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魔女と鉱石、帰還譚  作者: 空野
Chapitre.8
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8-4

 ウェンディの笑い声に被って聞こえた声音に、ひゃ、と、思わず飛び上がる。

 「誠さん!」

 いつの間にか店に入って来ていた誠は、渋い表情で首を傾げた。

 「それは……福笑いの真似か?」

 「違いますよ!」

 そんなのどうして真似するんだと、雪路は即座に首を振って。

 「おや、誠様」

 丁度、店主が店の奥から戻ってくる。雪路へ渡す服の掛かったハンガーを弟子と一緒に抱えて、おやおやと目を瞬いた。

 「何かご注文が?」

 「ああ、いや」

 誠はチラリと雪路を視線で示した。

 「コイツに用があってな」

 「雪路さんに?」

 「俺の用件は、その服の受け渡しが終わってからで良い。すまんが、ちと邪魔をするぞ」

 とんでもない、と慌てて店内に設置してある椅子を示す店主と、慌てて茶を淹れに向かおうとする助手。その助手を片手で制して、誠は椅子に座った。

 「では、雪路さん、こちらがお約束の」

 店主がイソイソと火傷の痕が残る手で広げる洋服を、雪路もやや慌てて覗き込んだ。

 「普段着用の、ブラウスとスカート、薄い羽織り物に、それからコート」

 急ぎで誂えたと言うが、縫製は丁寧だった。

 「サイズは採寸もしましたし、形も以前にご注文された物と似たような物なので、おそらく問題ないかと」

 念の為に着てみるかと試着室を示す店主に、大丈夫です、と雪路は首を振った。

 「もう一着は」

 「ええ、決闘用に」

 店主は心無しか得意げに、もう一着を大きな台の上に広げる。

 「前回の軍服と、ちょっと違う形にしてみたんですよ」

 「本当だ」

 「あら、ちょっと女の子仕様なのね」

 横のウェンディも目を瞬いた。

 変わらずに黒い詰襟ではあるけれど、腰が少し細く絞られていたり、袖口の釦が華やかな細工になっていたり。

 「飾緒が着いたのか」

 気付くと誠も寄って来て雪路の後から覗き込んでいた。

 肩から下がる金の緒を見て、ふむと小さく頷く。

 「中々見栄えは立派になりそうだな。服に食われんようにシッカリと気合を入れることだ」

 「うう、そうですね……」

 華やかさが増した分、確かに雪路本人の存在感が服装に負けそうな確率は少し上がっている。ちょっと驚くほどには、どうやらこの手の軍服が似合うのは立証済みの雪路だけれど、今度こそ頑張り過ぎたハロウィンにならないか、ヒヤヒヤしなくもない。

 「着てみます?」

 ソワソワ不安そうな雪路に、助手が笑って試着室を示した。

 「明日、動きにくかったりしたら大変だし、こっちは着てみた方が良いんじゃない?」

 ウェンディも頷くので、わかった、と、雪路は服を手に取った。

 「お借りしますね」

 店主と助手に断って、試着室に入り、カーテンを引く。外で誠が何か、店主に手袋がどうのこうのと話しているのが聞こえた。

 雪路との待ち合わせではあったけれど、どうやら、ついでに手袋を誂えて欲しいと注文する事にしたらしい。

 (そういえば誠さんも、白い手袋してるもんなぁ)

 白い軍服が基本の誠は、汚れた時が大変そうだなあ、などとふと思いつつ、無意識に自分の手を見下ろす。

 (私も手袋しようかな)

 竹刀を振り回すようになって、ほんの少し、手のひらが固くなってきている気がした。

 (剣だこ……って、響きはかっこいいけど、見栄えは良くないよね)

 隠すためと悪化させないために手袋でもと思っていると、聞こえて来る店主と誠の声に、またふと思考は逸れる。

 (……そういえば、店主さんて……)

 手に火傷の痕があるのを、思い出す。初めて見た時は、何となくジロジロ見てはいけない気がして目を逸らしたのだけれど。本人は、特に隠すこともなく、気にする様子もない。

 (仕立屋さんなら、火は使わないだろうし)

 仕事以外で負った怪我だろうかと、取り留めもなく考えて、けれど、あえて聞くことでもないかと気を取り直す。

 そうして着替えを終え、カーテンを開ける前に、ちょっと自分で鏡を確認。

 「あ、思ったよりいける」

 思わず呟くと、聞き付けたのか、雪路、と外のウェンディが急かしてきた。

 「見せて見せて、着替え終わった?」

 「思ったより、服に負けてないと思うんだけど、どうかな?」

 シャッとカーテンを開くと、あら、と、ウェンディは目を瞬いた。

 「本当。やっぱり貴方、そういう系統の格好が似合うのね」

 「さすがに反論できない……」

 コクコクと雪路も頷き返す。自画自賛する気はないけれど、確かに、新しい服は雪路に似合っていた。張り切り過ぎたハロウィンどころか、すっかり馴染んだ感すら漂う。

 「黒髪が良い感じなのかしら?ちょっと伸びてきちゃったけど、前髪のパッツン具合とかも」

 「そういえば伸びたな……。今夜切ろうかな」

 竜の前足で払われ、否応なくパッツンと切り揃えていた前髪は、今となってはそれが自然になってしまった。少し伸びてきたそれを摘んだ雪路に、それで、と誠が口を開く。

 「様にはなっているが、肝心の着心地は?」

 「あ、はい。それもピッタリです」

 軽く屈伸したり片手を上げたりして、膝回りのキツさや肩の余裕を確認。さすがだと、仕立屋子弟に賛辞を送れば、もちろん、と二人は笑った。

 「雪路さんの初決闘ですからね、そこら辺も考えて、気合を入れたんですよ」

 「応援してます!」

 口を揃える二人に、ちょっと驚いてから、雪路は笑った。

 「ありがとうございます」

 頑張らねばなぁと、気負い過ぎない程度に、自然とそう思う。何だかんだ不安は多いままだけれど、〝毒林檎の試練〟は無事に終えたし、こうして応援してくれる人達もいる。

 (できることは、全部やった)

 ならば後は、明日、本番で頑張るだけだと、うんと頷いたところで。

 「……ならば、これで見栄えは完成か」

 カチリと音がした。誠が差し出した手、一瞬、キラキラと粉雪のようなものが舞って、気付くとそこに、黒鞘の軍刀が握られている。鈍い鬱金の護拳を備えた、普段、誠が携えているものよりも少し短い軍刀だった。

 「約束通りだ。くれてやる。取り急ぎ、お前の身長に合わせたつもりだが……」

 「あ」

 雪路は目を瞬いてそれを受け取った。

 「ありがとう、ございます」

 おっかなびっくり、鞘部を両手で持った瞬間、想像していた以上の重さにビクリとする。

 「うわ、意外と重い」

 「鋼の塊だぞ、当たり前だろうが」

 誠は呆れたように笑って、コツコツと、持ち手を叩く。

 「読み取りの魔法が発動するか、確認してみろ」

 「はい」

 ハッとして、雪路は頷いた。ドキドキと持ち手の方に片手を伸ばす雪路を、ウェンディや仕立屋達も興味津々に覗き込む。

 右手で掴んだ瞬間、思わず肩を揺らした。

 「な、なるほど」

 技術を読み取れるとは、こういうことか、と納得。それに触れた瞬間、重さが気にならなくなった。長年使い慣れた物のように、不思議と扱いが分かる気がする。

 何を言われたわけでもないのに、キチンと鯉口を切ってから刀身をほんの少し抜き出す雪路に、よし、と誠は頷く。

 「鯉口切らずに無理矢理引っ張り出しがちなのが素人だからな。その分なら、正常に発動しているようだ」

 大日本帝国軍人だった誠が用意した軍刀は、西洋風のサーベルらしい護拳を持っていたけれど、その実、刃の部分は日本刀だ。ならばこそ、座ったり走ったりと、体勢が傾いた拍子に簡単に抜けないようにとキツく作られているのが鞘の口、鯉口。だから、まずは鍔を親指で押して、その固い鯉口から刃をまず少し押し出す、すなわち鯉口を切り、それから初めて持ち手を握った腕で刀身を抜き出す。それが本来の抜刀の仕草であり、それを行わずに最初から持ち手を握った腕の力だけで抜刀するのは、鯉口が緩くなるのを早めるし、秒の単位で命の掛かる切り合いにおいては隙に成り得る。

 そんな事を知るはずもない雪路が、持った瞬間にストンと、それを理解して、キチンと鯉口を切って刀身を抜き出していた。

 「読み取りって、こういうことですか」

 いまいち、具体的にどうなるのか想像出来ていなかったけれど、実感して理解し、雪路はふむふむと頷く。

 「それで技術は十分だ。お前の場合は物理的な問題もないはず」

 誠は静かに雪路を見下ろした。

 「見栄えも、中身も、お前は、揃えるべきものは全て揃えた」

 「はい」

 コクンと頷くと、少し目を逸らしてから、ぼすん、と、その手が頭に乗せられて。

 「……まぁ、心配はしていない、お前のことだからな」

 「え」

 ぼす、ぼす、と、雑に撫でて離れていった手を、雪路は思わず凝視した。ポカン、と、ウェンディや仕立屋も目を丸くする。

 「……なんだ、不満か?」

 いくらか朱の差した顔で、誠は軍帽の鍔を引き下げながら、顔ごと雪路から逸らした。

 「まぁ、不満なのは当たり前だとは分かっている。俺はアントワーヌではないからな」

 「ちょっと、誠さん!?なんでそこでアントワーヌさんが出て来るんです!?」

 早口な言い訳に、今度は雪路の方の顔にも朱が差した。

 「む……なんだ、お前はアレに惚れているのだろうと、思っていたんだが……」

 ひいぃ、と雪路は顔を抑える。

 (さっき林檎の話ししたヘイダルさんやメルヴィンさんはともかく……!ま、誠さんには、直接的にそんな話、してないはずなのに……)

 意外なところで鋭いと、思わず見上げ直した顔。

 「……アレも、お前のことは気に掛けている」

 「へ」

 何かモゴモゴ呟いた誠は、聞き返した雪路に、いや、と気を取り直したように首を左右に振った。

 「ともかく、明日はしっかりやり抜け。ああ、陳腐なセリフだが言ってやれば、俺もお前を応援しよう」

 パチリと、雪路は目を瞬く。

 藤色の目を見返して、じわりと、頬が緩む。

 確かに、頬や髪を撫でてくれる、一番、愛おしい人ではないのだけれど。

 それとは違う方向で、その不器用で雑な応援は、不満なんてあろうはずもなく、嬉しいのだ。

 (ああ、確かに、お兄ちゃんなのかもなぁ)

 一人っ子の雪路には、実際にはそんな存在はいなかったけれど、たとえるなら、そんな心強い相手のようなもの。

 「はい。私、頑張ります」

 うふふふ、と頷いた雪路に、なんだその顔は、と、また少し照れたように語気を荒らげる姿。

 こそこそと小さく笑っているウェンディや仕立屋達を視界の端に、雪路はニコリと、また笑った。


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