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魔女と鉱石、帰還譚  作者: 空野
Chapitre.8
69/323

8-1(1/11投稿始点)

 「お疲れ様です。試練は終了しました」

 ハッと気付いた時、辺りは光を取り戻していた。場所は最初にメルヴィンやウェンディと別れた広場で、目の前には、懐中時計から顔を上げる理知的な青年。

 「あ、あれ……?」

 齧ったはずの林檎は手の中から消えていた。唐突な移動に目を瞬く雪路に、さて、と目の前のメルヴィンは時計を懐に戻しながら口を開く。

 「貴女は正しく本物を見付けたようですね。従って、無事の帰還と、〝毒林檎の試練〟の合格をお祝い致しましょう」

 「あ」

 そうか、無事に当たりの林檎を齧れたのか、と、ようやく雪路は状況を理解し、脱力した。

 「よ、良かったぁ……!」

 「おめでとう!お疲れ様ね、雪路」

 膝に手を付いて盛大に叫ぶと、ウェンディが駆け寄ってパシパシと肩を叩いてくれる。

 「もう、最後!最後の最後!銀は効かないし、我ながら変な理由の決定打だし、ホント、外れてたらどうしようかと思ったぁああ!」

 今更ながらに、とんでもない確信で決断したものだと客観的な呆れに襲われ、呻きながら胸を抑える。

 「銀が効かなかった?」

 ウェンディが驚いて目を瞬いた。ついでに、何も無いはずの宙から羽根ペンと羊皮紙を取り出して書き込みをしていたメルヴィンも、チラリとこちらに視線を向ける。

 「うん。ほら、林檎の奥に毒の魔法が溜まってたとか……」

 「じゃぁ、どうやって見分けたの?」

 息を吐く雪路に、不思議そうにウェンディが首を傾げると。

 「それは俺も疑問だ」

 響いた声に、メルヴィンも含めて三人で肩を跳ねさせた。

 「ヘイダル!」

 クシュン、クシュン、と二回クシャミをしてから、メルヴィンが振り向く。

 雪路が最初に入って行った坑道、試練の部屋に続く道から、ヘイダルが出て来るところだった。

 「もう人形の真似はせんでいいだろう?肩が凝った……」

 やや疲れた顔で言い、ヘイダルは右手で左肩を抑えながら、雪路に視線を向ける。

 「最後の最後、どうして、アントワーヌではなく俺が本物だと判断した?」

 「それは私も少々興味がありますね」

 メルヴィンは頷き、ペンを持つ手を止めた。

 「次回からの偽物作成の参考にするので。何か決定的な粗があったようでしたら、教えて頂けますか?」

 「あ、いえ!」

 雪路は慌てて首を左右に振る。

 「あの、メルヴィンさんの幻に、何か問題があったわけではなくて……。むしろ、どう見ても見分けられなかったので……」

 雪路は言い淀んで視線を横に流し、そこでふと、ウェンディがいつもより少し落ち着き無いことに気付く。どこかソワソワとして、こちらの会話から気が逸れているらしい。

 (……ヘイダルさんを気にしてる?)

 青い目の向いている先を追って、雪路は少し首を傾げた。

 (……そういえば、一昨日の夜も……)

 自分の時はヘイダルが本物だった、嬉しかった、と。そう独り言のように言っていたのを、思い出す。

 (……あれ、もしかしてウェンディって)

 ほぼ確信を持って思考が結論を導き出そうとしたところで、不意に、そのウェンディ当人が我に返った様子で雪路に視線を戻す。

 「幻に何か粗がなかったなら、尚更、どうしてヘイダル様を選んだの?」

 僅かな間のソワソワした様子を誤魔化すように早口なウェンディに、うん、と、気圧されて雪路は思わず頷く。

 そして、気恥ずかしくて言い淀んでいたのも忘れ、そのままポツリと、決断の真相を吐露。 

 「だって、アントワーヌさん、明日、鏡の間に来てくれるって言ってたから。だから、会えるのは、今日じゃない」

 「なに?」

 「え?」

 パチリ、と、ヘイダルが目を瞬き、クシュン、とメルヴィンがクシャミをした。

 「あら」

 ウェンディも虚を突かれたように目を見開いてから、続けて、ニヤーっと目を細める。

 「……やだ!ええー、雪路ったら!」

 「あ……!」

 口を滑らせた、と、瞬時に顔に血が上って口を抑える雪路に、きゃぁきゃぁと悲鳴を上げてウェンディが抱き着く。

 「やだもう!なにそれ!可愛い!」

 「あ、いや、違う、違う、あのね、違うの!」

 ひゃぁあ、と悲鳴混じりに必死で何かを否定する雪路に、ヘイダルとメルヴィンはそれぞれ目を瞬いた。

 「……ほぼカンじゃないか。お前、相当の幸運の持ち主だな」

 呆れた顔で呟いたヘイダルに、反論出来ない雪路はうっと唸る。

 「だ、だって、それ以外に決定打になりそうな物、なかったですし……」

 ゴニョゴニョと呟くと、やれやれと息を吐いて、ヘイダルは少しだけ笑った。

 「だがまあ、運も実力の内か」

 「ですよね!」

 「調子に乗るな」

 コクコク頷いた瞬間に、また呆れ顔になり、ヘイダルはメルヴィンに視線を移す。

 「合格報酬の授与は?」

 「え、ええ、今」

 複雑そうな表情をしていたメルヴィンは、ハッとしたように頷いて、止めていた羽根ペンを再び、宙に浮く羊皮紙に走らせた。

 最後に署名を入れ、完成。

 「〝毒林檎の試練〟合格の報酬は、読取の魔法。歴戦の勇士の如く、あらゆる武具を扱う知識を与えましょう」

 その言葉と同時に、フワリ、と雪路の足下に不思議な形の魔法陣が広がった。花の蕾が開くように、中心となる一点の黒い染みからふわっと外側に向けて瞬時に緻密な模様が膨らみ、そして、光になってホロホロと宙に浮かび上がりながら融ける。

 「以上を持って授与は終了、また、同時に試練も終わりとなります」

 魔法陣が融けるのに合わせ、羽根ペンと羊皮紙も消えていた。

 メルヴィンは無表情に言い切り、では、と視線を出口の方に向ける。

 「私は少々、後の片付けがありますので。合格者と付き添い人は速やかに退出なさい」

 「え?あ、は、はい?」

 思っていたより遥かに素っ気ない授与に、一瞬、雪路は戸惑った。

 (本当に、これで終わり?)

 おずおずとウェンディを見ると、コクリと苦笑いして頷く。

 「帰りましょう」

 雪路の手を引いて、ウェンディはペコリと軽く、メルヴィンやヘイダルに向けて頭を下げる。

 「ありがとうございました。では、失礼します」

 「ああ」

 ヘイダルが軽く頷いて、少しだけ表情を緩めた。

 「両名とも気を付けて帰るように」

 「はい」

 頷くウェンディの声が、微かにいつもより高い。

 (うーん、これはもしかしなくても、そうか)

 雪路は確信して一つ頷き、思わずニマリと頬を緩める。

 (そっかー、ウェンディはヘイダルさんが〝お目当て〟だったのかぁ)

 かつて花嫁候補だったというなら、ウェンディにも当時〝お目当て〟がいておかしくない。だとするなら、工女になった今も、その気持ちが続いていることだって、有り得るだろう。

 フムフムと納得する雪路に気付いて、ウェンディはムッと気まずげに眉を顰めた。

 「ほら!雪路!帰るわよ!」

 「わ」

 グイグイと引っ張られて、ちょっとバランスを崩し。

 「あ、ありがとうございましたー!」

 慌ててメルヴィンとヘイダルに挨拶すると、雪路は早足になっているウェンディに、慌てて歩調を合わせて歩き出す。

 「待ってウェンディ待ってよー!」

 「待たない!」

 珍しく少し焦ったような声と、ちょっと赤くなっている耳と。

 「……もう、かわいいなぁ」

 「あのね、それ、あんな理由で林檎を当てた、貴方が言う?」

 思わずクスクスと笑った雪路を、ウェンディは振り向いて、半眼で睨んだ。


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