飛び立ったのは 6
もう日が暮れて、辺りが暗くなり始めた頃。
村にある宿の一室に、フィートとシュヴァインも含めた空軍全員が集まっていた。
だが、そこには使い魔たちの姿は無く、もちろんセリカの姿もない。村人もその輪の中には誰一人として入っておらず、閉めきられたドアからは話し声程度の音は聞き取れないだろう。
「……こんなもんか」
ロッシェが坑道の地図を見つめながらそう言った。
みんなが囲む大きなテーブルには坑道の地図が広げられていた。
中型使い魔たちが空から状況を把握して、落盤した場所の崩落の度合いや、また村人と話し合って作業をしていたであろうと推測される場所に赤い印が付いている。
他にも、付箋のように小さな紙で地図に多くの情報が貼られていた。
「で、ここいらでフィート・ニコレ副隊長の意見を聞きたいんだが?」
ロッシェが目線を地図からフィートへと代える。自然と、周りの目線も上がり、フィートへと移った。
「……僕の見解を言うと、落盤の原因は設備や構造の老朽化だけじゃないと思う」
フィートはいつもと同じ口調で、気だるそうに地図を見つめながら説明する。
「……ここの老朽化は前々から騒がれてはいたけれど、それでもこんな早くに老朽化が原因で落盤する可能性は低い。ガス爆発などのなんらかの被害があった可能性の方が高いと思うんだけど……。ちょっと不可解な感じがする」
「不可解?」
「……まぁ、壊れ方にちょっと不可解な点があるだけ。対して気にする必要性は無い」
「そうか……。生存者の可能性は?」
短い問いだが、一番重要な問題。それにも、いつもと同じ口調で返すフィート。
「……まぁ、あるだろうけど、それも時間の問題。人間は、水と食料が無い場合、72時間を過ぎると助かる可能性が急激に下がる。あと持って2日かそこらかな」
72時間。
2日かそこら。
具体的で、かつかなり少ない数値に部屋に緊張が走った。
「……それに空気の循環が不十分な場合、一酸化炭素中毒になりやすい。せめて空気の循環が整っていればいいんだけど」
「いっさん……、なんすか、それ」
ギルバートが苦虫を噛み潰したかのような顔で言った。他の人たちも首を傾げる者がほとんどだ。
フィートは『これだから脳筋は……』とでも言いたげにわざとらしくため息を付き、説明を開始する。
「……僕たちが呼吸しているとき、酸素を吸って生きているが、それは血液中に含まれるヘモグロビンが体の細胞に酸素を行き渡らせているからだ。そのヘモグロビンと一酸化炭素は酸素よりも結合しやすく、酸素分圧とオキシ・ヘモグロビン濃度との関係を変調させる。その結果……「ぁ、も、いいっす」」
結果、30秒もしないうちに白旗が上がった。だが、ここでギルバートが白旗を上げていなかったら、周りもあと3秒もしないうちに音を上げていただろう。
まだ言い足りなさそうなフィートだが、その前にロッシェが口を開く。
「じゃあ、まずは一番救助がしやすいと思われる場所から捜索するか」
「……先に難しい方を優先的にやった方がよくないっすか?間に合わなくなるかも」
またも口を挟んだのはギルバートであった。だが、今回は彼一人では無かった。
「私も、先に救助が難しい方からやった方がいいと感じる。後々助けが遅れたという事になったらどうする」
この部屋の中で一番の発言力と権限を持つ、シュヴァイン・トア・レヴァネーア。
彼もまた、ロッシェの言葉に突っかかる。
だが、ロッシェの態度は崩れない。
「では逆に聞こう王子様。空軍であるこのメンバーが、どうやって地下深くに生き埋めになっている人々を救い出せると考えているのですか?」
「やって「『やってみなければ分からない』、そんな甘い事を次期国王の貴方が言う筈がないですよね?」
ロッシェの厳しい言葉に、沈黙がその場を支配する。
「俺たちが生き埋めになっている全員を救える可能性が充分にあるならまだしも、ご自分の希望と浅はかな配慮で物事を考えると、救える者も救えない」
「……だが、この村の者は全員が生きて帰って来て欲しいと、我々に希望を持っている」
「希望を持っていようといまいと、我々空軍に救える者は限られる。今回の救助は陸軍が主役です。我々は空からの状況把握と物資運搬など、手伝い程度しか出来ない。救助が難しい場所はそこに適した陸軍の部隊がやる。
ようは適材適所って事です。安心してください、救助しづらい人々を『見捨てる』訳じゃあありません」
「……だが、…………。……いや、そうだな。すまない、話を続けてくれ」
「ギルバートは何か言うか?」
「……いえ」
王子であるシュヴァインが首を縦に振った後にロッシェを論破する自信は流石に無いようで、ギルバートは小さく返事をした。
「まぁとりあえず、事態は火急を要するって事だ。今日のうちに俺のエレカルテを王宮に飛ばし、第二と第三騎士団の陸軍に来てもらうとしよう。そうすれば明日には救出作業を始められるだろ。
お前らは先に救助が比較的簡単そうな西と西南の落盤場所をこれから20分後に捜索する。
各自魔法石を持ち充分に明るくして作業しろ。あと、そうだな……、ギルバート、ゼノファー」
「はい」
「なんすか」
「お前たちには一部の村人を近隣の町まで運んで貰う」
一枚の羊皮紙が机の上に出される。そこには黒インクで何名かの名前が書き記されていた。
「妊婦や現在簡単には身動きが取れない老人、体調不慮を訴える子供の数名を、ここよりも安全で環境が整った隣町に避難させる。そうすれば、第二騎士団が運営する病院で適切な看護を受けられるだろう。
セリカに全員持たせて、ギルバートは不備や事故がないように援助。これも忙しいが今日中にやるぞ」
「あの、朝では駄目ですか?流石に妊婦を長時間夜風に晒して身体を冷やすのは良くないと思いますが」
確かに、妊婦の身体を冷やすのはあまり良い選択ではない。
おずおずと出たゼノファーの意見に、『まぁそうなんだがな』とロッシェが言葉を続ける。
「直に産まれる予定だって妊婦が一人いて、きちんとした助産師がいないまま産気付くのは嫌だからすぐに連れていって欲しいと妊婦からのご要望だ。
それと、腹部の傷みを訴える子供が6人いる。この子供二人には治癒魔法かけたんだよな?」
「はい。ですが、治りませんでしたから……」
「ああ、恐らく、今回の事故で家族が行方不明になったという精神的なダメージが関係していると考えた方がいいだろう。子供は特に精神的ダメージが顕著に現れる。
老人もあまり夜風には晒したくはないが、出来るだけ暖かい格好をして、我慢してもらうしかない。あまり速度を上げすぎず、揺らすなよ」
「「はい」」
「言うべき事は、そんくらいか……」
ひとまず、という感じでロッシェが一息付く。
手元の資料には他にも様々な事が書かれてはいるが、至急連絡しなければいけない事は大体済んだ。
「……僕、あんたの使い魔に乗って帰るから」
「お~、もう用はねぇから帰っていいぞ。お前らも解散しろ」
ポツリと出たフィートの言葉を簡単に返すロッシェ。周囲はロッシェに呆れるべきか、フィートに呆れるべきか悩みつつ足を動かす。やるべき事はたくさんあるのだ。わざわざここで下らない論議を交わす必要は無い。
ぞろぞろと男どもが部屋を出ていく中、ロッシェの腕がシュヴァインの襟首を掴んだ。
「王子はちょっと待て」
「……なんだ、私に何か用があるのか?」
「用ってほどでもねぇけど、一応知らせとこうかと」
何を考えているのか今一掴みづらい笑みを見せて、ロッシェは言った。
外はもう既に暗闇に包まれていた。




