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魔戦 10


 試合終了直後に嘔吐したゼノファーは、他の兵士に抱えられて何とか自室に戻った。私はちょっと派手に動き過ぎたかなぁと反省しつつ、ベッドに横たわる彼に水を勧める。



「いる?」

「いや、いいよ。ちょっと、口の中濯いでくる……」

 洗面所へふらふらと覚束ない足取りで向かうゼノファーの後ろ姿を見つめつつ、私も少し息を整えた。戦った後の言いようの無い高揚感が体を巡っていた。

 そう言えば、こうやって本格的に仲間と戦ったのは魔王戦以来だ。と、ベッドに腰掛け瞑想に耽った。



 曇天の空。

 赤い鮮血。

 真っ暗な翼と、赤い瞳。

 思い出したくない事まで思い出しそうで、目を開け体を動かした。



「ゼノファー、大丈夫?」

「うん……」

 洗面所で口をすすぎ終わったゼノファーは、ベッドに横たわった。顔は青いが、さっきよりは幾分ましになった。



「セリカの上から振り下ろされた時、死ぬかと思ったよ……」

「死なずに済んだじゃん」

 ケラケラと笑うと、ゼノファーも力無く笑った。ポンポンと彼がベッドを叩いたので、私はゼノファーのベッドの端に座った。彼は体を起こして、私の頬に触れる。




「セリカは、怪我は無い? どこか痛む? 俺が、治癒魔法で治すよ?」

「ううん、大丈夫。ゼノファーはどっか怪我した?」

「傷はないよ。大丈夫」

 私に怪我が無い事が分かって安心したのか、ゼノファーはまたベッドに身を預けた。居心地の良い沈黙が、場を制する。



「セリカ、ありがとう」

「へ?」

 唐突に、何に謝られているのか分からず、私はキョトンとした顔でゼノファーを見つめた。



「俺を励ましてくれて。一緒に戦ってくれて。仲間と思ってくれて。殆どがセリカのおかげだけど、試合にも、勝てた」

「……べ、別に……。どういたしまして」

「これからも、俺の使い魔としていてくれる?」

「ま、まぁ、いいけど……」

 面と言われるとこっぱずかしくて、慌てて私はそっぽを向いた。ゼノファーがクスクスと嬉しそうに笑う。ちくしょう、なんか悔しい。

 今のゼノファーは何だかいつもと違う。力無く、だけどとっても嬉しそうにニコニコして、私を見上げてくる。なんだかこそばゆくなってそのおでこをひっぱたきなった。も、結局出来ずに諦めた。



「と、とにかく、ノインにも勝ったし、パラディン目指す為に、これから頑張ろうね!」

「……その事なんだけど、あの、パラディンにはなれないと思うけど」

「もうまた弱気!」

「いや、そうじゃなくて」

 弱気は駄目! と怒ろうとした私に、ゼノファーが恐る恐る呟いた。



「パラディンは戦争で功績を残した人物に与えられるもので、大抵が王族に与えられる称号なんだ」

「…………」

 今度こそ、私はゼノファーのおでこを軽くひっぱたいた。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ドスドスと、アレイスターの足音が廊下に響いた。

 いつも大体が無表情の彼だが、今日は違う。眉を吊り上げ鬼のような形相で、廊下を早足で歩いていく。

 そして、他の兵士たちの部屋とは違い、少しばかり豪華な木製の扉を思いっきり殴りつけるようにしながらノックした。



「ロッシェ、入るぞ」

 返事も聞かぬまま、アレイスターはドアノブを捻り勢いよく開けた。そこにはベッドに寝転がり、明らかに睡眠中でしたという感じで欠伸をする、第三騎士団副隊長、ロッシェ・セリーヌの姿があった。 アレイスターはロッシェの胸倉を掴み上げ、地を這うかのような低い声色で呟いた。



「どうして、ゼノファーたちのクラス昇格に許可を出さなかった」

「まぁ、その事だろうと思ったけど」

 アレイスターに睨まれ、だがロッシェは飄々とした態度で返事をした。とりあえず手を離せ、というかのように、ロッシェの胸倉を掴むアレイスターの手を叩く。渋々アレイスターは手を離した。




「別に、許可しなかったの俺だけじゃないんだろ? 俺がただの意地悪でクラス昇格に許可しなかったとでも思ってるのか?」

「……何か考えがあるとは分かっている。だが、彼は、ゼノファーは人一倍の努力家で、誠実で真面目な良き兵士だ」

「俺が問題視してんのはあいつじゃねぇ。あいつの使い魔だ」

 ロッシェはまた一つ欠伸をしてから、ベッドから起き上がった。



 クラス昇格は、兵士たちの使い魔のレベルに合わせて行われる。大抵の使い魔が、主人のレベルに合わさった強さのものしか召喚されない。つまり、使い魔の強さがそのまま主人の強さのものさしとして機能している。

 それに合わせて、クラスも上がり、E~Sあるクラスの中に振り分けられる。そして、その使い魔の強さを推し量るのは、騎士団の隊長及び副隊長の仕事だ。

 第一、第二、第三騎士団の隊長副隊長、計六人がクラスを上げてもいいと判断すれば、その兵士のクラスが上がる。

 だが、誰か一人でも許可しなければクラスは上がらない。アレイスターは詰まるところ、何故ゼノファーとセリカのクラス昇格にロッシェが反対したのか理由を聞きにきたのだ。




「あの使い魔は、本当にゼノファーの使い魔か?」

「……どういう意味だ、ロッシェ」

「そのままだよ隊長殿」

 ワザと茶化すように言われて、アレイスターは眉間にシワを寄せた。



「使い魔ってのは、クラスが高いと賢い奴が多い。まぁ、第二騎士団のあの隊長のは別として……。いくら異世界からの召喚だとしても、セリカは人間に似すぎている」

「……何が、言いたい」

 ロッシェはニタニタと仄暗い笑みを浮かべた。机に寄りかかり、自分よりも大柄なアレイスターを見つめる。




「今まで一度も召喚出来なかった奴が、いきなりとてつもなく強い使い魔を召喚した。はっきり言って、有り得ない。何かしらそうなった要因があるはずだ」

「……あいつが不正を働いているとでも?」

「そこまで言っていない。だが、怪しすぎる。もし、使い魔として召喚されたわけじゃ無かったら? セリカは本当にゼノファーの使い魔か? 確かめてからクラス昇格でもいいだろ」

「……」

 ロッシェの言いたい事は、アレイスターにも分かった。

 確かに今まで召喚出来なかったゼノファーがセリカを召喚出来たのは余りにも不自然過ぎる。もしかしたら、なんらかの要因があって偶然セリカが召喚されたのかも知れない。

 それだったら、セリカをゼノファーの使い魔として考え、彼の強さのものさしとして考えるのは間違っている。

 首輪が機能しているからと言って、使い魔と認めるのはいささか疎かだ。



「因みに、拒否したのは俺だけじゃない。第一騎士団の副隊長もだ」

「あいつが!? なぜ……」

「どうやら俺と考えは同じらしいぞ。無理してクラス昇格して、セリカ以外の使い魔が召喚出来なかった時、泣きを見るのはゼノファーだ。だったら、浅はかな夢など見せない方がいい」

「…………」

 黙り込んでしまったアレイスターに満足したのか、ロッシェは酒瓶に手を付ける。

 中に入っているワインは、まるで血のように赤かった。





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