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仕事が終わってから訪ねようと思っていた相手は、昼休みに、そちらから訪れた。
「無茶な戦をするものだ、貴様は」
眉を寄せた誠は腕組みして、事務室のソファに腰を下ろす。
「勝算はあるのか?」
「……それについて、昨日の夜、よく考えてみたんですけど」
雪路は誠の向かいに座って口を開き、誠と、そして今日も誠と一緒にやって来たフロール、ニコロを順繰りに見る。
「私、〝毒林檎の試練〟を、受けようかと思って」
「なに?」
途端に、少し離れた自分の事務机にいたヘイダルもピクリと振り向いた。
「……ふむ」
書記官達もザワリと注目する中、誠だけは冷静に雪路を見返す。
「というと?」
「決闘は日曜日です。それで、相手は皆、属性魔法が使える」
雪路は昨日一晩、冷静に考えてみた結論をゆっくりと声に出した。
「確か属性魔法が合格報酬なのは〝櫛の試練〟ですけど、今更、私がそれを受けて合格出来たとして、すぐに対戦相手と同じくらいに魔法を使いこなせるとは思えないです」
雪路が唯一使える魔法、浮遊魔法は、元々〝筋が良い〟とアントワーヌに評される程度に雪路と相性が良く、かつ、数日に渡って毎夜練習し、更に誠の鉱山にいる間に毎日実践して今のように使いこなせているわけで。
これを踏まえると、属性魔法、つまり、火、水、風、雷、土、いずれかを操作する魔法を、明日や明後日に手に入れたとして、3日後の決闘までに使い物になるほど使いこなせるかは怪しい。
「それなら、〝毒林檎の試練〟で、素の戦闘力……武器を使った物理攻撃力を上げた方が確かじゃないかと思うんですが……」
〝毒林檎の試練〟の報酬は、技術だ。武器を持つと、その武器の扱いが習得出来るという、読取の魔法。竜の討伐によって身体能力が飛躍的に高くなっている雪路にとっては、確実に戦闘力を上げるという点では、こちらの方が有効なはず。
「名付けて、レベルを上げて物理で殴れ作戦です」
「作戦とも呼べんわ!脳筋か、貴様は!?」
「さすが雪路、考えがストレート!」
すかさずヘイダルが頭を抱えて、ニコロが笑い転げる。しかし、目の前にいる誠と、その横に座っているフロールは、ふむ、とごく真面目に思案げに目を細めた。
「……でも実際、それが一番、有効というか、即効性のある戦力補強方法だね」
フロールの言葉に、ニコロは笑い止めて目を丸くする。
「え、本気?」
「本気も何も、それしかあるまい」
誠は渋い顔で頷いた。
「集団戦ならともかく、連戦とはいえ基本一対一の、視界の開けた場所での戦いだ。つまり、技量の不足を策で誤魔化せる点が少ない」
「となれば、技量を上げるのが一番有効な勝率の上げ方だからね。雪路の考えは妥当だよ」
フロールも苦笑いして、じゃぁ、と雪路を見る。
「試練の申請は、僕がメルヴィンに出そうか?この後、会う予定があってね。急げば土曜には開催出来るはずだ」
「ありがとうございます、お願いします」
渡りに船と頷く雪路に、しかし、とヘイダルが少し声を低くする。
「そもそも〝毒林檎の試練〟を落ちる可能性もある」
そちらの対策は大丈夫なのかと聞かれ、う、と雪路は眉を下げた。
「それは……まぁ」
「まさか貴様、何も考えていないとは言うまいな?」
目を眇める誠に、それはない、と、慌てて首を左右に振る。
「今日、ウェンディ……元花嫁候補だった工女達に、対策を聞こうかと思ってます」
〝毒林檎の試練〟は、確か〝櫛の試練〟に次いで合格者が多い試練だったと以前に聞いた覚えがある。ならば、何か広く知られた対策があるのだろうと読む雪路に、ふむ、と少し誠は目元を緩めた。
「……なるほど、では俺はその件には口を挟まん」
試練について、〝婚約者〟でもないのに何か有利になる情報は流さない、と。それが誠なりのケジメで、平等の線引きらしかった。
「だがまぁ、剣については協力してやると言った身だ。必要ならその点では声を掛けろ」
目を逸らしてやや早口に付け足す姿に、おや、とフロールが目を瞬く。
「可愛がってるとは聞いていたけど、本当に兄妹みたいだね」
「は?これが妹だと?」
「え、誠さんがお兄ちゃん?」
穏やかな声に二人揃って声を上げ、同時に顔を見合わせる。
「何ですか、誠さん、その不服そうな顔は」
「お前こそなんだ、その嫌そうな顔は」
互いに苦い顔をし合っていると、コロコロとフロールが笑い声を上げる。
「ほら、まるで兄妹だ。だいたい、今日だって心配だからわざわざこうやって顔を出したんだろう?」
む、と、誠は眉間に皺を寄せる。そして、クイッと軍帽の鍔を下げて視線を隠してしまった。
「俺が稽古を付けたのに、あっさり負けられてはかなわん」
「じゃぁ、そういうことにしておこう」
クスクスと笑うフロールを、雪路はパチパチと目を瞬いて見る。
(大人しくて王子様みたいなイメージだったけど、意外と強気なんだな)
するとその間に、俺は?とニコロが首を傾げて雪路を覗き込んでいた。
「俺も心配してるんだけどなぁ。ねぇ、俺は雪路の何?」
「え?」
邪気のないエメラルドの瞳が、思いのほか純粋な色で問うていたので、雪路は一拍、間を置いた。
「ええと……あの、ニコロさんは……お友達、みたいに思ってます」
立場的にちょっと馴れ馴れしいかな、と思いつつも。人懐こくて明るいニコロに対する印象は、実際、それくらいに親近感があった。
「友達かぁ」
ニコロはニッと口角を上げた。
「Buono!そっか、そっか、俺はお兄ちゃんではないんだ」
「貴様を兄と思えるか。良くて弟だろう」
呆れたようにヘイダルが溜息を吐く。
「それどういう意味だよー?」
振り向くニコロに、聞いたままだ、とヘイダルは返して。
ぎゃぁぎゃぁと、いつも通りに騒がしくなる事務室。
雪路は苦笑いして、それを眺めた。




