飛び立ったのは 2
フィートの部屋に行ってみると、そこにはロッシェと見知らぬおじさんが立っていた。大体40半ば位の歳だろう。髭を生やした筋骨逞しいそのおじさんは、今まさにドアをぶち破らんばかりの勢いでぶっ叩いていた。ロッシェは後ろからその姿を静観するだけだ。エルシェは慌てておじさんの前に躍り出た。
「止めて下さいロベルト様! ドアが壊れちゃうじゃないですか!」
「そしたらあいつも引っ張り出せて大助かりだろ!」
『……うるさい。読書の邪魔』
「てめぇ今なんつった!?」
ドアの向こう側から聞こえた声におじさんは顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。人命がかかっているこんな時にフィートは何ワガママ言ってんだか!
「よぉ、お前らも手伝いに呼ばれたのか?」
「はい。エルシェに頼まれました」
「そぉか」
ゼノファーの返答を聞いて、ロッシェは緩く笑った。彼が煙草を加えつつ壁に寄りかかっている姿はなかなか格好いい。どう見ても危ない男にしか見えないけど。
「現場に連れてくってロベルトのおっさんと来てみたら鍵閉められちまって。ちょうどいいや、セリカ、鍵壊してくんねぇ?」
「分かった。ちょっと退いて」
私は一度だけ頷いて、エルシェとおじさんに横にずれてもらった。それから拳を握り締め、その拳をドアノブのすぐ横に思いっきり叩き込む。バキッと耳障りな音を奏でてドアは見事に貫通し、そのまま手を使ってドアノブの鍵を外した。
扉を開けてみれば、フィートが恨めしそうな目でこっちを見つめていた。
「……ゼノファー、弁償」
「……ハイハイ」
なんとかフィートを連れ出す事に成功した私たちであった。
フィートは相変わらず真っ黒いローブを羽織って、書類の山に囲まれていた。カーテンで閉めきっているせいか、昼間だというのに妙に薄暗い。ロッシェは無数にある紙の山を崩さないように気をつけつつ、フィートの部屋に踏み込んだ。
「さて、来てもらおうか、フィート・ニコレ副隊長」
……ン?副隊長?
疑問を口にする前に、フィートが低く唸った。
「……同じ地位のあんたに命令される筋合いは無い」
「普段はそうだが、そこにいる隊長殿にちゃんと連れてって良いとの許可はもらってある」
「……チッ」
フィートは半舌打ちこそすれど、もう抵抗する気は無いようだ。彼は素直にロッシェの後に付いて来た。
「よし。ああそうだ。ゼノファーとセリカ、お前たちも来い」
「え?」
「仕事だ。とにかく付いてこいよ。ロベルトのおっさん、ありがとな」
「おう。またなんかあったら言えよ」
さっきまで青筋を立ててドアを叩いていたおじさんはそれだけ言って、ロッシェとは反対の方向へ去ってしまった。
「と、とにかくありがとうございました! セリカ様」
「いやお礼は良いって。ドア壊しちゃったんだし」
「……全くだ」
「フィート、あんたには言われたくない」
ペコリと礼儀正しくお辞儀をするエルシェの横で減らず口を叩くフィート。思わず拳が出そうになるのをぐっと堪える。
さっさと廊下を歩き始めたロッシェの後を追いつつ、私はさっき浮かんだ疑問を当の本人にぶつけてみた。
「あのさ、フィートって副隊長なの?」
「……知らなかったの?」
「あれ、言ってなかったっけ」
言ってなかったよゼノファー! 思わず口をパクパクさせてフィートの後ろ姿を指差した。だって、いやまさかフィートがそんなに偉い人だったなんて!
「フィートはニコレ侯爵家の次男で、第一騎士団の副隊長だよ」
ついでにとばかりに、今度はロッシェが喋る。
「さっきドアを叩いていた奴は第一騎士団隊長のロベルト・マクラーレンつって、現マクラーレン伯爵の兄だぞ」
「嘘!?」
さっきまでドアを叩いていたおじさんの容姿を思い出してみる。白髪が混じり始めた茶髪に少しシワが目立つその容姿は、どう見ても隊長と言うより近所のおじさんといった雰囲気だった。
「え、あれ、てことはエルシェも滅茶苦茶強い?」
「私はそれほど強くはありませんよ、セリカ様」
ついつい出て来たその疑問に、エルシェは宙を舞いつつ苦笑いで答えた。
「彼女は『守護妖精』って名乗った通り、防御魔法しか使えないんだ」
「じゃあ、攻撃は全部フィートがやるの? なんか想像出来ない…………」
いつもボンヤリしたフィートが剣を振ったりするのか? と首を傾げる私に、心外だとばかりにフィートが呟いた。
「…………僕の事舐めてる?」
「侮るなよセリカ。そいつのランクはAだが、うちの隊長並には有名だぞ?」
「そ、そんなに?」
「フィートの肩書きは、第一騎士団副隊長兼第一兵器開発部部長。この国の4大騎士兵として恐れられているんだ」
「よんだい、騎士兵?」
「うん」
ゼノファーは歩みを緩めずに、まるで自分の事のように嬉しそうな顔をしながら話を進める。
「第三騎士団のアレイスター隊長、ロシェ副隊長。第一騎士団のフィートに、第二騎士団のマリア隊長。現時点ではこの4人がこの国の主力戦力と言われているんだ」
「ま、ようするにそいつはこの国では知らない人はいない位の有名人って事だよ」
「…………マジか」
人間、見た目で判断しちゃいけないと心に誓った私である。
ロッシェの部屋に来てみると、そこには既に兵士が集まっていた。
それなりに広い部屋の中に、兵士の数は12人。中には一緒に訓練をしたこともある空軍の兵士の姿もあった。ロッシェの姿を見て姿勢を正す人、ゼノファーと私の姿を見て眉を潜める人、フィートの姿を見てぎょっとする人と様々だが、それを気にも止めずにロッシェは全員の前に立つ。
「今日お前らを呼んだのは言うまでもない。つい先刻起きたソネリア坑道の落盤で孤立状態にあるソネリア村への食糧の輸送。並びに現地の状況確認をする為だ」
「え、救助は?」
思わず口が動いてしまった。何人かが私を睨み付け
てくるが、ロッシェは何時もと変わらぬ口調で私の質問に答えた。
「落盤がどれ程の規模のものなのか空から視察し被害をある程度まで把握してから救助隊の陸軍を出す。今回は空軍のみだ」
「それじゃあ間に合わないかもしれないじゃん!」
所詮中学生レベルの学しか持っていない私だとしても、落盤事故に巻き込まれた人々の命を助ける事に火急を要する事位は分かる。
だが、そんな稚拙な反論をロッシェは意図も容易く論破してきた。
「ソネリア坑道は地下50メートル、直径はもはや把握出来ていない程大きい坑道だ。どこが崩れてどこが安全なのかをまず確認しないと話にならねぇ。崩れている所を無闇に掘り返しても埒が空かねぇだろ?残った村人との情報を照らし合わせて、生存者がいるであろうポイントを絞り込む。それから陸軍との救助という名の共同作業だ。了解したか?」
「ッ……。分かった……」
腑に落ちないが、一番効率的なやり方だとは思う。デタラメに穴を掘るよりもポイントを絞った方が発見しやすい。渋々頷くと、ロッシェは緩く笑った。
「まぁすぐにでも救助は始めるから心配すんな。第二騎士団の奴とも連絡は取っている。ゼノファーをこの作戦に急に呼んだのも怪我人を治してもらうためだ。んで、今回スケットとして来てもらったたのがフィート・ニコレ副隊長。こいつには実地調査をしてもらう」
「……だから嫌だったんだ、この任務」
「何で嫌なの?」
「…………」
「こういう時だけ『科学』を利用されるからだろう?」
私の質問にフィートは答えず、代わりにロッシェが答えた。周りは静かに怒気を放つフィートと、わざと挑発しているようにしか見えないロッシェにどう対応すればいいか悩んで、黙って二人の様子を見守る。
「いつもは『科学なんて』と蔑まれ、いざというときに頼りにされる。それが気にくわないんだよなぁお前は」
「……よっぽど僕の力で消し炭にされたいようだね」
「フィート!」
「ご主人様!」
ゼノファーとエルシェがフィートを苛めるも、彼は真っ直ぐにロッシェを睨み付けて動かない。その姿が心底可笑しいとでも言うように、ロッシェは笑みを深くした。
「まさか俺がそう思っているとでも? 俺はお前の『科学』をないがしろにした事はないがな? 先代と同様、素晴らしい技術だと思うが?」
「……どうだか」
憎まれ口を叩いてはいるが、一応フィートは怒りを静めたようだった。その結果にロッシェは一度頷き、再度言葉を続ける。
「クラウスたち中型使い魔の奴らはソネリア坑道の地図を5分で頭に叩き込め。他4名はゼノファーとギルバート、アルフの使い魔に乗せる食糧の準備。中型は5分経ったら食糧準備手伝えよ。以上だ」
「「「サーイエッサー!」」」
ロッシェの命令に、12人とゼノファーが一子乱れぬ動きで敬礼をした。その統一された無駄のない動きに一瞬見惚れつつ、慌てて私も敬礼する。
「ああ、後一つ言うことがあった」
言うこと?
敬礼のポーズのまま、私は首を傾げた。
「今回の作戦に、現地視察という名目で第一王子も付いて来るから、護衛も宜しく」




