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「あの、何だか顔色、悪くありませんか……?」
週明け二日目の夕方。仕事終わりに向かった誠の鉱山で、雪路は首を傾げた。
馴染んできた竹刀を抱え、何となく精彩を欠いている気がする誠の顔を見上げる。
「それに、心無しか眠そうっていうか……」
「確かに。どことなく気怠そうだが……?」
具合でも悪いのかと問うた雪路の横で、ふむ、と腕組みしたのはヘイダル。雪路が誠に稽古を付けて貰っていると聞いて、どうやら興味が湧いたらしく着いて来たのだが。
「何かあったのか?」
いつもと違う誠の様子に首を傾げ、猛禽の目はいくらか心配そうにしている。それに対し、誠は心無しか少し気まずそうに首を振った。
「いや……。大丈夫だ。少し、昨日は遅くてな」
「お仕事忙しいんですか?」
あまり疲労しているようなら今日は帰るべきかと雪路も心配すると、いや、と苦く首を再度振る。
そこでヘイダルが、少し顔を顰めた。
「そういえばエリックは、今日、酷い二日酔いらしいと昼に鉱夫達が噂していた。なんでも明け方までどこかで飲んでいたようだ」
その瞬間、ピクリと誠の眉が片方動いたのを雪路は見た。しかし、ヘイダルは気付かない様子でブツブツと続ける。
「エリックのそれはそれで馬鹿な事を、と思うが……。しかし、誠は誠で、もう少し肩の力を抜くべきだぞ」
エリックと誠、足して割ったら丁度良いのでは、と呟くヘイダルに。
「……いや、今回の事に関しては、その、俺の自業自得だから、気にするな」
「自業自得?」
「……うむ、本命は潰せたんだが、横にいた阿保がグイグイと……、上機嫌になって粘ったものでな……」
「阿保?」
軍帽の鍔を調整し、顔を隠すような仕草で答える誠の様子に、雪路とヘイダルは顔を見合わせた。
「いや、何でもない。ともかく、大丈夫だ」
誠は咳払いすると、よし、と採掘場を見回した。
「始めるぞ」
「あ、はい!」
何となくはぐらかされた感は拭えないが、本人が大丈夫だと言うなら大丈夫なのだろうと雪路は慌てて竹刀を持ち直す。
「ヘイダル、お前は見ているならそこら辺に避けているように」
「あ、ああ」
ヘイダルも釈然としない顔ではあるものの、いそいそと端に寄った。
「お前は反射速度と動体視力は竜の力で十分だ。後は形と度胸だな」
いつも通りの様子に切り替えた誠の声。
そうしてバシバシ始まる実技と講義。
相手の竹刀が降ってくると怯んでしまうのが、雪路の悪癖だと指摘する誠の容赦ない切り込みに、時折悲鳴を上げつつ応戦する練習である。
「だから、なぜ、そこで目を閉じる!?」
「反射です!脊髄反射ぁー!」
誠の檄に叫び返せるようになったくらいには、これでも慣れた気がするのだが。それでも誠にとっては及第以下らしい。
「なぜ、そこで右に避ける!?」
「だって左から来たから!」
「左から右に振り抜いているんだぞ!?右に数センチ飛んだ程度で剣先が届かなくなるものか!下がるか、突っ込むか、上に行け!」
「うわっ!?」
ヒョイヒョイと、時折浮遊魔法で通常有り得ない方向にも避ける雪路に、けれど誠はアッサリ攻撃を通してしまう。寸前で止めてくれるので痛くはないが、毎度ヒヤヒヤと雪路は顔を引き攣らせた。
それを興味深そうに眺めていたヘイダルは、だんだん見ていて面白くなってウズウズしてきたらしい。
「今のは上に行くより俺ならしゃがむぞ!そして、そのまま足を落とす!」
とうとう愉快そうな声を挟んで来て、そうだな、と誠が頷く。
「そんな事言っても!咄嗟にそこまで判断出来ません!」
楽しそうな二人に、一人必死な雪路が声を上げるも、何の、と鼻で笑われる。
「咄嗟の判断が生死を分けるのが戦場だぞ」
「そうだ。うっかりしていると、ズドン、だ」
「二人は私をどこの戦場に送る気ですか!?」
「戦場ではないが、決闘に試練に、油断出来ん戦いは身近だろうが」
ヘイダルの言葉に、う、と雪路は口を噤んだ。その間も、容赦ない誠の攻撃を必死で受け流しているから、ちっとも気が休まらない。
「しかし、誠」
ヘイダルは興味深そうな顔のまま、誠に声を掛けた。
「教えるのも良いが、いっそ〝毒林檎の試練〟でも受けさせた方が良いのではないか、コイツは」
「試練を受けるかどうかに関しては、本人が判断することだと思っている」
二人の会話に、雪路は目を瞬く。
「〝毒林檎の試練〟を受けると、何か変わるんですか?」
「〝毒林檎の試練〟はね、合格報酬が〝技術〟なんだよ」
不意に聞こえたのは、聞き覚えの無い澄んだ声だった。
「え?」
「よそ見厳禁だ!」
「ふぎゃっ!?」
頬の僅か数ミリ横を鋭く突いた竹刀に、思わず声の方を振り向きかけていた雪路は悲鳴を上げる。
「うわぁ……」
耳元で聞こえた風切り音の重さたるや。竹刀とはいえ軽く命の危機を感じて心臓がバクバク音を立てた。凍り付いた雪路を、誠は溜息混じりに見下ろす。
「……今日は来客が多いな。仕方ない、休憩だ」
「は、はい……」
その宣言と同時に、おーい、と、今度は聞き覚えのある明るい声。
「誠、今のちょっとだけ本気だったよねぇ。少し優しくした方が良いと思うなぁ!」
「ニコロさん」
今度こそ振り向くと、採掘場の入口に客人の姿が二つ。一人はニコロで、そしてもう一人は、土曜の決闘の際に遠目で見たフロール。
「やぁ、僕とは、はじめましてかな?」
フロールは穏やかに歩み寄って来る。
「Оченьприятно.フロール・ニコラーエヴィチ・オルロフ。五男だ、よろしく」
「花都 雪路です。よろしくお願いします」
差し出された手を雪路が取ると、小首を傾げて微笑んだ。
「君の噂はかねがね。ニコロからも聞いてるよ」
優しい口調。王子様のよう、と思った第一印象の通り、育ちの良さそうな気品のある仕草。
(間近で見ると、やっぱり、すっごい王子様オーラ……)
プラチナブロンドがキラキラと輝いて、背景に花と白馬が見えてもおかしくない雰囲気。雪路はパチパチと目を瞬いて見入る。
「何かあったのか?」
挨拶が済んだのを見計らったように、誠が首を傾げた。
「いや、誠に用が、というか……」
ニコロは、雪路とヘイダルを見た。
「雪路、今日は誠の所へ行く日だったな、と思ってさ。ヘイダルが監視とか言って連れてっちゃったから、怖い目にあっていないかなって心配でさ」
「人聞きの悪いことを言うな」
ムッとヘイダルが顔を顰める。
「俺は公正に、治安維持の役割を持つ者として」
「治安維持だが何だか知らないけど、急に来て急に連れてくなんて、横暴だと思うなぁ、俺は」
「貴様こそ、ミスの尻拭いや屋台巡りのダシに使おうとしていただろうが。そっちの方が、立場に任せた横暴じゃないのか」
口上を遮るニコロと、それに反論するヘイダルと。
ぎゃぁぎゃぁと盛り上がり始めた二人をアワアワと交互に見ていると、フフ、と横でフロールが笑う。
「元気だね、二人とも」
「まったく無駄に騒々しい」
誠は溜息を吐き、それで、と横目にフロールを見る。
「お前はニコロに引っ張って来られたのか?」
「うん、そうだよ。ニコロから言わせれば、僕はもっと外に出るべきらしい」
クスクスと愉快げにフロールは笑った。
「まぁ、今回に関しては、僕自身、竜を退治した花嫁候補に興味があったのもあるけどね」
振り向かれて、雪路はパチリと目を瞬く。
「はい?」
「誠の指導に付いていけるのは流石だと思うよ。竜とはいかないまでも、誠って、ほら、鬼かな?ってくらいには怖いし」
「鬼とはなんだ、貴様。俺は金棒なんぞ持っておらんぞ」
ムスリと、誠は顔を顰めた。
「それに、これでも加減はしている」
「もちろん。それはわかるさ」
品の良い仕草で、フロールは頷く。
「良い先生だとも思ってるよ。試練の事とか、自主性も重んじてるみたいだしね」
その言葉に、雪路はハタと思い出して口を開いた。
「あの、そういえばさっき、〝毒林檎の試練〟の合格報酬が〝技術〟とか……?」
「ああ」
フロールは振り向き、コクンと頷いて見せる。
「〝毒林檎の試練〟の合格報酬は、技術。正確には技術を得る為の読み取りの魔法だ。あれを乗り越えるとね、あらゆる武器から、その武器の一般的な扱い方、操作方法を読み取る魔法が与えられる」
「うわ、便利ですね」
そんな報酬もあるのかと目を瞬いたところで、だが、と誠が視線を雪路に向けた。
「だが通常の花嫁候補は、技術を得てもそれを実際に実現できるだけの体力、腕力、反射神経などがない。物理的な体が、知識として与えられる技術に追い付かないわけだ」
箸より重い物など持ったことの無い令嬢が、剣術を知識として得たところで、剣を振り回す筋力が無ければ十分な結果は得られない。その体で実際に実行出来る最大限の結果までしか得られない為、元から運動能力が高い者には有益だが、低い者にはあまり恩恵がないのだ。〝毒林檎の試練〟の報酬は個人によって恩恵に幅があるとも言える。
「その点、お前は非常に相性が良い報酬かもしれんな」
誠はふむと顎に手を当てた。
「〝狩人の試練〟で身体的な能力が大幅に強化されているところに、〝毒林檎の試練〟の技術は、まぁ、考え得る限りでは最高の組み合わせではある」
「確かに、聞く限りはそんな感じですね」
雪路も納得して同意した。
「試練、受けてみる?」
軽い調子で小首を傾げるフロール。
「え」
慌てて、雪路は目を泳がせた。
「ええと……うーん……。まだ、もう少し、してから、かな」
「あれ?あんまり積極的には試練合格を目指さない感じかな」
フロールは少し意外そうにする。
「最初に最難関の〝狩人の試練〟を越えているし、全制覇目指してるのかな、と思ったのだけれど……」
「……全部、合格したいとは、思います」
雪路は苦笑いして視線をフロールに戻した。
「でも、だからこそ慎重にいこうと思ってるというか……。失敗は許されないし」
「なるほど」
フロールが頷いたところで、なになに、と口を挟んだのはニコロ。
「雪路、やっぱり魔女様の後継者目指してるの?」
ヘイダルとの口論も一段落着いたのか、いつの間にか話を聞いていたらしい。
「……目指して、ます」
帰る為には目指す他ないから、とは言えないので。ひとまず控えめに肯定すると、フロールはニコリと微笑んだ。
「じゃぁ、最後まで合格したら、誰かを夫に選ぶわけだね。お目当て、決めた?」
「え」
お目当て。つまりは、好きな人。そんな言葉でフンワリ浮かぶ顔を思って、思わず声が上擦る。
「わ、たしは、その……」
「誠と仲が良いって噂は聞いてるけど……?」
悪気の無さそうな、純粋に好奇心の篭った顔で、フロールは誠に視線を向けた。
「俺な訳が無いだろう」
誠は眉を片方上げてキッパリ言い切ってから、それでも万が一を考慮したのか、何とも言えない困ったような顔で雪路を振り向いた。
「……いや、禍根になっても困るので一応訊くか。雪路、まさか俺ではないな?」
「はい、誠さんじゃないです」
それだけは確信しているので雪路は即答した。
誠の事は好きだが、その好きは間違いなく色恋とかではなくて、親愛とか尊敬とか、あるいは友情の類である。
「うっわ、超即答した!」
「真正面から訊く誠も誠だけどね、凄い即答だ」
ケラケラと笑い出すニコロに、釣られたようにフロールもクスクス笑った。
「迷われても困るが、そこまでの即答は俺も予想外だぞ、貴様」
誠も安堵半分、苦笑い半分の顔で笑ったところ、それまで黙っていたヘイダルが、おい、と口を開いた。
「そこまでにしておけ。無理に言わせる事でもないだろう」
「え」
雪路が振り向くと、少し気まずげに視線を逸らす。
「……そろそろ休憩は終わりにしたらどうだ、と、そういうことだ」
少し早口で言って、そのまま黙り込む顔を、不思議そうにフロールとニコロが見詰めた。
「ヘイダル、急にどうかしたの?」
「どうもせん」
「なんだかアヤシイ」
「考え過ぎだ」
二人に挟まれてフンと顔を逸らす姿。
(もしかして、昨日の昼の事、覚えててくれたのかな?)
雪路は思い当たって目を丸くした。好きな人を言わせるのは酷い、と、苦し紛れに雪路が抗議したのを覚えていたのだろうか。それで、助け舟を出そうとしてくれたのだと気付いて、少し口角が上がる。
「……何を笑っている?」
気付いた誠が首を傾げるので、いいえ、と機嫌よく雪路は首を左右に振った。
「ヘイダルさん、紳士ですね」
「うむ?」
目を瞬いて怪訝な顔をして、しかし、誠も頷いて同意を返す。
「まぁ、言動と雰囲気は威圧的に見えるが、中身はかなり律儀で謙虚な奴だな」
威圧感で損をしている、と宣うので、あなたもですよ、と思いつつ。
「再開するか」
竹刀を持ち直す誠に頷き、いまだ何やらワイワイ話している五男六男七男の年下トリオを横目にして。
雪路は機嫌よく稽古に戻ることにした。




