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魔女と鉱石、帰還譚  作者: 空野
Chapitre.5
48/323

5-10

 決闘は、土曜の午後二時。

 一度は見ておいた方が良いとウェンディに言われて、雪路は気乗りしないものの会場に向かうことにした。

 街の北にある石造りの建物の中、〝鏡の間〟と呼ばれる広い部屋が決闘場だった。円形の部屋にはグルリと階段状の観客席が設けられていて、形としてはローマのコロセウムに似ている。けれど、客席は紅蓮や金の布で飾られており、高い天井からは鮮やかな色彩の飾り幕がいくつも下がっていて、あるいはパリのオペラ座のような劇場も彷彿とされる場所だった。

 特等席とも言える中段の一角が区間されており、どうやら魔女の子息達の指定席であるらしい。見る限り、今日はニコロとエリック、そして雪路には見覚えのない顔の青年が一人、座って談笑していた。

 「あれはフロール様ね」

 ウェンディは雪路にそう言った。

 「魔女様の五男。街の北、ルビーの鉱山を管理するお方よ」

 「あれが……」

 彼等の座る特等席の反対側、斜め向かい側あたりに腰を下ろした雪路は目を瞬く。

 遠目にも、フロールと呼ばれた青年が整った容貌をしているのは十分に伺えた。プラチナブロンドにピジョンブラッドの目をしていて、品の良いクラバットが良く似合う高貴な雰囲気の持ち主。絵本に出て来る王子様と言えばこんな感じだろうかと雪路は思う。

 横でキラキラと邪気のない好奇心に満ちた顔をしているニコロや、会場にチラホラ散らばる花嫁候補を見ては手を振るエリックと比較すると、何となく大人しそうな、おっとりとした印象もあった。

 「五男ってことになっているけれど、この世界にいる年月で言うなら、アントワーヌ様に次いで二番目に長い方なの」

 ウェンディが横でそう言った。

 「物静かな方だから、あまり決闘場とかにいらっしゃることはないんだけれど。ニコロ様に引っ張られて来たのかしら、あの様子だと」

 「へえ」

 改めて視線を向ければ、ひっきりなしにニコロが何か喋っていて、フロールはニコニコしたまま聞き役に徹している。確かに、ニコロに付き合ってそこに座っているという様子ではあった。

 「後は審判役のメルヴィン様がいらっしゃれば始まるんだけれど……ああ、噂をすれば」

 ウェンディは下方、鏡の間の中央を見下ろし、雪路の肩をつつく。

 「いらっしゃったわ」

 「あ、本当だ」

 ブワリと唐突に、大量の本のページのような物が何もない空間に現れて渦を巻いたかと思うと、次の刹那にやはり唐突に消えて。するとページが覆っていた空間に、メルヴィンが立っていた。

 「静粛に」

 ピシャリと、メルヴィンが言った言葉は、ぐわん、と魔法で拡大されて隅々まで響いた。

 「時刻は予定通りです。従って、これより魔女の四男、メルヴィン・スチュアートの管理下において〝鏡の決闘〟を執り行います」

 シンと静まり返った場内。何となく、雪路は寄りかかっていた椅子の背凭れから体を離した。

 「決闘者は入場せよ」

 仰々しい開会式などは無いらしい。ごく簡素な宣言の後、メルヴィンは自分の左右を交互に見てそう言った。

 決闘の場たる鏡の間は三階建の石造建築の一室であり、階段状に一階の高さから三階床相当の高さまで設置された観客席には、二階の通路から入る事が可能である。しかし最下層、つまりまさに決闘を行う大理石のフィールドの上には、南北面にそれぞれ一階の廊下から入る両開の扉があった。

 メルヴィンの呼び掛けと同時に、南側の扉が開いてイザベラが現れた。長い栗色の巻き髪を高い位置で一つに纏め、羽飾りの付いた帽子を被っている。詰襟の白いシャツに、華やかな編み上げのビスチェ風ベスト、そしてピタリとした黒いズボンに、細身の乗馬ブーツ姿で、腰には煌びやかな透かし細工の護拳が付いたレイピアを一本下げていた。

 颯爽と入場して、肩に掛かった自分の髪を払い除けるイザベラに向け、いつの間にか南の方に固まっていた花嫁候補達が次々に声援を送る。

 それに遅れて、北の扉が開いた。ゆっくりと入って来るカレンは、明らかに緊張して顔を強ばらせている。

 三つ編みにして垂らした焦茶の髪、青い瞳は辛うじて真っ直ぐイザベラの方を見ているものの、顔は蒼白。ベージュのシャツにモスグリーンのベストとボトムで、ショート丈のブーツを履いた足は、少し震えているようにも見えた。

 腰に下げているのは片手剣らしい。イザベラのレイピアよりも刀身が幅広で重量がある。

 今度は花嫁候補達から一斉にブーイングが飛んで、びくり、と既に怯えが現れていたカレンの肩はいよいよ飛び跳ねる。

 「ルールを確認します」

 両者が向かい合うと、メルヴィンは淡々と口を開いて言った。

 「この決闘における勝利条件は、次の二つ。まず一つ、相手が敗北を認め、降参を宣言した時。二つ、相手を意識不明、重症、または私が戦闘続行不可と判断する状況に追い詰めた場合」

 その言葉に、雪路はパッとウェンディを振り向いた。

 「重症って」

 「大丈夫よ、ほら、見て」

 青くなった雪路に、ウェンディはフィールドを指さした。

 「床がほんのり光っているでしょう?鏡の間の決闘場には魔法が掛かっているの。ここで負った怪我は、どんな致命傷であろうと、即死でさえなければ勝敗の判定が下った時点で〝なかったこと〟になるのよ」

 その言葉に、雪路は少しだけホッと息を吐いた。

 (良かった……。いや、良くはないけど……)

 楽しげにすら見えるイザベラと、カレンを指差してクスクス笑う花嫁候補達の姿には、何とも言えないモヤモヤとしたものが浮かんでくる。

 「カレン大丈夫かな……」

 「……イザベラに目を付けられた時点で、かわいそうだけど、こうなる他なかったのよ」

 雪路から決闘の経緯を聞いているウェンディは、いたましげに、けれど仕方なさそうに言い切った。

 「カレンだってわかってたはずよ。それでも、選択肢を選び違えてしまった。……庇えないからって雪路が気に病む事は無いわ」

 ウェンディはそう言うけれど、うん、と小さく頷いた雪路の中では、やはりいつもの罪悪感と情けなさが渦巻いている。

 「がんばれ……」

 自分やウェンディ以外には聞こえないくらいの音量でしか応援出来ない臆病さに、無意識に肩は縮こまった。

 その間、観客席に攻撃してはならない等の基本的なルールを確認し終えたメルヴィンは、いよいよ、数歩下がってフィールドの端に移動していた。

 「では、私の合図と同時に決闘を開始する」

 片手を上げたメルヴィンの声に、観客席から歓声が上がり、ふん、とイザベラが口角を釣り上げる。

 始まってしまう、と、雪路が拳を握り、ぎくりと、カレンが身をますます強ばらせて。


 「……初めなさい!」


 メルヴィンが片手を振り下ろした瞬間、火の手が上がった。

 足元から上がった火柱に驚いて、思わず悲鳴を上げたカレンが後退すると同時に、イザベラのレイピアがその頬を掠める。

 「今の火はイザベラの魔法?」

 ハッと雪路が身を乗り出すと、ええ、とウェンディは頷いた。

 「〝櫛の試練〟を合格すると、五つの属性魔法の中から、一つの属性の魔法を操れるようになるの」

 その答えの間に、頬を掠めたレイピアの刺突によって更に動転したカレンは尻餅をついていた。そして次の瞬間、その頭上と眼前に水の塊が現れ、バシャリ、と大量の水がカレンの全身に降り掛かる。

 ゲラゲラと盛大に花嫁候補達達が笑い声を上げ、上からのみならず目の前から冷水を掛けられたカレンは、ゴホゴホと咳き込んだ。

 「イザベラは今までにたくさんの相手を倒して魔法を奪っているから、五属性、全ての魔法が使えるわ」

 ウェンディの説明を聞きながら、雪路はハラハラと青い顔のまま眼下の決闘を注視。

 座り込んだまま咳き込んで顔に手を当て、背を丸めているカレンの顎を、イザベラの足が容赦なく蹴りあげた。

 手のひら一枚挟んでいるとはいえ、顎を蹴られたカレンの口からはもう一度悲鳴が上がって、座り込んでいた体勢から、今度はそのまま仰向けに倒れ込む。ガンッと、大理石の床に後頭部を打つ音が響き、ヒッと、雪路は思わず客席前の手摺を握り締める。

 「とっとと立てば?いつまで寝っ転がってるつもり?」

 攻撃の手を止めたイザベラが、そう口を開いた。

 「せめて立って、剣を抜くまでは待ってあげるわ」

 よろよろと上半身を起こしたカレンに、イザベラは視線を向ける。

 「だって、そんな足開いて仰向けに引っ繰り返って。潰れた蛙みたいな格好、下品だもの。女としてみっともないし、恥ずかしい。そんな格好で負けられたら、私まで無様じゃない」

 途端に再び花嫁候補達が笑い出し、カレンの蒼白だった顔は羞恥で一気に赤くなった。

 「……相変わらず酷いわね」

 ウェンディが横で眉を潜める。

 「……止めないの……?」

 他力本願で身勝手なのは承知で、雪路が思わず縋るように見たメルヴィンやニコロ達は、いくらか困惑した体ではあるものの仕方なさそうに黙っている。

 「止めないわ、きっと。メルヴィン様は良くも悪くも規則に厳格だもの。一度決闘申請を受理した以上、ルール違反が無い限り、あの方は止めない」

 そして、決闘についての権限はメルヴィンが担当している以上、他の兄弟達は決して口を挟まないのが普通らしい。

 「……でも……」

 手摺をギリギリ握り締めて見下ろす雪路の前で、立ち上がったカレンが剣を抜く。

 瞬間、再びその足元から火柱が上がった。直接的な攻撃の為というより驚かせる為の火柱を、二度目となれば予想はしていたのか、カレンは持ち堪えた。しかし直後、背後から吹いた突風に煽られ、前によろめいてしまう。

 バシリと、イザベラのレイピアが前に崩れた体勢のカレンの肩を打ち据える。わざと刃ではなく平らな刀身の腹で打って打撃とした一撃に、カレンの細い悲鳴が上がり、その手は剣を取り落とした。

 刹那に続けてもう一撃と、肩から離れて振り上げられるイザベラのレイピア。そこに間一髪、打たれた肩と反対側のカレンの腕が上がる。

 バチリ、と紫電が走ってレイピアが弾かれ、イザベラはたたらを踏んで半歩後退。

 カレンは雷の魔法が使えたのかと、雪路がホッとした刹那、今度はカレンの足元から水柱が勢い良く吹き上げ、ウェンディが小さく悲鳴を上げた。

 「ああ、せっかくやり返したのに!」

 驚かせる為ではなくいよいよ攻撃の為に上がった水柱は、勢い良く前によろめいて姿勢の崩れていたカレンの肺の辺りをモロに打つ。

 悲鳴も漏れず、ゲホッと咳き込んだカレンの頭を、距離を詰め直したイザベラの手が掴んだ。

 「調子に乗ってんじゃないわよ、この馬鹿女!」

 髪を力任せに引っ張って引き寄せ、同時に、もう片手で振りあげたレイピアの鋼鉄の柄で思い切り頭を数度殴打。イザベラの手が髪から離れると同時に、たまらずフラフラと再び座り込んだカレンに、だめだ、と思わず雪路は声にならない悲鳴を上げる。

 「座っちゃダメ!」

 掠れた雪路の声など当然届くはずもなく、あるいは届いても時既に遅く。

 ニッとイザベラの口角が上がり、その指先がピシリとカレンに向けられて。

 「馬鹿は口で言ってもわからないものね」

 バチリ、と音がした。同時にカレンが悲鳴を上げて左肩を抑える。

 「動物以下よね、痛い思いしないと反省出来ないなんて」

 ふん、と鼻を鳴らすイザベラの前、バチン、バチンと雷光が上がり、その度に、カレンが悲鳴を上げて肩や足を跳ねさせた。

 「丁度いいじゃない、それ。死にかけた虫がバタついてるみたい」

 イザベラが指を鳴らすたび、バチバチと極小規模な雷の魔法が体のあちこちで爆発して、起き上がれないままのカレンの手足が跳ね上がる。

 「いっ……!やめて!いたいっ……!ねぇ、お願い、やめて……!」

 たまらず悲鳴を上げて懇願したカレンに、ケラケラと花嫁候補達は笑いながらブーイングを飛ばし、イザベラは肩を竦めて笑った。

 「じゃぁ降参したらいいじゃない?私が悪かったです、申し訳ありませんでした、って、認めなさいよ」

 痛い、痛いと悲鳴を上げて、肩や脇腹、内腿を痙攣させるカレンに、小馬鹿にしたような声でイザベラが宣告する。合わせて、花嫁候補達も笑いながら謝れと口々に煽って、悲鳴を上げるカレンの顔は羞恥の赤と苦痛の蒼白が入り乱れた。

 「虫っていうか、岸に上げられた魚かしら?ビチビチ跳ねてる死にかけの魚。無様そのもの」

 笑うイザベラの言葉に、雪路の視界の端でウェンディが首を左右に振りながら椅子の背凭れに寄りかかった。

 「……これは酷いわ……。決闘じゃない、ただの、見世物よ」

 呟いたウェンディは、ごめんね、と雪路に謝った。

 「連れて来るべきじゃなかった。貴方もいつか決闘する事があるかもしれないと思ったんだけれど……。それにしたって、これを見る必要はなかった……」

 顔を覆うウェンディに、雪路は声も無く首を左右に振る。

 「……ううん……」

 掠れた声で答えた雪路の視線の先、とうとう、カレンが降参します、と、細い声で言った。

 「ごめんなさい、降参します、ごめんなさい……!」

 「許して下さいじゃなくて?」

 イザベラは手を止めずにそう笑ったけれど、そこで、メルヴィンが片手を挙げた。


 「勝負あり」


 無表情に、メルヴィンはイザベラに視線を向ける。

 「降参を受理します。貴方の勝利は確定しました。攻撃を停止しなさい」

 「ええ、もちろんですわ」

 やや詰まらなそうな顔はしたものの、すぐに、イザベラは澄ました顔を作るとそう言って魔法を停止した。

 「勝者は〝鏡の間〟にて自身の真実の価値を示しました。勝利の報酬として、開始前に確認した要求通り対戦相手の魔法の力が与えられます」

 メルヴィンが淡々と話すと同時に、イザベラの周りをフワリと光が取り巻く。

 「貴方は既に雷の魔法を持っているので、その力がより強力となることを報酬とします。宜しいですね?」

 「ええ」

 イザベラは肯いて、ニコリと微笑む。

 「御足労と審判、感謝致しますわ、メルヴィン様」

 「いえ」

 メルヴィンは最後まで表情を変えることなく、そして、座り込んだまま動かないカレンを見ることもなく、決闘の終了を宣言した。

 「これにて本日の戦いを終了とします」

 間もなく花嫁候補達達の華やかな声がイザベラに賞賛を送り、鉱夫や工女達はガヤガヤと話ながら席を立つ。

 呆気ない解散だと、雪路は呆然と思った。

 花嫁候補達だけではなく、鉱夫や工女達もカレンには目を向けなかった。気の毒そうにはしていても、所詮、鉱夫や工女にとってカレンは仲間ではない。普段自分達を見下す特権階級の少女が一人、仲間内で制裁対象となろうとも、それは彼等にとっては介入する必要も、義理もないこと。

 そう認識して、雪路は奥歯を噛み締めた。

 (……わたしだけだったんだ)

 カレンの味方になる可能性があったのは、雪路だけだったと、気付いてしまった。

 (……私だけだったんだ、味方になれたのは)

 他の花嫁候補は皆、イザベラの側についていた。鉱夫や工女はカレンを仲間とは思っていない。そして魔女の子息達は、花嫁候補同士の争いには介入する気がない。

 カレンの側に付けたかもしれなかったのは、同じ花嫁候補の雪路だけだ。

 それなのに、雪路は最後まで、イザベラ側になりきることも出来ないまま、そのくせ、声援一つ送ってあげる事もせずに、ここで震えていただけだった。

 「雪路」

 ウェンディが肩に手を置く。

 「……帰りましょう」

 「……でも」

 座り込んで、嗚咽を漏らしているカレンに視線を向ける。

 「……でも」

 「だめよ。イザベラが、まだいる」

 ウェンディは苦い声でそう言って、やや強く雪路の肩を引いた。

 「あの子は執念深いわ。これで終わりじゃない。今、カレンに優しくしようなんてしたら、貴方も標的になる」

 ビクリと、背中が引き攣ったのを自覚した。

 「雪路、貴方は悪くない。地球に帰りたいんでしょう?それなら、イザベラを敵に回しちゃダメ」

 それが正しいのよ、と。言ってくれるウェンディの優しさに、雪路は俯く。この後に及んでもまだ、どっちつかずの自分があまりにも情けなかった。どっちつかずのまま、ウェンディが言うなら仕方ないと、人の言葉を免罪符に視線を逸らしてしまう自分に、胃の底がフツフツと煮えるように痛む。

 目を逸らすならせめて、それだけの決断を自分の意思ですると、カレンを見捨てるのは自分だと、言い切れなければだめなのに。

 「……雪路」

 「うん……」


 結局、最後の最後までウェンディに手を引かれて、雪路はカレンに背を向けた。


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