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第12廻 禁じられた言葉

 チェリーと会話するころんに興味が出たのか、子供たちがじーっと見上げた。響はため息混じりに言う。

「お前たち、そんなに見ていたら失礼だろう。全員、そこに整列!」

 号令を聞くと、子供たちは条件反射のように、ぱっと横一列に並んだ。

 ころんは何事かと目をぱちくりさせる。

「紹介しよう。こいつらが今日、面倒を見てもらう俺の弟たちだ。左から、三男の(りん)。六歳」

 左端に立っていた少年が無言&無表情でぺこ、とお辞儀した。

 なんとなく面立ちが響に似ている。さすが兄弟。

「その隣が四男の(れん)、四歳だ。くっついているのが長女の(さき)。先月、一歳になったばかりだ」

 先ほどころんに近づいてきた少年――蓮が、にかっと笑った。

 ころんにクマキックをお見舞いした少女――咲は相変わらずきょとんとして、蓮にしがみついている。

「みんなかわいい。あれ? 碧君って長男?」

「ああ」

「んー、それで稟君が三男ってことは……」

 ぴく、とほんのわずかに稟の表情が動いた。何か言おうと口を開いたが、時すでに遅し。

「次男の子は?」

 ころんが“その言葉”を口にした瞬間、響の元々冷ややかな表情が、いっそう冷ややかになった。しーんと静まり返るダイニング。

(はれ? も、もしかして言っちゃいけないっていうか、訊いちゃいけないことだった!? や~んっ)

 押し黙る響に、ころんは慌てて立ち上がる。

「ぅあ、あの碧君っ。なんだかみんな、遊びの続きがしたいみたいだから、私、みんなと遊ぶねっ!

 えとっ、高天ころんです! みんな、今日は一日よろしくねっ。何して遊ぼうか!?」

 子供たちは稟を除いて不思議そうな顔をしていたが、遊んでくれると言うので、喜んでころんの周りに集まる。

 響はうれしそうに笑う子供たちに、物憂げな視線を送った。

(知るもんか。あんな奴のことなんか。あんな…身勝手な奴のことなんか……)

「知るものか……」

 誰にも聞こえないか細い声で呟いて、響は両手を固く握りしめ、うなだれた。

「お姉ちゃん。遊ぶなら、あっち、部屋行こう」

 稟が抑揚のない声で言う。感情の見えにくい瞳だが、確かに戸惑いに揺れているのを、紗雪だけが気づいていた。

「いいけど、男の子は絶対、お姉ちゃんに触らないようにしてね」

「なんでー?」

 蓮が怪獣やら何やらの人形を抱えて、無邪気に訊く。「うん、ちょっとね」ところんは微苦笑する。

 子供たちは「ふーん」と分かったんだか分かってないんだか、あいまいに返事をし、遊び道具を抱え込んだ。

 咲の遊び道具を持ち、稟がみんなを誘導する。チェリーがバイバイ、と手を振った。

 部屋を出る時に、稟は立ち尽くす響をちらっと見てから、静かにドアを閉めた。



 稟が案内したのは子供部屋だった。

 やはり白一色の部屋だが、遊具はさすがに色とりどり。その遊具の多さに、ころんは目を白黒させる。

 一番最初に目を引いたのは、ころんの身長より頭一つ分は大きい、ウサギ、サル、カッパの巨大ぬいぐるみ。

 他には、揺れる木馬、すべり台、ジャングルジム、ハンモックに大きなビニールボール、ビニールブロックなどなど。数えていたらキリがない。

 紗雪は蓮に誘われ、部屋の中心で蓮と怪獣の人形遊びをすることになった。

 稟は本棚から本を一冊取り出し、壁に寄りかかって座った。ずっと立ち尽くしているころんを見上げ、

「お姉ちゃん、座る。ずっと立ってる、疲れる」

 と、自分の隣を目で指した。なんだか変わったしゃべり方をする子だ。

「え、ああ……そうね。じゃ、隣、失礼するわね」

 そう言いながらも、ころんは稟と一メートルほど距離をとって座った。

「いいなぁ、こんな部屋があって。あ、稟君、なんの本読んでるの?」

 子供向けスマイルで訊くと、稟は無言で本の表紙を見せる。ころんは本のタイトルを見て硬直した。

 その本のタイトルは『哲学を学ぼう!』

「…………お、おもしろそうねぇー……」

 精一杯笑顔を保つころん。稟はこくんと頷いて、再び本に集中する。

 変わった子だな……と思いつつ、ころんは遊びに夢中な蓮たちを見守っていた。

 蓮は紗雪と人形で遊んでいる。紗雪が怪獣役らしい。蓮が何かのヒーローの人形で、怪獣をやっつけていた。

 咲はクマのぬいぐるみを抱えてすべり台で遊んでいる。

「びっくりしたよね」

 しばらくして、稟がぽつりと言った。

「?」

「お兄ちゃん」

「お兄ちゃん? って、碧君のこと?」

 ころんが言うと、稟はこくんと頷いた。

「響お兄ちゃん……二番目お兄ちゃんこと言われると、いつもああなる。だから、びっくりさせてごめんなさい」

「そんな! 悪いのは私だもの。稟君が謝ること…」

「お姉ちゃん悪くない。誰言っても、お兄ちゃんああなる。ぼくたち()いても……ああなる」

「…………」

 無表情に見えるが、稟の横顔には哀愁が漂っている。ころんは申し訳なさそうに顔をゆがめた。

「だからもう()かない。みんな、そう決めた。お兄ちゃんつらい顔、見たくない」

 本から顔を上げ、稟はまっすぐにころんの顔を見て言った。

「でも、お姉ちゃんそれ知らなかった。だから悪くない。気にすることない」

「稟君……」

 やはり兄弟である。表情はまったく変えずに淡々と、けれども優しい言葉をかけてくるところが響にそっくりである。

 稟のまっすぐなまなざしに響の面影を重ね、ころんはわずかに頬を朱く染めた。

「おねえちゃん、あそぼーっ!」

「ひやぁっ」

 前触れもなく、蓮が横に現われた。その後ろで、紗雪が注意深く見ている。蓮がころんに触らないように見張っているのだろう。

「りんにいちゃんとおしゃべりしてないで、いっしょにあそぼうよぉ、おねえちゃん」

 純粋な子供の期待のまなざしに、ころんは首を横に振ることなどできるわけがなかった。

「あ、ごめんね、気づかなくて。いいわ、一緒に遊びましょ」

「わーい!」

 蓮がよろこんでバンザイをする。何をして遊ぼうかと部屋の中を物色し始めた時、咲が不意に泣き出した。一足早く気づいていた稟が駆け寄る。

「さ、咲ちゃんどうしたの?」

「きっと、お腹すいてる」

「そうなの? じゃあ碧君のとこ連れて行こうかしら。ユキ、みんなのことよろしくっ」

「はいはい」

 ころんは咲を抱いて、すぐさまリビングに向かった。

 リビングに入ろうとして、ころんは一瞬、躊躇(ちゅうちょ)した。ガラス越しに響が見える。

 洗濯カゴを持って、外に続いている窓から入ってきた響の表情が暗いのは、きっと気のせいなんかではないだろう。

「……碧君……」

 気にすることはない、と稟は言ってくれたが、自分の言葉が原因で誰かを傷つけてしまったのなら、どうしても気にしてしまう。 

 だが、ぐずる咲に、ころんはそっとドアを開けた。

「あの、碧君……」

 響はおもむろに顔を上げた。

「高天、どうした?」

「咲ちゃんがね、お腹すいちゃったみたいで……」

「ああ……そういえば、ついさっき起きてそのまま遊んでいたから、まだ食べていなかったな。わかった。食事を持ってこよう」

 洗濯カゴをソファーの脇に置き、微かにふらつく足取りで、響はキッチンに入っていった。

 咲をダイニングテーブルのイスに座らせ、ころんも座って待つ。

 ダイニングテーブルからは、カウンター越しにキッチンが見える。ころんはキッチンで動く響の背中を見つめた。

(何か、事情があるのよね。それは他人なんかが――ましてや出会ったばかりの私なんかが、知っちゃいけないこと……よね。

 私に、他人(ひと)に言えないことがあるように、碧君にも他人(ひと)に言えないことがあるのよね……?)

 ころんの視線に気づいたかのように、響が振り向かずに口を開いた。

「思えば高天には悪いことをしたな。貴重な休みだというのに、あいつらのお守りの手伝いを頼んでしまって」

「ふえ!? ううん、そんなことないわ。どうせ暇だったんだし。……あ、碧君の役に立てるなら……っ、私、なんでもするから!」

 ころんの言葉に響は手を止めた。しかし、それはほんのわずかの間で、すぐに作業を再開する。

「……そうか。それを聞いて少し安心した。頼りにしているぞ、高天」

「!」

 そう言われた瞬間、ころんはゆでだこのように顔を真っ赤にした。

 ぐりっと体の向きを響から逸らし、頬を両手で挟む。

(やだ、すっごくうれしい。はっ。何勘違いしてるのよ、バカころんっ。別に碧君は深い意味で言ったわけじゃないのよ!

 でも、勢いで思わず言っちゃったけど、言ってよかったかも~)

 ♪ティリリーン♪

 その時、ころんが鳴らした物とは違う呼び鈴の音がした。

「ん? これは玄関の方だな」

「あ、じゃあ私が出てくるわ! 碧君はご飯の用意続けてて!」

「そうか、頼む」

 赤い顔を響に見られる前に、ころんはピューッとリビングを飛び出していった。響は離乳食を皿に移しながら呟いた。

「しかし、こんな時間に一体誰だ? わざわざ玄関まで来て呼び鈴を押すなんて……」



 スキップでもしそうな勢いで、ころんは玄関に向かった。

(ふふふ、頼りにしているぞ、だーって! 私って、もうそんなに心許してもらえてるんだ。うれしいなー)

 顔がすっかりゆるんでいる。というかにやけている。

「はーい、どちらさまですかー?」

 幸せ気分でころんは玄関のドアを開けた。

「あれ、ころんじゃないか。奇遇だね」

 玄関前に立っていた柳原(やなはら)相模(さがみ)の笑顔に、ころんの笑顔は凍りついた。

「………………」

 ころんは笑顔を凍りつかせたまま、無言でぱたむ、とドアを閉めた。そしてそーっと、もう一度ドアを開けてみる。

「どうしたの、ころん。中入れてよ」

 再び相模の笑顔が出迎える。ころんは赤い顔を一変させた。

「……い」



「いやぁあああああっ!」

 咲に離乳食を食べさせていた響、散らばったおもちゃを片づけていた紗雪は、突如聞こえてきたころんの悲鳴に、それぞれ部屋を飛び出した。

「どうした!? ころん!」

「高天! 変な奴でも来たのか!?」

「変な奴とは失礼だな。せっかく来てやったのに」

 微笑したまま相模が言う。響は愕然として「相模? なぜ……」と言いかけたが、ころんと紗雪が同時に叫んだ。

「「なんで、あんた/お前が、ここに来るのよ/んだ―――っ!」」

「あれ? 紗雪もいたんだ。二人とも、人を指差しちゃいけないって習わなかった?」

「そんなことどうだっていい!」

「そうよ! 質問に答えなさいっ」

 紗雪ところんが交互に怒鳴る。

「いやぁ、響が一人であいつらのお守りをするっていうのを、ちょっと小耳に挟んだからさ、一人じゃ大変だろうと思って見に来たんだよ。

 でも、まさかころんたちがいるとはね。俺が来る必要なかったかな」

 カラカラと笑う相模に、本当にその通りよ、ところんは恨みがましく、上目遣いで相模を睨みつける。

「まあせっかく来たんだし、上がらせてもらうよ」

(帰れ――――っ!!)

 心の中で、ころんと紗雪は叫んだのだった。




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