8-5
夕刻、屋敷に戻った時、玄関ホールに数人の花嫁候補がいた。
一瞬、歩みを止めそうになってから、雪路は視線を彼女達から逸らして何食わぬ表情で階段に向おうとする。
ところが。
「帰って来たよ」
「帰って来なければ良いのに」
隠す気もない声で、彼女達の声が背中を追い掛けてきて。
「もう寝る場所も無いのにね」
「ほんとにね」
ケラケラと笑う声に、ハッと、階段の半ばで足を止めた。
(寝る場所もない?)
どういう意味だと、振り返って問うてもろくな事にはならないだろう。かわりに、瞬時に浮かんだ嫌な予感が雪路の足を再び動かした。
「床で寝るんじゃない?」
「埃塗れの能無しにはお似合いよ」
楽しげな階下の声を振り払うように駆け出し、辿り着いた自分の部屋は、やはり、鍵が開いていて。
「服の次は、何を……」
押し開いた扉の先を見て、雪路は目を見開いた。
「……ベッドが」
部屋中に、羽毛が舞っていた。ベッドの掛布団も、カバーも切り裂かれていて、その中に詰まっていた綿や羽毛が溢れ出している。
「……うそでしょ……!」
思わず呻いて額を抑えた。近くの部屋の花嫁候補達がニヤニヤとこちらを観察しているのに気付いたから、ぐっと奥歯を噛み締めて表情を固め、部屋に入って後ろ手にドアを締める。
「……よりにもよって、今日……」
明日は決闘の日。しかも今日は、今さっきまで試練を受けていた。出来ることならゆっくり休みたい。おそらく狙ったのだろうが、よりにもよって今日、この日に、ベッドを壊してくるとは。
服の時ほどの衝撃はない。二度目ともなれば、少しは衝撃も緩やかになってはいる。しかし、実際問題、今夜、床で寝なければならないのか、というのは、今日に限ってこそ、かなり精神的に嫌な攻撃ではあった。
「……カーペットの上で寝るにしても……掛布団も全滅してるし……。これくらいしか、掛けるものがない……」
視線を落としたのは、自分の手に持った紙袋。仕立屋から引き取って来た、新しい洋服だった。
明日の決闘用に軍服が一着と、私服が一組。
「……コート被れば、少しはあったかいかな……」
呟いて、溜息を零す。
(……でも、こうなると、新しい服、作って貰っても、この部屋には置かない方が良いかも……)
また破られるかもしれないと思い至り、ウェンディ辺りに預かって貰う他ないかと、また手間を掛けさせてしまう申し訳なさに項垂れた。
けれど、項垂れた先、目に入ったのは、紙袋と反対の手に持った、軍刀で。
「……嫌なことは、明日以降にでも考えれば良いんだ……!」
ギュッと、雪路は軍刀を握り締め直して呟いた。
見掛けも、中身も、揃えるべきものは、揃えきったのだ。それを助けてくれた人達だっているし、今の今まで、気持ちだって万全だったのである。
それを、ちょっと寝床を乱されたくらいで、ここで崩してしまってはもったいないぞ、と、自分に言い聞かせる。
「……よし!箒!箒持って来よう!」
今はただ、部屋中に散らばっている羽や綿をどうにかする事を考えようと、雪路は頷いた。
一時間ほどしたなら、ウェンディと夕飯に行って、風呂に入ってくるのだ。その時までに片付けないと、と、気合を入れ直す。
「大丈夫。明日までだ」
そこでひとまずは、一個、区切りが付くはずと。
雪路は頷くと、掃除に取り掛かった。




