7-3(1/9投稿始点)
「その服、どうしたんだ?」
ヘイダルに問われ、雪路はピクリと肩を揺らす。
寝室さえ安息の場ではないと思い知った翌日のこと。
「あ……ええと……」
ウェンディから借りた量産品の工女の服を見下ろし、少し視線を泳がせる。
「あの……洗濯のタイミングを、ミスして」
洗濯機は魔法の鉱石で動く高級品。まして全て仕立屋がオーダーメイドしている花嫁候補達の服は、ジャブジャブ気軽に洗える物でもなくて。専任の女中が洗ってくれるのだけれど、それは週三回、決まった時間に出さねばならない。
「この前、出し忘れちゃって……。今、着回しがカツカツだから、借りたんです」
ははは、と、笑って見せれば、ヘイダルは怪訝そうにしていた表情を納得に変えた。
「ズボラが原因か」
「そんなハッキリ言わないで下さいよー!」
抗議して笑いながら、内心で雪路は落ち込んでいる。
(……言えないなぁ)
全部、細切れにされてしまって泣く泣く処分したとは、言えなかった。
真実を知れば、ヘイダルの性格上、心配してくれるだろうけれど。しかし、そうやって心配して貰ったところで何が解決するでもない。おそらく実行犯であろうイザベラ、ないし、その取り巻きや、おそらく関与しているラビニア達。彼女達をヘイダルが叱ったところで、今の状況では所詮、火に油。
やはり媚を売って告げ口する奴、と、また雪路は言われる事になる。
(……それじゃダメだ)
正直、かなり精神的にダメージは来ているけれど、だからこそ、ヘイダルや誰か魔女の息子達に言えない、と思う。
(……言ったら、負けみたいだ……!)
告げ口、媚売り、そんな文句を言せない為には、ここは雪路が自分で戦わねばならないところだと、理解していた。
(……言わない。言えない)
不安とショックで肺は重いけれど、一晩耐え抜いて結論した言葉を胸中で繰り返し、小さく頷く。
すると、その時。
「雪路!ちょっと、無茶過ぎないか!?」
ノックが聞こえたと思った時には、返事を待たずに扉は開いていた。
「ニコロ」
パチリ、とヘイダルが目を瞬き、書記官達がザワリとする。
「ニコロ、返事の前に開けてはノックした意味がないよ」
「フロールさん」
呆れた様子のフロールも顔を出したので、更に、その場はざわめいた。
「どうされたんです?」
「どうもこうも!雪路が変な決闘するって聞いたから!」
ニコロは心配そうに首を傾げて雪路の顔を覗き込む。
「三人相手って!」
「全く無謀だねぇ。冗談にしても笑えないよ」
フロールは、むむ、と困ったような顔をしている。
「相手はいずれも〝櫛の試練〟を通っているらしいし。つまり、火か水か、風、雷、土、いずれかの属性魔法が最低でも一つ使えるってことだろ?」
「対して、雪路は浮遊魔法、それから強化された身体能力、と。……有利とは言えんな」
突然の兄弟の来訪に多少狼狽えたものの、すぐに落ち着きを取り戻したヘイダルは、フロールの言葉に続けながら、視線で客用のソファを示す。
「ひとまず座れ」
「ごめんね、仕事中に」
フロールは答えて、お邪魔するね、と書記官達にも一言掛ける。書記官達は慌ててお構いなくとざわめいた。
フロールとニコロがソファに着くのを見て、雪路は茶を出そうかと椅子から腰を浮かせるが。
「俺は雪路の心配に来ただけだからいらないよ!」
ニコロが気付いて首を左右に振り、フロールも頷くので、はぁ、と、困惑して再び腰を下ろす。
「雪路の心配に?」
ヘイダルが首を傾げ、ああ、とフロールは視線を雪路に向ける。
「噂の決闘、一対一ならともかく、三人抜きなんて。勝率が二割あれば良い方だよ」
藪から棒の容赦ない判定。う、と雪路は俯いた。
「やっぱり、難しいですか……」
「たぶんね。なまじ一人目には勝てたとして、二人目、三人目と、体力は確実に減っていくわけだし」
おっとりした雰囲気と裏腹、以外にもシビアに淡々と、フロールは分析する。
「しかも決闘である以上は、負ければ合格報酬の力は奪われる。君の場合、最悪のパターンは、一回戦目で敗北して最大の戦闘利点である身体能力の強化を奪われることだと思う」
むう、と雪路は呻く。確かに、もし初戦から敗北して身体能力を奪われた場合、属性魔法が使える残りの二人とどこまで戦えるか、非常に不安だった。
(浮遊魔法が残ってるから、回避は少しだけなんとかなるかもしれないけど……)
あるいは二戦目も敗北すれば、もはや雪路に合格報酬はない。素の状態での三戦目は、確実に負ける。
そう、そこまで考えて、ハタと雪路は思い至った。
「あの、私、もし三戦全敗したとして……、三戦目の敗北の時には、合格報酬持ってませんが……。そういう場合って、何か、取られるんですか?」
雪路が持っている合格報酬は二つだ。三回目の敗北では奪えるものなどないと怪訝に問えば、それにはニコロが顔を顰めて。
「美貌だよ。相手が良いと思う雪路の部分、どこか持って行かれるんじゃないかな」
「え」
雪路は困惑して自分の顔に手を当てた。
頭を過ぎったのは、昨日の花嫁候補の言葉。媚を売っていい子ぶって、それでも、お前なんて誰も特別に思いやしない、という。
(……単に悪口だろうし、今まで、際立って顔貌が悪いって言われた事は、ないけど……)
地味、と言われた黒髪を、何となく摘んで見詰めてしまう。
確かに、他の花嫁候補達の方が華やかだとは、思う。
「……花嫁候補って、可愛い子多いですし……。私のどこか、欲しいなんて思いますかねぇ……」
勝負する以上は、無理矢理にでもどこか良さげなところを探して奪うのだろう、とは思うけれど。本気で欲しがられるような物は持っていない気がして苦笑いすると、ニコロは少しだけ目を見開いた。
「え?雪路はどこも可愛いだろ」
「え」
ポツリと、当然のように言われて、思わず雪路も目を見開く。
「あ……ありがとうございます」
社交辞令というか、それ以外に答えようなどないか、と、誘導尋問してしまった気になり、ちょっと気まずく笑った。
すると、その気まずさを感じ取ったのか、雪路、と、ニコロは少し早口になった。
「いや、本気だから。俺は好きだよ、雪路の真っ黒な髪の色とか、目とか。どっちも黒檀みたいに深くて艶があって……。それに唇とかも、凄く綺麗な赤い色。柔らかそうだし、なんか、時々、凄く触りたくなるっていうか……。あと、声も、凄いハッキリしてる時と、無邪気に笑ってる時と、あと、落ちこんでるのかなぁって時と、表情と同じくらいクルクル変わるから、聞いてて楽しくて、それで」
「え、あの」
ドバッと早口に流れる賛辞に、たまらず雪路は口を挟んでストップを掛ける。
「あの、嬉しいんですけど!とっても!恥ずかしいので!もう、その!そこまでで!ありがとうございます!」
これがイタリア男の本気か、と、思わず温度の上がった顔を両手で抑えた。
(よ、よくぞ流れるように、そんなにたくさん褒め言葉が……)
出てくるものだな、と思わず感心。
「あ、いや、ごめん」
ニコロの方もハッとしたように、少し照れた顔で笑った。
「とにかく、雪路は盗られそうなところ一杯あるよ、って話」
「そうだね。君は十分に、欲しがられるカタチを持っていると思う」
黙って二人を眺めていたフロールは、再びそこで会話に戻ってくる。
「美貌、それから浮遊魔法や身体能力を奪われない為には、どうにかして、属性魔法を持った相手三人全員に勝つ必要がある」
「……でも勝率二割なんですよね……」
我に返って再び落ち込む雪路に、うむ、とヘイダルが唸った。
「……厳しいところだな」
「大丈夫だよ。ま、命取られるでもないしさ、痛いとか疲れたとかあったら、さっさと降参しちゃえばい」
「こら」
ピンッ、と。痛そうな音がして、ニコロの悲鳴が部屋に響いた。
「戦う前から負ける前提で降参を薦めてどうするんだい?」
ニコロの額に、見事なデコピンを決めたフロールは溜息を吐く。
「いったぁぁぁ!?俺は、ただ、雪路の安全を第一にと思って」
「安全第一で即降伏など、なんだ、そのヘタレた発想は」
涙目で頭を抑えて抗議するニコロに、ヘイダルもピシャリと吐き捨てて。
「……とはいえ」
一瞬迷ってから、その目は雪路を振り向く。
「時に退却も戦術ではある。故にそこはお前の決断するところだ。……実際問題、お前、勝率は置いておいて、どれくらい勝ちたい?」
明らかに不利な戦闘条件。粘っても粘っても、苦痛や屈辱が長引くだけで、勝てないかもしれない戦い。
早々に降参してしまうのも致し方ない一つの結論だとは、ヘイダルも認めているようだった。
雪路は無意識に視線を床に落とした。
「私は……」
確かに、決闘は降参によって終わる。極論を言えば、魔法も美貌の一部も捨ててしまって良いなら、開始と同時に降参してしまえば良いのだ。
その事実に気付いて、一瞬、揺れた自分に気付き、雪路は慌てて首を左右に振る。
(……だめだ。そんなことをしたら、意味がない)
誇れる自分である為にイザベラと決別したのに。逃げるような方法で決闘を終わらせてホッとしてしまうなんて、それこそ、無意味だと、思う。
「……勝ちたいです」
少なくとも即座の降参は出来ない、してはいけない、と雪路はそう答えた。
「……そうか」
ヘイダルは頷き、ニコロやフロールも、そうかぁ、と呟く。
「まぁ、やるからには勝ちたいよなぁ、そりゃ」
ニコロは腕組みしてうーんと考え込む。
「誠も気にしていたから、相談してみたらどうかな?何か戦略とかのアドバイスはくれるんじゃないかと思うよ」
「はい。そうします」
フロールの言葉に、雪路はコクリと頷いた。
(……何か、考えないと)
勝つ為に。勝たねばならないから、と、考えを巡らせ、こっそりと溜息を吐く。
(今夜は部屋でゆっくり考え……られるかな……?)
ふと脳裏を過ぎるのは、昨日の山になった布。今日も鍵は閉めてきたし、本当に大事な物は全部持ち歩く事にしたけれど。
それでも、安心して出掛けられない感覚。
今日ももし、部屋に何かされていたらと思うと、憂鬱だった。
決闘への対策も考えねばならないし、前途はとにかく多難に見える。どうしていいかわからなくて、不安になりそうで。
(……いや、だめだ。ドツボにハマる)
なんとかなるはずだ、と雪路は自分に言い聞かせ、首を振って思考を断ち切った。何だかんだと頭の隅に居座った不安は完全には消えないけれど、見ない振りをする。
「雪路?」
「あ、いえ!やっぱり、折角なので、お茶、いれますね!」
心配げなニコロに笑って見せて、雪路はひとまず、席を立った。




