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魔女と鉱石、帰還譚  作者: 空野
Chapitre.3
26/323

3-6

 屋敷に戻ると、丁度、ゾロゾロと他の花嫁候補達が談話室から出て来るところだった。イザベラを先頭に、それぞれの部屋に戻るところらしい。

 「あら、雪路」

 イザベラは雪路を振り向いて首を傾げる。

 「随分遅かったわね」

 「あ、ええと、仕事で遅くなって……。お風呂の鉱石、鍵が掛かってたから、銭湯に行ってて……」

 まさかイザベラが御執心の相手の家にいたとも言えず、咄嗟にそう言った。

 「え?鍵なら私が持ってるのに、なんで言わないの?」

 ほんの少し、イザベラは気に入らなそうに声を低くする。

 「え、鍵って、イザベラが持ってたの!?」

 ここで貴方の機嫌を取るのが面倒だったから、なんて顔に出したら、それこそ面倒な事になるので、知らなかったとばかり雪路は首を傾げて残念そうな顔をする。

 「えええ、知ってたらイザベラにお願いしたのにぃ……!」

 「あら、知らなかったの?なんだ、ふふ、それなら次からは頼って頂戴」

 当たり障りなく、それでイザベラは納得したらしい。おやすみと通り過ぎ掛けて、雪路も問題なく終わったとホッとしかけるが。

 「……え?」

 ピタリ、と、イザベラは歩を止めて、振り向いた。

 「雪路、それ、何!?」

 ガバリと、突如掴み掛からん勢いで戻って来て、引ったくったのは、黒い帽子。

 (あ、しまった)

 さぁ、と、雪路は血の気が引いた気がした。

 イザベラに引ったくられたのは、アントワーヌの帽子だった。コート掛けから外して本人に差し出すつもりが、その瞬間に誠が来てしまった為、どさくさで掴んだまま来てしまった物。

 道の途中で気付いたのだけれど、戻っても誠がいるだろうし、明日返せば良いかとそのまま持って来ていたのだった。

 「雪路、これ、アントワーヌ様のじゃないの!?」

 見る間に表情を険しくしたイザベラが甲高く叫び、何だ何だと他の花嫁候補も視線を向けて来る。

 「どうして、アンタなんかが持ってるの!?説明しなさいよ!」

 どん、と、肩を押され、おっとと一歩足を引く。

 「あ、うん、ええとね」

 ここで焦ってはだめだ、と、慌てて脳をフル回転。

 「銭湯の帰り道で、バッタリして……」

 「それで何で帽子を頂けるの!?」

 「いや、頂いたわけじゃなく……」

 突き刺さる視線はイザベラのものだけではない。アチコチから嫉妬交じりの敵意が篭った視線を感じ、さすがに嫌な汗が出た。

 (アントワーヌさん、やっぱり人気者だなぁ……)

 タジタジとしつつ、雪路はイザベラに向かってぎこちなく笑う。

 「あの、こんな遅くに出歩くなって、怒られてしまって……。その時に、警官さんが来て、アントワーヌさんに」

 「様を付けなさいよ!アンタなんかが、気安くあの人を呼ばないで!」

 「ご、ゴメンナサイ。……ええと、アントワーヌ様が、警官とお話されてる時に風が吹きまして」

 そこでそんなに食って掛かってくるのか、と、驚きつつ、素直に言い直して嘘八百を続ける雪路。

 「ヒラ、と、飛んで落ちた帽子を拾い上げたら……何か急ぎの事態があったみたいで、もういなかったの」

 ちょっと苦しいか、いや、信じてくれ、と雪路はさも本当なんですとばかり、殊勝な顔でイザベラを見詰める。

 「急ぎの何かがあったんでしょうね。帽子にも構わないくらい。その時にはもう私なんて眼中になかっただろうし」

 「当然よ。アンタなんかが、あの人の視線に止まるわけないじゃない。あの人は忙しいの」

 ふん、と、不機嫌に吐き捨てるものの、実際に忙しい人だからか、雪路の作り話自体は概ね認めたらしかった。

 「それで生意気にも持って帰って来るなんて、不遜にもほどがあるわよ」

 「ええとだって、ほら、イザベラならアントワーヌ様にお渡し出来るかと思って……?」

 もうこれしかないな、と、雪路は仕方なく、出来れば切りたく無かったカードを切った。

 「ほら、イザベラはあの方の補佐で、お気に入りだって聞いたから。私、来たばかりで、あの方の居場所とかも検討がつかないし……。明日、それ、イザベラから届けてくれないかな、って」

 本当なら責任を持って自分で返すのが筋だろうが、彼なら察して許してくれるだろうと、心中で祈る。

 「……ええと、だめだった?」

 「……良いわよ」

 少しの間を置いて、イザベラは頷いた。

 「……そういうことなら、仕方ないわ。今回は特別よ。私が届けてあげる」

 新参者で状況が分かっていない風を装い、ついでに中々盛大に持ち上げたのが功を奏したようだ。

 不機嫌そうではあるものの、今にも噛み付かんばかりだった視線は、だいぶ和らいだ。

 「次からは気を付けるのよ。貴方なんかがあの方に近付くのは、無礼な事なんだから」

 「うん。本当に、私、緊張しちゃって……」

 神妙に頷くと、イザベラは溜息を吐いてようやく雪路から視線を外す。

 「貴方が悪い子じゃないのは知ってるわ。まだここの常識が無いだけよね。怒鳴ってごめんね」

 こちらを見もせずに思い出したようにそれらしく言うので、ううん、と軽く首を左右に振った。

 「ううん。色々教えてくれてありがとうね」

 ようやく丸く収まるよ、と雪路は内心で呻いて顔で笑った。周囲の視線からも敵意は消えて、やらかした新人がボスに許された、という空気が漂っている。

 「さ、今日はもう寝ましょ」

 裁判閉廷の声をイザベラが上げたことで、ようやくと、雪路は今度こそ自室に向けて歩き出せたのだった。



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