第13廻 暗躍する相模の策略
「へぇー、それでころんたちがいたわけだ」
咲に食事を与えるころんを眺めながら相模が言う。
ころんはむすーっとむくれたまま、相模の方を見ようともしない。当然、紗雪も同席していて、不機嫌オーラを放ちまくっている。
「まあ、そういうわけだ。今のところは人手が足りないわけじゃないから、困ってはいないんだがな」
「それじゃあお邪魔しちゃったかな。ころんもなんか残念そうだし」
「なっ。別に残念そうになんかしてないわよ!」
「ふぅーん?」
明らかに、図星だなと言っている笑みに、ころんは小さく「うっ」とうめく。響は「?」と小首を傾げた。
「……あ、咲ちゃん、もうごちそうさまね。じゃ、あっちでまた遊ぼうか」
精一杯の笑顔で、ころんは咲を連れてダッシュで逃げる。紗雪も席を立ち、無言で相模を睨みつけてから、リビングを出ていく。
そんな二人を見て、相模はくすっと微笑む。咲の食器を片付けながら、響は問いかけた。
「それで? 本当に何しに来たんだ?」
「だからお前の様子を見に……」
「俺はお前に言われた通り、高天を家に招いた。だが、お前も来るなんて聞いてないぞ!」
手を止めて怒鳴る響に、相模はふっ、と冷笑を浮かべた。
「言ったらお前、反対するだろ? 自分の目でころんの様子を確認したかったんだよ。
俺の思惑通り、ころんはすっかりお前にほだされてるな」
ぐっと言葉に詰まり、響はシンクに食器を置き、食器を洗い始めた。リムルティーを飲み干し、相模は続ける。
「紗雪までいたのは予定外だが、予想範囲内ではある。このままいけば簡単にころんを陥とせる。ふふ、楽しみだな。ころんが陥ちて、毀れた時の顔が」
酷薄な笑みを浮かべる相模。響はボタンを押して水を止め、諭すように言う。
「相模……もうそんなことはやめろ」
「ん?」
「そんなことをしてなんになる! お前のためにはならないぞ!」
喚声を上げながら、響は相模に詰め寄る。
「いつまでも過去を顧みて…過去にしがみついて……っ。
こんなことを続けていてもキリがない! むなしくなるだけだ!
後悔することになるぞ!! そうなる前に……」
「――過去にしがみついているのはお前も同じだろ?」
「!」
びくっと響は肩を震わせた。相模は蔑みを込めた目で、響を上目遣いに見上げる。
「普段は平静を装っていても、その話題が出るたびに昔のことを悔やんで、自分の殻に閉じこもる。そんな奴が言えた義理か?」
相模の一言一言が響の胸に突き刺さる。俯き、震える声で響は言う。
「……俺のことは、どうでもいいんだ。とにかく高天には、手を出すな……」
「やけにあの女の肩を持つな。そんなにあの女が大事か? ――麗美よりも」
「麗美と高天は違う。ただ……」
『あ、碧君の役に立てるなら……っ、私、なんでもするから!』
ころんの言葉を思い出し、響は自分の無力さに――情けなさに打ちひしがれる。
「ただ……」
「ただ、なんだよ」
相模の瞳が冷えていく。氷の杭で心臓を貫くような、痛みと冷たさ。
「高天は……偽善じゃない……本当の優しさを、くれるから……」
(こんな、俺と違って)
相模はどうでもよさそうに頬杖をついた。
「まあ、あの女から手を引いてやってもいいけど……」
期待して顔を上げた響に、希望を打ち砕くような言葉が浴びせられた。
「――その代わりに、今度は麗美を狙うぜ」
「なっ……」
「それでもいいなら、あの女から手を引いてやるけど?」
冷え冷えとした瞳には、なんの感情も浮かんでいない。いや、一つだけ。女に対する憎悪だけが、氷の中で燃えている。
「……っ、それだけはやめてくれ! 麗美には手を出さないでくれ。麗美だけは……っ」
守らなくては。相模が誰を傷つけようとも、見て見ぬふりをしてきた。止めるべきだと知っていても、協力してきた。失いたくないから、甘受した。
でも、一人だけ、どうしても守りたい人がいる。どんなことをしても、麗美だけは。
「頼む……」
うなだれ、テーブルに手をついて懇願する響。相模はにやりと笑い、響の顔を下から覗き込む。
「ならもう俺のやることに口出しするなよ? 余計な真似したら――解ってるな?」
「……分かった」
相模は満足げに笑うと、響の顔に手を伸ばして囁く。
「あいつに対しても、麗美に対しても、罪悪感が消えないお人形ちゃん」
びくっ、と肩を震わせる響。相模は声を低くする。
「お人形はお人形らしく、俺に従っていればいいんだよ」
「…………」
「それじゃあ、俺も弟共と遊んでくるかな」
一転して普段通りの明るい声で、相模はリビングを出ていく。テーブルに手をついたまま、響は小さく声を漏らした。
「……麗美……」
守らなくては。たとえどんな犠牲を払ってでも、お前だけは。
そんなことで、償いにはならないと分かっていても。
ぼむっ。
「どぅわっ」
子供部屋のドアを開けた途端に、ビニールボールが飛んできた。相模は紙一重で避け、ボールを受け止める。
「あー、さがみだー」
ボールを追いかけて、蓮が走ってくる。
相模はボールを蓮の頭にボン、と乗せて、女の子なら思わず、どきっとしてしまいそうな笑顔を浮かべる。
「やあ、蓮君。久し振りだな。元気そうで何より。ところで――」
そこで言葉を切ると、相模はずいっと蓮に顔を近づけ、
「いい加減呼び捨てにするのは、や・め・ろ」
と、すごむ。蓮はむっと眉根を寄せると、頭の上のボールをつかみ、そのまま相模の顔にぶつける。
「ふぶっ!」
顔を押さえてよろめく相模に、べーっとあかんベえをして、蓮は跳ね返ったボールを追いかけながら、ころんたちのところへ走っていく。
「ってー……。蓮の奴、いつもふざけやがって……」
こめかみに青筋を立て、相模は鼻の頭をさすりつつ、一人、ボール遊びに加わっていない稟の隣に座った。
「相変わらず生意気だな、お前の弟君は」
「…………」
「もしもーし、聞いてますかー」
本に視線を落したまま、稟は抑揚に乏しい声で問いかけた。
「……相模お兄ちゃん、響お兄ちゃん、イジメに来たの?」
「さて、それはどうでしょう」
「それとも……あのお姉ちゃん、イジメに来たの?」
誰を指しているのかは訊かなくとも分かる。的を射た言葉に、相模は「さあ、どうだろうな」と小さく冷笑した。
それから昼の時間まで、ころんは子供たちの相手をさせられた。ボール遊びに飽きれば、ジャングルジムやすべり台。
さらにそれに飽きると、蓮のヒーローごっこにつき合わされた。
てんてこ舞いのころんに比べ、相模はというと、稟の隣で笑って見ているだけだったりするのだ。
そんなこんなで、ランチタイム。リビングの時計が十二時を報せる。
「ふえー、疲れた~……」
食卓で、ころんはぐったりと箸を進める。完璧に子供たちの体力についていけていないのだ。
紗雪は武術を習っているだけあって、平然としている。
「だいぶ苦労しているようだな。だが、こいつらの暴れぶりはまだまだこれからだぞ」
蓮の口の回りを拭きながら、響がさらりと言う。ころんは「子供の体力ってすごいわ……」と力なく笑った。
「この程度でへばってちゃ、こいつらのお守りなんてできないよ?」
にっこり笑う相模に、ころんはぐっと箸を握りしめる。
「あんたは何もしてないでしょーがっ。えらそうなこと言わないでよ!」
「蓮、キャベツをこぼしてるぞ。あ、咲、また口の回りが……」
からかうように笑う相模の隣で、響がせっせと弟たちの世話を焼いている。
相模は焼きそばを小皿に取りながら、
「そんなことないよ。ちゃんと見守ってあげてたじゃないか」
「そんなの“何かした”のうちに入らないわよ!」
「ころん、こんな奴に期待するだけムダだ。サルの方がよっぽど使える」
紗雪がスパッと切り捨てる。「ひどいなぁ」と相模は苦笑するが、こたえた様子は微塵もない。
賑やかな食事風景。そうしてランチタイムが終わると、満腹になった子供たちは再びころんたちに遊ぼうとせがむ。
「ええ、またぁー? お姉ちゃん、疲れちゃったよ」
ため息をつくころんに、「つまんない、つまんなーい」と駄々をこねる蓮。見かねて響が提案する。
「お前たち、テレビでも見ていろ。この前、録った奴はまだ見てないんだろ?」
テレビのリモコンを取りに、響が席を立つ。
「あ、そうだ。バトライザーみたい!」
蓮がころんから離れる。稟と咲もつられるように離れていった。子供たちから解放されて、ころんはほっとした。
「あいつら好きだよなー、バトライザー」
頬杖をついた相模が笑いながら言う。『無敵超人バトライザー』。幼児から小学生の間で人気の特撮戦隊物の番組だ。
テレビに目を向けると、映画らしく、長ったらしいナレーションが始まった。
「これでしばらくはおとなしいだろう。高天もこの間にゆっくり休んでいてくれ」
「うん。ありがとう、碧君」
戻ってきた響にころんは笑いかける。
「あ、そういえば碧君。ご両親っていつ頃帰ってくるの?」
「夕方には帰ると言っていたが……たぶん、多少ズレるだろうな。でも、今日中には帰ると思う」
「そうなの。ねぇ、碧君のご両親って、ヒューマノイドの研究をなさっているのよね? 具体的にどういうものか聞いてもいい?」
これまではさほど興味がなくて、新聞やテレビでも素通りしていたのだが、響の両親だと知った今、少しだけ興味がわいてきた。
チェリーを見てもその技術はハイレベルで、感動した。
「ああ、構わない。その、両親の仕事は幅広くてな…」
《雅幸ちゃんと千春ちゃんはね、主に開発に携わってるのよ!》
言葉を選びながら響が話し出すと、チェリーが割って入ってきた。
ころんと紗雪は慣れていないので驚くが、響と相模はまったく動じていない。
相模に至っては、にっこりと笑顔で対応する。
「やあ、チェリー。久し振り」
《あれっ、相模ちゃーんっ。顔見たの久し振り! 元気だった?》
「ああ。チェリーも相変わらず元気だなぁ」
ホログラフィー投影機の中でぴょんぴょん飛び跳ねるチェリー。動きに合わせてリボンや服、髪もちゃんと揺れる。やっぱりすごい。
《もー、全然遊びに来てくれなかったでしょ~》
「……まあ、いろいろ忙しくて」
ふと相模の目がどこか遠いところを見る。わずかに仄暗い光が灯ったことに、ころんたちは気づかなかった。
「ねえ、もしかして柳原と碧君って、昔からの知り合いなの?」
「お、少しは俺のことに興味持ってくれたの? ころん」
ころんの疑問に、相模はテーブルに頬杖をついてうれしそうに笑った。
「別にそんなんじゃないわよ! ただ、前にもそんな雰囲気あったから聞いてみただけよっ」
「三、四年前かな? ユウが通ってた塾に響も通ってて、その縁で知り合ったんだ」
「あっそう。で、話は戻るんだけど」
「おいおい、もう少し突っ込んで聞いてくれよ」
「私は碧君のご両親のことを知りたいの!」
話が脱線してころんは苛ついていた。相模はにやりと笑う。
「まずは外堀から埋めようってことか。ころんもなかなかやるね」
「? どういう意味よ」
「家族のことをよく知って、少しでも話題作りしたいんだよな?」
相模の示す意味を知り、ころんは顔を紅潮させた。
「そ、そんなつもりじゃないわよ! ただヒューマノイドのことよく知らないから……それだけよ!」
「ふぅん? まあそういうことにしておいてあげる」
「おい、柳原。さっきから黙って聞いてればずけずけと……あまりころんを刺激してくれるなよ?」
「相変わらずころんにべったりだなぁ、紗雪」
「勝手に下の名前で呼んでんじゃねぇ」
紗雪の目が据わっている。ボコボコにしてもらいたい気持ちもあるが、すぐ近くに小さな子供たちがいるのだ。
それにここは響の家だ。暴力沙汰を起こして、悪印象を持たれたくない。臨戦態勢の紗雪を、ころんは手で制した。
「ユキ、我慢して。私も正直、はらわたが煮えくり返りそうだけど、今は我慢して」
「……ころんがそう言うなら、今は我慢する。……後で覚えてろよクソ野郎」
「最後に小さい声で何か言われた気がするけど」
《お友達いっぱいいると賑やかで楽しいねー!》
場の雰囲気にそぐわないほど、チェリーが明るい声と笑顔で言った。響は複雑な気持ちで、ため息をついた。胃が痛くなりそうだ。




