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