35. 殿下とのダンス
一曲目、二曲目と音楽が終わり、いよいよ私がロキシード様と踊る番になった。
「アディルナ嬢、私と踊ってくれますか?」
「はい、喜んでお受けいたします!」
ロキシード様は落ち着いた声で右手を差し出し、私はその手に自分の手をそっと重ねた。
ロキシード様の手に触れると、私の胸の鼓動は早くなる。今までに何度もお手に触れることもあったけれども、いつまでも慣れなかった。
それに今日は、殿下は成人の儀の正装をしていらっしゃるのだ。いつもにまして格好良かったので、この胸の鼓動が聞こえてしまわないか心配になった。
「待たせたね」
「いいえ、全然ですわ」
私がにっこりと微笑んで答えると、ロキシード様も口元を綻ばせた。
そして、そのまま私の手を取って、ホールの中央へと歩きだす。
ダンスホールの中央まで来ると、待っていたかのように三曲目の音楽が流れ始めた。
ロキシード様は私の手を取ったまま、すっとワルツの構えを取ると、周囲には聞こえないほどの小さな声で、私に囁きかけた。
「今日、君と踊るのをとても楽しみにしていたよ」
私は驚いてロキシード様の顔を見た。
けれども、ロキシード様はいつもと変わらぬ笑みを浮かべているだけで、動揺している私だけが赤面していて恥ずかしくなってしまった。
私は堪らずにロキシード様から顔を背けた。
すると、顔を見ていないのに、ロキシード様が楽しそうに笑っている気配を感じた。
「ほら、アディ。しっかり踊らないと」
「わ……わかっていますわ!」
動揺で最初のステップをいくつか踏み間違えてしまった私は、ロキシード様に軽く揶揄われながらも、彼のリードでなんとか持ち直す。
(うぅ……普段なら絶対にこんなミスしないのに……)
そんなことを少し悔しく思いつつも、それでもやはりロキシード様とのダンスは楽しかった。
私たちは子供の頃から今までに何度もダンスを踊ってきた。
出会ったばかりの同じくらいの背丈だった頃からロキシード様のリードはとても上手で、私が覚えたてのワルツを好き勝手に踊っても楽しそうに合わせてくれたし、今も私より頭身一つ高くなった身体でしっかりと支えてくださるので、私は安心して身を任せられるのでとても楽しい。
この呼吸が合う感じが、たまらなく幸せな時間だった。
「それにしてもアディ、先ほどの挨拶は実に君らしくて面白かったよ」
「まぁ、ありがとうございます。私にお二方のような凄い魔法はありませんが、国の為、民の為、そして殿下の為に自分が出来ることを考えた結果ですわ。大きなことは出来なくても、小さなこと目の前のこを積み重ねていけばきっとこの国の為になると思ってますの」
踊りながらロキシード様に先ほどの挨拶を褒められて、私は少し饒舌になって得意げに語った。あの挨拶は子供の時にロキシード様とした『一緒に国を造る』という約束を守るための、私なりの矜持だ。
だからきっと、ロキシード様もそれを分かってくれると思っていた。
けれど――彼は少し複雑そうな困ったような顔で私を見つめていたのだった。
「君が国や民の事を想ってくれるのは嬉しいよ。でも僕としては、さっきも言ったように君に危険なことはして欲しくないかな。君が傷つくのは嫌なんだよ」
穏やかな声でロキシード様はそう言うと、私の手を握る力を少し強めた。繋いだ手から、私の事を本当に案じている彼の心が流れてくるようだった。
「それは……お兄様にも叱られました。……自分の行いが間違っていたとは思いませんが、以後気を付けますわ」
(ロキシード様の喜ばせたかったのに、あんな顔をさせてしまうなんて……)
好きな人に喜んで貰いたかったのに、好きな人を悲しませてしまった。
その事実に気づいた瞬間、さっきまでの楽しさがしぼんでいく。
そんな私の落ち込みに追い打ちをかけるように、ロキシード様はさらに言葉を続けた。
「アディルナ、このまま踊りながら聞いて。僕はこの後とても大切なことを皆の前で宣言するつもりだ。君にも是非聞いてほしい。君は驚くかもしれないけど……僕はこの決断を翻す気はないんだ」
殿下はとても真剣なお顔をされていた。
その顔を見て、私は察した。
(あ……ついに、婚約者が決まるのね……)
胸が一気に重くなる。
覚悟していたこと。自分からも進言していたことなのに、いざロキシード様の口からその事を伝えられると、自分ではどうしようもない感情が胸の中を占拠した。
「……殿下が決めたことです。私は殿下のお考えを受け入れますわ。」
「……ありがとう。」
うまく笑えていたかは分からない。
それでもなんとか返事をしたけれども、その後の会話はもう何も耳に入らなかった。
私が落ち込んでいる間に曲は終わり、私は沈んだ気持ちのまま、それでも淑女らしく堂々と礼をして、ロキシード様の前から下がった。




