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魔女と鉱石、帰還譚  作者: 空野
Chapitre.8
75/323

8-7

 決戦の日は快晴だった。

 けれど、鏡の間に入ってしまえばそれも関係なく、多くの工女や鉱夫が四方の観客席を埋める室内は、高い天井から降る魔法の光によって照らされている。

 「雪路、大丈夫かなぁ?」

 横でニコロが呟くのを聞き、ヘイダルは少しだけ眉を上げた。

 「万事は尽くしただろう」

 「後は天命を待つのみだ。さっきからキョロキョロと鬱陶しいぞ、落ち着かんか、馬鹿者め」

 ヘイダルの答えに繋げるように、ニコロの向こうで誠が苦く唸る。

 「まったく、どいつもこいつもキョロキョロと……」

 「いや、俺のはともかく、周りの人達のキョロキョロは誠のせいだと思うけど」

 魔女の子息の為の特等席。六男、七男、次男と、三人並んだそこには、先ほどから人々の視線がチラチラと向けられ続けていた。

 「誠ってさ、今まで殆ど決闘なんて見に来た事ないじゃん?」

 だから物珍しくて、工女や鉱夫達がこちらを伺っているのだと、ニコロは笑う。

 それにはヘイダルも同意だった。先ほどから、珍しい、誠様、藤埜大尉だ、と声が聞こえてくる。お祭り騒ぎや催し事が大好きなニコロ、そして、そのニコロに無理矢理連れて来られる事の多いフロールやヘイダル。審判であるメルヴィンを除けば、決闘観戦に訪れる魔女の子息は、総じて〝四男より下の弟達〟というのが知られた認識。

 そこに、誠がフラリとやって来ただけでも注目されるところ、今回は決闘自体も少し特殊なのである。

 「三連戦。しかも連戦するのは、誠が可愛がってるって噂の、竜退治の花嫁候補……雪路だし」

 人々としては、誠と雪路の関係性も含め、色々と注目要素と妄想の余地がある戦いという事になる。誠の来訪はただでさえ目立つのに、今日に限っては注目度倍増しに違いない。

 いつも以上にザワザワと熱気を孕んだ会場の様子に、誠はやや罰悪く視線をどこかに投げた。

 「まったく仕方ない」

 まだ始まらんのか、と不機嫌そうに誠が言ったまさしくその時、決闘場の中央にメルヴィンが現れた。

 大量の本の頁が渦を巻き、それがパッと消えた瞬間にはそこに立っていたメルヴィンは、慣れた調子でいつも通りに決闘の開始を宣言した。

 「決闘者は入場せよ」

 やはりいつも通りの合図と共に、両開きの扉二枚が同時に開き、それぞれに武装した姿が現れる。

 「おー!雪路が」

 「やめておけ」

 南側から現れた雪路に、声を大きくして叫ぼうとしたニコロを、誠が止めた。

 「……俺達がここでアレを必要以上に構えば、アレの立場は余計に悪くなる」

 腕組みして眉間に皺を寄せた誠の言葉に、む、とニコロも顔を顰める。

 「……やな感じ」

 ブツブツと不満そうに呟くニコロを横目に、ヘイダルは雪路を見下ろした。

 「……アイツは何をキョロキョロしているんだ?」

 対戦相手と向かい合った雪路は、しかし、こちらを一瞥して何か困ったような顔をすると、今度は会場内をキョロリと見回していた。

 「情けない顔だな。迷子の幼児か」

 「誰か探してるのかなぁ?」

 ニコロの言葉に、ヘイダルは、ふっと思い至る。

 「アントワーヌか」

 「へ?」

 振り向いたニコロは、怪訝な顔をした。

 「アントワーヌがどうかした?」

 「今日、ここに来ると、雪路と約束していたはずだ」

 答えながら、ヘイダルも無意識に周囲に視線を流す。

 「……だが、いないな」

 「今朝方、アイツの鉱山で事故があった」

 そこで誠が苦い顔で口を開いた。

 「幸い、休日な上に早朝だからな。人的被害はないはずだが……。どうにも止め忘れた採掘機械が稼動し続けた結果、落盤が起きて、付近にボヤが出たらしい。書類等の物的被害状況の確認と、万一にも人がそこにいなかったか、確認に奔走している」

 「え、じゃぁ来ないの?」

 ニコロが少し声を低くし、いや、と誠は首を左右に振る。

 「何としても顔は出す、という調子だったがな、今朝、見た限りでは」

 「俺が行ってかわれる仕事か?」

 結局、肩を落としてメルヴィンの試合規則説明に耳を傾ける雪路を見て、ヘイダルは思わず問うたけれど。

 「よりにもよって、魔女が一番重視している白金の鉱脈での事故だ。あの一帯の書類上の管理権は、鏡の精霊によってアイツにのみ行えるよう定められている」

 誠は渋い顔で首を左右に振った。

 「変われるのなら俺とて変わった」

 「人命関わるかもしれない確認じゃ、後回しにも出来ないしなぁ」

 ニコロも苦く呟くと、うーん、と眼下を睨む。

 「雪路、大丈夫かな」

 「あれが多忙なのは雪路も知っているだろう。そのうち来ると、まぁひとまず落ち着くくらいの理性はあるはずだ」

 誠がそう言ったところで、メルヴィンが決闘者双方に問を投げた。

 「両者、勝利の際に相手から貰い受けたいものを宣言するように」

 すると、赤毛の対戦相手が颯爽と口を開く。

 「私は相手の身体の強化を要求するわ」

 やはりそう来るか、とヘイダルは唸った。ニコロや誠も、むっと眉を寄せる。

 「私は」

 雪路は、どうやら一度切り替えた様子で、真剣な顔で声を張った。

 「ガートルードの技術、読み取りの魔法を要求する」

 途端に、え、とニコロが目を丸くする。

 「読み取りの魔法!?もう持ってるじゃん!?」

 重ね掛け……更に精度を上げる、という事にはなる為、無駄ではないが。

 「ここは属性魔法じゃないのか!?なんで物理攻撃力を更に強化するのさ!?武術の達人にでもなる気なのかよ!?」

 「脳筋を極める気か、アイツは」

 目を丸くするニコロと一緒に、ヘイダルも思わず呻いた。

 ただ、誠だけは微かに満足げに目を細める。

 「それで良い。今は、この戦を勝ち抜く事に集中すべきだ」

 ならば、すぐに使いこなせない魔法を奪うより、次の戦闘から役立つ技術を盗む方が良い、と。

 「あれは大日本帝国の女だぞ。多少動揺していたようだが、易々と判断は誤らん」

 言い切る横顔を見て、ニコロは目をパチパチと瞬いた。

 それから、少しだけ眉を下げ、声を小さくして。

 「……誠ってさ、本当に、雪路のこと気に入ってるみたいだけど」

 ぽつりと、問いかけた。

 「……本当に、女の子として、意識してないの?」

 「意識も何も、あれは逆立ちしても女だろうと分かっているつもりだが?」

 誠は素っ気なく肩を竦める。

 「そうじゃなくて、愛してる、好きなの?って」

 少し声を大きくして眉を寄せたニコロに、まさか、と誠は眉を片方上げた。

 「俺の感情は、そういった意味での好意ではない」

 その言葉に、ニコロの肩から少し力が抜けた。そして、それを意識する前に、ヘイダルは面食らう。

 (そういった意味での好意ではない)

 頭の中で繰り返し、軽く衝撃を受けた。

 (つまりそういった意味でなければ、恋愛ならぬ意味でなら、好意があると、認めた)

 なかなかに口が固いというか、好意の表し方が器用ではない誠であるから、珍しくストレートな愛情の表明とも言える。

 「何を食って掛かってきているんだ、お前は」

 誠は怪訝そうにニコロを見た。

 「俺がアレをどう思っていようが、別段、お前には関係あるまい?」

 「え、あ……いや」

 ニコロは途端に我に返ったように狼狽える。

 「いや、その、確かに、そうなんだけど……。なんか……気に入らなくて」

 視線を逸らして呟く姿を、誠は口をへの字に曲げて数秒観察した。それから、チラリとヘイダルに視線を投げてくる。

 これはアレか、と、言外に確認されて、そうだろうな、とヘイダルは頷く。

 軽く気になっている程度なのか、それとも既に深みにハマったかは分からないけれど。魔女の末っ子は、あの花嫁候補が他の誰かに愛される事を、嫌だと思っているわけだ。

 何となく生暖かい沈黙に、ニコロは気まずそうにソワソワと腕組みする。

 「……二人共、始まるよ」

 誤魔化すように上げられた声に釣られ、視線を下方に移すと、確かに決闘は開始しようとしていた。


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