飛び立ったのは
轟々と、風が耳元で唸っていた。
仲間との距離を気にしつつ、体を水平に保つ。隊列を崩さないように速さも気にしながら、また背中に乗るご主人様の事も気にしながら、私はばさりとまた大きく翼をはためかせた。
が、そのせいで少しばかり速さが増してしまい、前を飛ぶ使い魔にぶつかりそうになった。
勢いを殺せないまま、前のめりになった私は、
『ごめん離脱~』
「セリカ! 宙返りすんな!」
隊列から離脱する為、宙返りを披露した。
「だからお前、離脱する時は斜め下に降下しろって言ってんだろ。なんで宙返りして離脱すんだよ!」
「ごめんロッシェ」
ガミガミと怒るロッシェに私は謝った。いやぁ、ついやっちゃうんだ☆ と言うと、ロッシェは青筋を立てつつ無言のまま私の後ろを指差した。
思わず振り返れば、そこには例の如く地面に這いつくばってえずくゼノファーの姿がある。
「……うん。いや、悪かったって」
だからそんなジト目で見ないで。
「ロッシェ、その辺にしろ」
そこに、地上に降りてからずっと説教するロッシェを止める為、アレイスターが割り込んだ。
「アレイスターはこいつ甘やかすんだから黙ってろ」
「しかしだな……」
「いいから黙ってろ」
「……かかあ天下」
「何か言ったかコラ」
「いや何にも」
ギロリと睨まれ慌ててそっぽを向く。言ってない言ってない。別にアレイスターが尻に引かれるお父さんに、ロッシェがかかあ天下のお母さんに見えたなんて言ってない。慌てて誤魔化す私に、ロッシェがアイアンクローをかましてきた。痛くないけど見えないよロッシェ。
魔戦から6日過ぎて、やっと大型が練習が出来る日が回ってきた。
第三騎士団にいる大型の使い魔を所持する兵士たちが何となく集まって、ロッシェの指示により何となく空中での隊列を組む練習をし始めた私たち。今は休憩という事で、各自休んだり軽く空を飛んでみたりとしていた。
因みにアレイスターはみんなより遅くに来たためまだ練習には参加していない。リゼリオンも地べたに寝そべって、大きなあくびをする始末。そして、眠たそうな瞳をロッシェに向けて口を開いた。
『ロッシェ、もう少し音量を下げろ。煩い。エレカルテもそう思うだろ』
そう言って目線を隣に移す。そこには、深い藍色の大きな鳥の姿があった。
エレカルテ。ロッシェの使い魔だ。
『……主人には、逆らわないから』
エレカルテはそれだけ言って、自身の羽を啄んで身繕いをし始めた。エレカルテはリゼリオンや私の龍体のように大きい訳では無く、せいぜい羽を広げて8メートルかそこらか、という大きさだ。
「エレカルテって綺麗だよね」
尾羽はまるで尻尾のように長く、色がまるで夜空の空の色のようで、キラリと光る金色の瞳が星のようだ。まぁ、そんな意見に賛同したのは本人とロッシェ以外だけで、エレカルテは滅茶苦茶嫌そうに羽を震わせたけど。
「ロッシェさん、時間っすよ」
「お~、お前ら準備しろ~! 次は……」
『っ……!』
その時だった。リゼリオンが素早い動きで立ち上がる。
瞬間、ズンと少し重たい衝撃と共に、足元が少しだけグラグラと揺らいだ。それはそこまで大きなものではなく、どっちかと言うと最初の揺れの方が大きい形だ。
「じ、しん?」
それとは少し違うような、と首を傾げると同時に、ロッシェが鋭い声で兵士たちに命令を出した。
「今の揺れが何の揺れか直ちに確認しろ。E~Dは城下町を空から巡回。C~Bは各地の駐屯所に異変が無いか連絡しろ。Aは俺の部屋に来て書記。各自内容が分かり次第俺に連絡を入れろ。無くても20分後には必ず副隊長室に顔出せ。解散!」
「「「了解!」」」
E~Dとかは、きっと使い魔のランクの事だろう。という事は私とゼノファーは街を巡回だ。おお、何だか軍隊っぽいぞと思わず感心し、一つだけ疑問が湧く。
みんなが慌ただしく動き出す中、こそっとロッシェに聞いてみた。
「アレイスターとロッシェは何するの?」
「俺は他の第三騎士団の兵士にも命令を出しに行く。隊長はデスクワークの才能が無いから用無しだ。部屋で茶を飲む事しか出来ないな」
「……」
ロッシェの余りの言い草に思わず絶句した。
「あの地震のような衝撃は爆発だったらしいよ」
見回りが終わって、ロッシェの所に報告に行ったゼノファーがそう言った。
あの小さな地震はあれ一回きりで、城下町にも異変は無かったけれど、やはり地震ではなかったらしい。
なる程、だからさっきから兵士が慌ただしくしているのか。見回りから帰って来てからはずっと部屋にいたのだが、廊下を急ぎ足で駆けていく足音が絶えない。私は緩みがちだった気を引き締めた。
とりあえず、座っているベッドを叩いてゼノファーに隣に座ってもらう。ゼノファーは『座るよ』と一言だけ声をかけてからベッドに腰掛けた。二人分の体重を支えるベッドが、ギシリと一度だけ鳴く。
「どこで起きたの? 爆発の原因は?」
「場所はここからそう離れてはいない、山奥にある集落だ。そこには鉱山があって、鉄鉱や石炭などを掘る坑道がある。そこで爆発が起こったんじゃないかって」
「ふ~ん……」
爆発……。確か、採掘の時に出る細かい粒子とか小麦粉などの粉末が空気中に大量に舞う事が原因で起こる粉塵爆発とかは聞いたことがある。
日本でも何度か事故は起きているし、他の世界でも多いのかな? でも、そう言えばこの世界の科学技術力ってどれくらいなんだろう。少なくとも、中世ヨーロッパまでは進行しているはずだけど……。
「で、そこの集落が爆発による落盤のせいで唯一の道路が崩れて孤立状態らしい。すぐに国王や隊長たちから、空軍あたりが応援に向かうよう命令が来るだろうって」
「ぉ、じゃあ私たちも出動するの?」
「多分ね」
ゼノファーが切なそうな顔で笑った。
「どした?」
「いや……」
ゼノファーはそこで一度言葉を切ってため息を吐いた。ワケが分からず、キョトンとしてしまう。
「落盤が起きた坑道、ソリネア坑道は大きな坑道で、多分、死者もいる。それをあまり君には見せたくないなって」
「大丈夫だよ。ちょっとは、慣れてるから」
思わず、『見慣れてるから』と言いそうになった口を無理やり回す。爆発事故ならば、負傷者は勿論死者も出てくるだろう。それよりも、自分も手伝える事があるのか少し不安だった。
ゴンゴンゴンッ
「誰か来た?」
「俺が出るよ」
少し強めにドアを叩いたような音が入り口の方から聞こえた。ゼノファーが立ち上がり、『はい』と返事をしてから扉を開ける。すると、突然部屋に小さな何かが飛び込んできた。な、何奴!?
「ぅ、わ!?」
びっくりして、慌ててティアディーラを出す。
「わ、セリカストップ!」
剣を小さな何かに向ける前に、ゼノファーに動きを止められた。その小さな何かは空中にフヨフヨと浮き、ゼノファーの顔の前で動きを止める。そのお陰で、しっかりと姿を見ることが出来た。それは、まるで、
「よう、せい?」
水色と白の可愛らしいファンシーなドレスに身を包むそれは、身長15センチ位の小さな人型の妖精のようだった。背中からは半透明なトンボのような羽が生えていて、ツインテールの金髪とそれを縛る水色の大きめのリボンが可愛らしい。
その妖精に向かって、ゼノファーが喋りかけた。
「エルシェ? 一体どうしたの? フィートは?」
「そのご主人様の事でここに来たのですゼノファー様!」
え? フィート? そのご主人様の事? つまり、つまり……。
「その妖精って、フィートの使い魔?」
つい出た独り言は、妖精にも聞こえたらしい。くるりとこちらに顔を向けたその妖精はニコッと笑ってみせた。
「はい! 私はフィート・ニコレ様の使い魔、守護妖精エルシェです! あなた様は、ゼノファー様の使い魔、セリカ様ですよね? お初にお目にかかります」
「こ、これはどうもご親切に。こちらこそ宜しくお願いします」
め、めっちゃ礼儀正しいな守護妖精!! 妖精って、もっと自分勝手でワガママで悪戯好きってイメージあったけど、それを一瞬でかき消されてしまった。何より笑顔が清楚で可愛い。
二人で深々とお辞儀をしていると、ゼノファーが話を再開した。
「で、フィートがどうかしたの?」
「そ、そうなんです!! ご主人様のご親友であるゼノファー様に助けて頂きたいと思って。実は、フィート様が部屋に引きこもってしまって……」
「いつもの事じゃ?」
「いつもなの!?」
さらりと告げられたゼノファーの言葉につい反応してしまった。引きこもりなのあいつ!?
「で、でも、今回は出張に行きたくないからと駄々をこねられてしまって」
「……」
『子供か!』と突っ込まなかった私を是非褒めて欲しい。そんな仕事を放棄して引きこもってしまうご主人様を持つ使い魔のエルシェちゃんは、日々さぞ苦労をしているに違いない。
呆れているのは私だけでは無いらしく、ゼノファーもため息を付きつつ頭をガシガシと引っ掻いていた。
「分かった。俺も説得してみるよ。で、出張の先は?」
「ありがとうございますゼノファー様! 出張先は、落盤事故があったソネリアです。第三騎士団のロッシェ様に火急の要件だと急かされているんです!」
な、何でそんな大事な要件を引きこもっているんだよあの馬鹿は~!




