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翌日以降、雪路は仕事の帰りに真っ直ぐ銭湯に行くことに決めた。
イザベラをとめることは出来ないくせに、素知らぬ顔をして、カレンが泣いている横で屋敷の風呂や食堂に入る度胸もない。イザベラや取り巻き達に、貴女もやったら?と、カレンの食事を床に叩き落としながら誘われて、笑顔を張り付けて従うしかない花嫁候補を見てしまえば、無意識に、必死に、そんな場面に居合わせない方法を考えていた。そうやって、悪い事はしたくないくせに、真っ向からやめろとは言えない、中途半端な自分を誤魔化して、逃げているだけだと、心の奥底では思っているけれど。
まして、仕事終わりにそそくさとやってくる雪路を、銭湯を利用している鉱夫や工女達は明るく迎えてくれたから。
ウェンディ経由での知り合いも多い工女達と、他愛ない話をする一時は、屋敷で他の花嫁候補とすれ違う一瞬より遥かに気楽で楽しくて、頭の隅に居座っている自嘲や罪悪感を忘れることが出来てしまうのだ。
「……それじゃダメだとは思うんだけどなぁ」
金曜日の夕方、銭湯に向かう準備の入ったバッグを肩に引っ掛けながら、雪路はポツリと呟いた。
(本当に、今のままじゃカッコ悪過ぎるのはわかってるんだけど……)
あるいは、こうやってこのままじゃダメだと思ってみることさえ、少なくとも罪悪感はあるんです、と誰にともなくしている言い訳や偽善なのだと、雪路の中の冷静な部分は知っているのに。
「……つくづく、かっこわるい……」
「え、俺のこと?」
「はい!?」
思わず声がひっくり返る。ハッと我に返ると、すでに一人きりだと思っていた中央事務室の中、今まさに、ニコロが入って来たところだったらしい。
「え、俺かっこ悪い?」
ドアを開けた体勢のまま、ニコロは慌てたように自分の服を見下ろした。
「あ、いえ、独り言ですよ。ニコロさんはとってもカッコイイです」
焦った雪路は、思わず首をブンブン振り、強く言い切る。
「花嫁候補達の談話室でも、よく話題になってますよ」
満面の笑みでお菓子にパクついていて可愛かったとか、誠に叱られてムウと眉を八の字にしているのが可愛かったとか。実際には、カッコイイというより、可愛い、という話題が殆どではあるけれど。
余計な情報はカットして答えた雪路の言葉に、それならよかった、とニコロはホッとしたように笑った。
「すみません、びっくりさせちゃって」
雪路が謝ると、いや、と首を振る。
「むしろ、そんなにハッキリとカッコイイって言って貰えて、今ちょっと嬉しくなってる」
屈託無く笑う顔に、自分がかなり強く言い切った事を自覚して、雪路はちょっと気まずく視線を泳がせた。
(まぁ、本当にカッコイイ人ではあるんだけどね)
だからこそ洒落にならないというか、改めて力説して褒めるという行為をしてしまったことが、何となく気恥しい。
「これから帰り?」
照れている間に、ニコロは首を傾げてそう聞いてきた。
「はい。銭湯に寄って行こうかな、と思っていますけど」
気を取り直して視線を戻しそう答えると、ニコロはパチパチ目を瞬いた。
「銭湯?屋敷に風呂があるのに?」
「あー……えっと、大きいお風呂が好きで……」
この鉱山の街の銭湯の主は、日本から来た工女だった。従って、煙突が付いて暖簾が掛かった外観通り、中も日本式の大きな浴槽が備えられた典型的銭湯である。
「へぇ。まぁ日本人は風呂好きだって言うよね」
ニコロは素直に納得したらしい。自分の席に戻って、ゴソゴソと帰り支度を始めつつ、鼻歌混じりに頷いた。
本当は、止める度胸のないイジメの現場を見たくなくて逃げ込んでいるだけだとは言えなくて、雪路も曖昧に笑う。
「ニコロさんもお帰りですか?」
「うん」
机の片付けを終えて、ニコロは振り向いた。
そして、そうだ、と思い付いたように小首を傾げて雪路に問う。
「ねぇ、銭湯って男湯もあるだろ?俺も一緒に行っていい?」
「え」
何を言い出すのだと目を丸くする雪路に、邪気のない顔で、魔女の末っ子はとんでもない思い付きに声を弾ませる。
「そういえば行ったことないからさ。雪路が行くなら良い機会かな、ってさ」
キラキラと好奇心で輝くエメラルドの瞳。
(あ、これは拒否権ないやつだ)
雪路は悟って、早々に観念した。




