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魔女と鉱石、帰還譚  作者: 空野
Chapitre.7
66/323

7-7

 「〝毒林檎の試練〟?」

 夜、鉱夫や工女達と夕食を取りながら、雪路は〝毒林檎の試練〟について彼等に助言を求めた。

 すると。

 「良かった!それなら、私、昔合格してた!」

 ウェンディはアッサリとそう言って微笑んで。

 「あ、それなら私も、昔、それ受かってたわよ」

 ついでに元花嫁候補の工女が、春巻きを箸で摘んだまま片手を上げ、おや、と雪路は目を瞬いた。

 「あ、私も、私も」

 更に別の元花嫁候補も名乗り出て、よかった、と思わず雪路は息を吐く。

 やはり、合格率が高い試練というだけあって、経験者はあっさりと見付かったわけである。あとは、何か対策を聞ければ万々歳。

 「どんな試練だったの?」

 息せき切って聞くと、彼女達は、ええ、と心無しかウットリ、嬉しそうに口を開く。

 「一言で言うと、目の保養」

 「え?」

 ウェンディの言葉に、思わず雪路は周りの鉱夫達と一緒に首を傾げた。

 「め、目の保養?」

 「〝毒林檎の試練〟はね、まぁ、間違い探し、って奴なのよ」

 経験者だというブルネットの髪の工女が春巻きを置いてそう言った。

 「試験会場にはね、魔女様の七人の御子息全員が待っている」

 「全員?」

 なんだかんだ、まだ全員勢揃いしたところなど見た事はない。それが勢揃いとは、中々に貴重な光景なのではないかと、雪路は驚く。

 「もう、凄い目の保養よね、素敵な方ばかりだし。私の時は、暗い部屋のアチコチに家具があって、それぞれ、お好きな様に座ってらっしゃったり、立っていらっしゃったりしたんだけど」

 別の黒髪の工女が言葉を続け、ふぅ、とウットリ溜息を吐く。

「基本的には、お話はして下さらないんだけれど、試練中、花嫁候補はどれだけ近付いても怒られないし、拒まれないの。あんなに近くで〝お目当て〟の方を眺められる機会、あの試練でしかないわよ」

 「本当に!私、あんなに間近で誠様を見たのあの一回だけだわ……。あの切れ長の目がもう……!」

 蕩けそうな顔でバシバシ机を叩くブルネットの彼女は、どうやら誠が好みらしい。

 「思わずボーッとしちゃったわよね……。アントワーヌ様を、あんなに間近で見詰めていられたのは、あの一回切りよ」

 黒髪の彼女の方はアントワーヌが本命だったのか、と、雪路は少し複雑な気分になった。

 (……今も、好きなのかな)

 モヤモヤしていると、気付いたウェンディが苦笑いして、トントン、とウットリしている二人の肩を叩いてくれる。

 「と、言っても、それ〝本物〟だったの?」

 ウェンディの声に、え、と、雪路が聞き返すと。

 「残念ながら……」

 「あの方、忙しいから……」

 途端に夢心地だった二人はシューンと現実に戻って溜息を吐く。

 「どういうこと?」

 雪路が困惑して問うと、間違い探しよ、と、ウェンディは言った。

 「その部屋の中にいる七人のうち、本物は一人だけなの。後は、メルヴィン様の魔法が見せている幻よ」

 「七人はそれぞれ林檎を持っていらっしゃるんだけどね。そのうち、本物の方だけが普通の林檎で、後は全て、強力な毒の魔法が掛かった死の林檎ってわけ」

 ブルネットの工女はそう言って、春巻きをパリッと齧る。

 「本物を探し出して、林檎を無事に齧って見せることが、合格条件よ」

 黒髪の工女は焼売を大皿から自分の小皿に取り分けた。

 「なるほど」

 雪路が頷くと、ブルネットの彼女はううむと唸って。

 「ちなみに、私の時は、メルヴィン様が本物だった」

 「私の時は誠様が本物」

 「うっそ!?超羨ましい!」

 きゃぁきゃあと盛り上がブルネットと黒髪を横目に、ウェンディが、ふふ、と笑った。

 「私の時は、ヘイダル様が本物でいらっしゃったわ」

 ポツリと呟いて、自分の皿に目を落とす横顔。

 「……嬉しかったな」

 「ウェンディ……?」

 その横顔に、何か言いようもない恋しさみたいたものを垣間見てしまって、雪路が戸惑うと。

 「と、そんな試練なんだけど」

 すぐにウェンディは微笑んだ。

 「見ての通りに、合格率がそれなりに高くてね」

 「う、うん」

 突っ込んで訊くにしても、このガヤガヤした食堂で、試練の対策を練っているはずの今ではないな、と雪路は大人しく頷く。

 「実は、この試練、凄く単純な解決方法があるのよ」

 ウェンディの言葉に、盛り上がっていた工女二人もハッと我に返って振り向く。

 「そうそう。銀、魔法の銀よ」

 黒髪の工女が頷く。

 「魔法の毒は、魔法の力が篭った銀で見分けられるの」

 「見分けられる?」

 雪路がオウム返しすると、ウェンディがもう一度口を開いて。

 「ほら魔法ではないただの銀も、毒に触ると色が変わるって聞いたことはない?魔法の毒もね、ただの銀なら誤魔化してしまうのだけれど、魔法の銀なら色が変わるの」

 「へえ」

 雪路は素直に感心して頷いた。

 「じゃぁ、魔法の銀を持って行って、それを片端から林檎に当てていけば良いのね?」

 「ええ」

 ブルネットの工女が頷く。

 「ごく稀に、林檎の奥に毒の魔法が溜まっていると、表面に当てる銀が上手く反応しない時があるらしいけれど。基本は、銀さえあれば失敗しない試練なのよ」

 だから合格率が高いのだ、と、経験者三人は口を揃える。

 「そいじゃぁ、魔法の銀を調達せんとなぁ」

 横で聞いていた鉱夫達も口を挟んで、さてと、互いに顔を見合わせた。

 「魔法の銀と言やぁ、アントワーヌ様の鉱山だ」

 「花嫁候補なら、補佐に行けば一つ二つ、事務室にある標本用や品質試験用のを借りて来れるな」

 口々、これは楽な試練だと安堵する彼等と裏腹。

 ハッと、工女達と雪路は顔を雲らせた。

 「だめよ、雪路は、補佐には行けない」

 ブルネットの工女が、苦々しく呟く。

 「……イザベラ、彼女が、だいぶ前から、あの鉱山には補佐として居座っているもの」

 ハッと、雪路とイザベラの決別事情を知っている鉱夫達も、顔を顰めた。

 「そうだった……」

 鉱夫達のリーダー格、親方が苦く額に手を当てる。

 「参ったな。俺達鉱夫や工女が、魔法の銀なんぞ持ってるはずもなし……」

 「おおい、店主、ここ、銀の食器とかないのか?」

 別の鉱夫が厨房に向けて声を張ると、まさか、と厨房から店主は顔だけ出して眉を寄せた。

 「あいやー!アンタの目、節穴カ?このワタシのお店、そんな高級品使う余裕があるように見えるネ?」

 相変わらず、〝故障中〟と直書きされた回るはずの回らないテーブル。店主の手書きの、ちょっと文字が斜めになった掛け軸の書。

 「料理の御値段、上げてヨロシなら、銀の食器も検討するヨ!……だだし、それにしても、試練には間に合わないアル!」

 「じゃぁ、値段上げていいから、銀の食器にするかわりに、本物の海老を食わせてくれ」

 例のエビチリモドキをスプーンに掬った鉱夫が苦笑い。

 「あいやややや!それは出来ない相談ってもんネ!海産物は輸入に頼るしかないから、貴重品ヨ!仕入れるのにニコロ様の許可取るの面倒ネ!お金に出来ない面倒がある、ってヤツヨ!」

 店主は肩を竦めて厨房に再び引っ込んだ。

 それはお金に出来ない価値がある、じゃないの、と雪路は目を瞬いた。

 「……参ったな」

 親方は肩を竦め、思案げに目を眇める。

 「花嫁候補や御子息様方向けの食堂をやってる奴等なら、あるいは持ってるか?ちょいと、明日、皆で探してみよう」

 しかし、明後日、土曜日の試練までに用意できるかと、鉱夫達や工女達はソワソワ不安そうにして。

 (銀……)

 ふと、そこで、雪路は何か引っ掛かる。

 「魔法の、銀……、アントワーヌさんの、鉱山の……」

 その瞬間、ドキリ、と、心臓が跳ね上がった。

 「あ!?」

 「どうしたの?」

 悲鳴のように叫んだ雪路に、ビクリ、とウェンディが反応する。

 「そうだ……!もしかして、これを予想して……!?」

 アワアワと、雪路は首に細いチェーンで下げていたそれを服の中から取り出した。

 「これ!魔法の、銀だ!」

 コロリと、手の上に落ちたのは、銀の指輪。特別な装飾はない、ただ、それだけで一つの芸術に見えるような柔らかい曲線と、高貴な光沢を放つ、指輪。

 他ならない、アントワーヌ本人が、くれた物だった。

 「え、これ、どうしたの?」

 驚いて目を見張るウェンディに、その、と雪路は目を泳がせた。

 「……あの、貰った」

 それだけで、だいたい、誰に、かも悟ってくれたらしい。

 「へぇぇ、良かったじゃない!」

 ニヤニヤとするウェンディに、違うの、と、思わず上擦った声が出る。

 「と、特別な意味は、なくて……。お守りって」

 「だとしても、ネックレスにするなんて勿体ないわね。せっかくだから指に付けておけば良かったのに」

 「ち、違うってば!」

 思わず赤くなってブンブン首を振る雪路に、鉱夫達はキョトンとしたけれど工女達は何か悟ったらしい。

 「……ああ、雪路の〝恋しい人〟は、あの方だったの」 

 「大穴ねぇ。いえ、ある意味、王道なんだけど」

 「この前のお風呂の時は、予想に入って無かったわよね、盲点だった」

 ニヤニヤし出した彼女達に雪路は飛び上がり、それから、ハッとして黒髪の工女に思わず視線を向けて。

 「ふふ。大丈夫よ」

 目が合った彼女は、クスクス笑って首を左右に振った。

 「私にとってあの人は、もうとっくに、何ていうか、絵の中の王子様みたいなものだから」

 「絵の中の……」

 呟くと、ええ、と頷く。

 「恋というより、憧れ。うっとりしたいだけで、恋愛、ではないと言うか……」

 恋と憧れの境は何なのだろう、と、雪路は複雑になって彼女を見詰める。

 雪路だって、最初は、たぶん憧れだと思ったし、実際、憧れだったのかもしれない。今は間違いなく好き、恋なのだけれど、どうしてそう確信出来ているのかは、自分でも、分からないのだ。

 「抱き締められてみたいと思うし、キスされてみたいとか、あの声で愛してるとか言われるのを妄想しちゃうけど」

 雪路の表情を読み取ったのか、黒髪の彼女は愉快そうに笑った。

 「でもね、会いたいとは、思わないの」

 その一言に、雪路は目を瞬いた。

 「あれをされたい、こうして欲しい、あの表情が好き、と思うけど。本気で本当に、会いたいとか、何でもない色っぽくもない普通の会話をしたいとか、今日の夕飯が美味しかった事を報告したいとか、そういう事が、浮かんで来ないって言うか……」

 黒髪の工女は肩を竦めた。

 「本当に綺麗な、ウットリするような恋を、煮詰めに煮詰めて自分が食べたい甘い部分だけ取り出して。そこだけ、その人で置き換えて想像して、キュンキュンして満足しちゃう。それって、その人を理想の恋人として恋に恋してる……憧れてるだけで、本当にその人に恋しているんじゃない、と私は思ってる」

 「……なるほど」

 雪路はムムと眉を寄せた。わかったような、わからないような、そんな気分で、うーんと唸る。

 「まぁ、そうは言っても、とにかく恋の定義なんて人それぞれよ」

 黒髪の工女は微笑ましそうにウンウン頷いた。

 「貴方が、好き、恋してる!って感覚で断言できるなら、それは恋だから。だから、私のこと気にしてないで頑張りなさいな」

 「え、あ……」

 戸惑う雪路に、ふふ、と彼女は少し身を乗り出した。

 「だいたい、あの方が気にかけて指輪なんてくれる時点で、それ、かなり脈あるわよ、きっと」

 「え!?」

 思わず声が引っ繰り返る雪路に、そうね、そうね、と工女達が盛り上がる。

 「あの方、基本的に花嫁候補の色々には今まで一切干渉しなかったもの!」

 「しかも指輪よ!指輪!凄い意味深!」

 完全に、誰が本命だか皆にバレた、と。雪路は羞恥で死にそうになりながらヘナヘナと顔を両手で覆って俯いた。

 「ちがうぅう、たぶん、ほんとに、ただの、おまもり……」

 「とか言いつつ、期待しちゃう雪路ちゃんに幸あれ」

 ウェンディがニヤニヤ笑って、カチンと、雪路のコップに自分のグラスを当てる。

 「銀の問題は最初から解決してたし、あとは恋愛相談?」

 「やーめーてー!」

 お酒はまだ飲まないつもりだけれど、いっそ今は酔っ払ってしまいたいと、雪路は悲鳴を上げて思った。


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