3-11
あの人に大福を渡せるのは貴方くらいよ、と。ウェンディに盛大に呆れ半分、感心半分の顔をされてから。
土曜の夜の名物だという、繁華街にズラリと並んだ夜店で夕食を採り、帰宅した。
(シャワー浴びて、部屋でのんびりしようかなぁ)
ホールを横切り、階段に足を乗せたところ、上から下りてきたのは、イザベラ。
「あら、おかえり雪路」
「あ、ただいま」
見上げるように立ち止まって答えると、背後に数人の腰巾着を引き連れたイザベラは、チラリと、雪路の服装に目を走らせる。
「今日は普通の格好してるのね」
「あ、うん……」
わざわざ言う事かな、と思いつつ、口に出すと厄介なので、邪気のない顔のまま頷いておく。
「夕飯は食べたの?」
「うん。イザベラは?」
どこで誰と食べたか、正直に話しても馬鹿にされるだろうし、一人で食べた事にしても馬鹿にされそうだったので、先手を打って話題を相手の事にすり替えた。
「私は皆と食堂で食べたわ。今日は半日休みだったから、女中に食材を買いに行かせて、ちょっと作ってみたのよ」
「ええ!いいな、何作ったの?」
「ビーフシチューと、それからデザートにプリンと……」
楽しそうに話すイザベラに、うんうんと周りの腰巾着が頷いて、何が上手くいっただの、何が上手くいかなかっただの相槌を打つ。
(……それで、街で花嫁候補チラホラ見掛けたのかぁ)
イザベラに〝誘ってもらえなかった〟花嫁候補達は、厨房が彼女達に占拠されていた為、急遽外に食事に出たのだろう。女中が用意してくれるはずの食事がなくなったから、普段は見下している工女や鉱夫達が経営する店に、居心地悪そうにおっかなびっくり連れ立って入る姿を何組か目撃した。
顔には羨ましそうな笑顔を貼り付けたまま、内心で苦笑いして納得していると、そうだ、とイザベラは微笑んだ。
「今度は雪路もどう?貴方、日本人でしょ?〝スシ〟とか作れないの?」
「寿司?うーん、河童巻きとか、干瓢巻きとか……材料さえあれば、チラシ寿司くらいなら……」
それでも良いなら誘って、とここは嬉しそうに言っておくと、ええ、と満足げにイザベラは頷いた。
「じゃぁ、次は声を掛けるわ」
「ありがとうー!楽しみにしてるー!」
果たして本当に声を掛けてくれるかは謎だけれど、実際声を掛けられなくても困りはしないので、深く考えずに雪路は喜んで見せた。
「じゃぁ、私、部屋から着替えを取ってきて、シャワー浴びて来るから……」
頃合を図ってそう言うと、どうぞ、とイザベラは顎で階段の上を示した。
「ごゆっくり」
「ありがとう」
そうして、階段を登る雪路と、降りるイザベラですれ違う。
「ねぇ雪路」
すれ違いざま、イザベラはどこか自慢げに言った。
「帽子、アントワーヌ様に届けてあげたわよ。……ま、貴方のことも、落とした事も、忘れていらっしゃったみたいだけど」
「あはは、やっぱり?ありがとう」
「無礼を忘れて頂けて良かったわね」
カツン、カツンと下りて行くイザベラとその腰巾着。
すぐに楽しげに別の話を始める彼女達を振り向かないまま、雪路は階段を登り切った。
(……最後のは流石にちょーっと感じ悪ーい)
顔に出さないようにしながら、ちょっとだけ内心で悪態を吐く。
「大福渡す方が難しいって、ウェンディは言ってたもんね」
そう呟くと、微かに燃え上がり掛けた対抗心みたいなものは、何だか可笑しくなって消えていった。
(……まぁ、張り合っても仕方ないか)
気を取り直して自分の部屋に向かう途中。
「あれ?」
階段の左側奥にある自分の部屋と反対側。右の通路で、散らばった荷物を掻き集める花嫁候補が、チラリと見えた。
「あの、手伝おうか?」
声をかけるも、雪路に気付いた彼女はハッとしたように唇を噛むと、フンと視線を逸らしてしまって。
拾い集めた荷物を抱え、すぐに自室に引っ込んでしまう。
「……恥ずかしかったのかな?」
随分と派手にバッグの中身をばら蒔いていた。失態を見られて照れたのだろうかと、雪路は首を傾げた。
「……謝る?いや、恥ずかしかったなら、スルーしたげるべきか……?」
ちょっと迷いつつ、結局、その時の雪路は、深く考えずに自室に戻ったのだった。




