飛び立ったのは 5
エレカルテの能力は透明化らしい。
地味って言ってしまえば地味だけど、でも結構チートな能力だと私は思う。更に言えば、エレカルテはアレイスターの話だとこの国一速い使い魔だと聞いた。姿形が見えない上に、最速の攻撃とくれば、Sランクも妥当なランクと感じられる。
私は前方を飛ぶエレカルテに乗る、黒髪の男性を見つめた。
空は少しだけ綿雲がふわふわと浮いている程度の良い天気。乾燥していなく、かといってじめじめしている訳ではない丁度いい天気なので、その後ろ姿がよく見える。
『随分強気な王子様だね~』
「人の上に立つ人だから」
王子様の艶やかな黒髪は今も風になびき、その顔は見れない。
なんとなくキツい目付きをしていそう。と空を飛びながらぼんやりと考えた。
既に美しい城下町は通りすぎていて、眼下には森が広がっている。
青々と茂った森だけが視界を支配していて、その中に一本だけ茶色の線が真っ直ぐ伸びていた。
「見えてきたよ、セリカ」
なにが、という前に、それは表れた。
いきなり、途中から森がなくなっていた。
落盤が原因だと思われる大きな窪みは、広範囲に渡って木々を薙ぎ倒し、巻き込み、赤茶色の地肌を晒していた。崖崩れのように地表が削られ、木々の葉が所々に歪な円を作り上げている。
あの中から人を見つけ出すのは、相当苦労しそうだ。
私達空軍は、無言のままその上を通過していった。
「わざわざシュヴァイン様まで来てくださったのに何も歓迎するものがなくてすみません」
へらへらと笑いながら出てきたのは、いかにも肉体労働が得意です、といった風貌の男だった。だが、足を怪我しているのか杖を付き、右足を引きずっている。
笑ってはいるが、服も身体も泥まみれな上に目が若干血走っているのが現状の厳しさを物語っている。彼の後ろからこちらを見つめる人たちも、恐々と、だが救いが来たとでもいうようなギラギラとした目付きで見つめていた。
女子供がほとんどで、若い男が極端に少ない。その原因が落盤にあるのは誰の目から見ても明白だった。
シュヴァインはエレカルテから降りて頭を下げる男の肩に触れる。
「良い。私は歓迎されに来たのではない。そなたたちの現状を察し、いち早く救助並びに援助を開始すると誓おう」
「ありがとうございますっ!」
今にも地面に頭を擦り付けそうになる男に、今度はロッシェが口を開く。
「ここの長がいないが」
その言葉に、男がびくりと身体を震わせた。視線がゆるゆると下がっていき、小刻みに身体が震えている。
「長は、俺の父親です。親父は、現場の調査の為に坑道に入っていて、忘れ物を預けにいった母親も、まだ……。俺が、足を、怪我してなければ……」
か細く震える声。
悲しみを耐える彼に、ロッシェは『そうか……』と呟いた。
だけど、今しなければいけない事は、彼らを慰めることではない。今すぐに行動して、一人でも多く救助する事だ。
「すまない。広場に仮の本部を建てる。炊き出しなどはこちらでもやるが、出来れば女手を貸してくれると嬉しい。それと、坑道の全体図、無ければ坑道付近の地図を貸してくれ」
「わかりました」
「お前ら!」
ロッシェが振り返る。
「早々に物資を下ろせ。ここの広場に仮本部を建てた後、空からの状況確認をしろ。詳しくはまた仮本部が出来た後に説明する。フィートは……「言われなくても分かってる」」
他の空軍の使い魔に乗っていたフィートが視線を逸らしながら呟いた。
「じゃ、いいな、始めろ」
みんながざわざわと動き始めた中、シュヴァインがポツリと愚痴をこぼした。
「……私の仕事がないではないか」
「王子のお手を煩わせるわけにゃあいきませんからねぇ?」
わざと皮肉げな笑顔で言うロッシェを、シュヴァインはジロリと睨み付けた。相手は一国の皇太子。粗相があればこちらの首が跳ねかねない人物だというのに、それでもロッシェの飄々とした態度と笑みは崩れない。
「あんたはただ上から見下ろし、適切な指示を出せばいい。その為の玉座であり、その為の俺達だ」
胸元のポケットから取り出したタバコに火をつけ吸いながらそう言った。
「……だが、あ……、……いや、いい、なんでもない。被災者から何か話を聞くとしよう」
「畏まりました王子。すぐに手配させます」
にやり、ロッシェの口元が歪んだ。
煙草から出る紫煙が、不規則に揺らめいた。
ソネリア村の中央の広場に物資を下ろす。
ズズン、と鈍い音をさせながら下ろされた物資を、下で待っていたみんなが縄を解き、次々と必要なものを出していく。
人型に戻った私はそれを遠巻きに見つめていた。新参者であり、きちんとした訓練を受けていない私が中途半端にでしゃばっても、かえって足手まといになるだけだ。
適当に離れて、木の下に腰を下ろす。体育座りをして、辺りを見回した。他の使い魔たちも同じように休息を取っているものがほとんどだった。
そして、私のご主人様はというと、
「……はい。終わったよ、もう大丈夫」
「ありがとうお兄ちゃん!」
広場のベンチに腰掛けて、怪我をした人たちの治癒をしていた。
外傷がある場所に、ゼノファーが手をかざす。ふわりと雪のような光りの粒が怪我の周りに浮かんで、痛々しい外傷が治っていく様子を私はぼんやりと見つめた。
この村に派遣されていた第二騎士団の女性は、坑道の中で怪我をしてしまった人を治す為、落盤の時坑道の
中に入ってしまっていたらしい。したがって、今ここで治癒魔法を扱えるのはゼノファー一人しかいない。
まるで医者のように優しく声をかけ、傷を治していくゼノファー。
それに頭を下げる人たち。
「……なんだろ」
「どうかした?」
「……アルフ」
いつの間に作業が終わったのだろうか。アルフが使い魔のグリフォンを連れて、私の横に立つ。サラサラの藍色の髪が、午後の日差しに照らされてキラキラと輝いていた。
「ん~……、なんでもない。仕事はいいの?」
「まだ。今やっとロアメーゼの縄をほどき終わった所だ」
「……もしかして、使い魔のグリフォン、メスだったり……?」
「え、知らなかった?」
「知らなかった」
キリリとした鋭い目付きと鋭利な鉤爪を見てしまえばねぇ……。
「君はいいね、龍化を解けばすぐに縄が解けて」
「まぁね」
そう、私は龍化を解いてしまえば簡単に縄が外れてしまう。まぁそのせいで今はやることが無くて手持ちぶさたになっているんだけど。
「でも、やっぱただ見ているだけしか出来ないから暇だよ。ゼノファーはお仕事中だし」
「じゃあ、荷物の移動とか簡単な作業を手伝ってくれないかな。人手はあったほうがいい」
「……思ったんだけど、アルフってゼノファーの事邪険にしてないの?」
飛行場の時からずっと思っていた事を口にする。
私がいるからか、ゼノファーに面と向かって文句をいう人は皆無だが、それでもやっぱりいい顔はされない。飛行場のギルバートという人がいい例だ。
アルフは困った顔をして微笑んだ。
「う~ん……。元々、僕は彼を罵ったり邪険にしたことはない」
「え?」
「彼は使い魔がいなくても勤勉だし、それを隊長も認めていた。使い魔は召喚出来ないけれど、彼は治癒魔法が使えるし、それに虐めが原因でカースト制度を作ってしまうと、実践の時に苦労する。だから、君が召喚されて本当に良かったと思っているよ」
見つめる先には、怪我人を治療していくゼノファーの姿。
優しい彼は、一人一人に笑いかけ、一人一人丁寧に治癒魔法をかけていく。
「おそらくだけど、君が召喚された事でゼノファーを邪険にするような奴らは減っていき、彼の人間性を評価する仲間が増えていく。そんな気がする。さ、僕たちも仕事をしないとロッシェ副隊長にドやされる」
「……うん、そうだね」
なんだ、ちゃんとゼノファーを見ていてくれた人はいてくれたんだ。
その事が嬉しくて、笑いながらアルフがこちらに伸ばした手を握って立ち上がった。
「はい、終わった、よ……」
何人目かの治療が終わった時、ふとゼノファーが視線を上げるとセリカの姿が目に入った。
木陰に座っていたらしい彼女に、先輩であるアルフさんが手を伸ばす。
嬉しそうに笑いながら、その手を掴み、立ち上がるセリカ。
「……」
「にいちゃん?どうしたの?」
「っ、ああ、ごめん。今治してあげるから」
慌てて意識を戻し、治癒魔法を再開する。出来るだけ丁寧に、傷跡が残らないように。集中しなければいけないこの作業の中、ゼノファーの心はグルグルとかき乱されていた。
繰り返して脳裏に流れるのは、手を繋ぐ二人。
別に、主人以外の人間と使い魔が仲良くしてはいけないという決まりはない。練習の為に他の使い魔に乗ることだってあるし、その逆も然りだ。
だけど、あの二人を見たとき、真っ先にゼノファーの心に浮かんだ言葉は、
(…………なに考えているんだよ、集中しろ、俺)
無理やり思考を中断させて、目の前の事に集中する。
『その小さな手を引くのは、俺の役目なのに』
真っ先に浮かんだその言葉を、心の奥底にしまい込んだ。




