34. 最初に踊るのは……
「お兄様、ごめんなさい。私お兄様の体調が悪いことに全然気づかなくって……さぁ。椅子に座って休んでください!」
「いや、それは気にすることじゃない。それよりお前はもっと他のことに気が付いてくれ……」
「他の事……ですか?」
私がキョトンと首を傾げていると、お兄様は額に手を当てて俯き大きな溜息を吐いてから三秒固まった。
そして顔を上げると、ニコリとした一見笑っているような顔で私を見つめた。
私はその瞬間悟った。
あ、これ怒られる奴だ。
そして、その予感は的中する。
「いいか、武芸までは理解しようじゃないか。でもな、普通の令嬢は粗暴な男に率先して立ち向かったりしないんだよ?!」
「率先はしてませんわ。女の子が絡まれていたから仕方なくですわ。私だって暴力は良くないと思ってますもの」
「うん、女の子を助けたのは良いことだね。そこは褒めるよ。でもな……そういう時は自分で動かずに人を呼びなさい。相手が武器を持っていたらどうするつもりだ」
「武器は持っていましたわよ?倒せたから問題ないです」
お兄様が心配する気持ちが分からない訳ではないけど、でも、私は自分にできることでこの国の民を護りたい。
武芸は十二歳の時からずっと勤しんできたから自信があるので、私は窘めるお兄様に対して臆せずに反論をした。
すると……
お兄様は両手で顔を覆い、天を向いて大きな声を上げたのだった。
「あーーーーもーーーー父上も母上も甘やかしすぎだからアディがこんな規格外に育って!!」
急に大きな声を出したお兄様にビックリしたけども、私は冷静に受け答えた。
「それは、つまり……私は大物ってことですか?」
「ある意味な!!」
そう言うとお兄様は、少し乱れた呼吸を整えて再びため息を吐くと、今度はとてもまじめな顔で私の顔をまじまじと見つめた。
私の両肩にそっと手を置き、私の目をしっかりと見て、お兄様は優しい声で私を窘めたのだった。
「いいかアディルナ、もう一度言う。危険なことはするんじゃないぞ。殿下も心配していただろう?あれは、お前を想っての事だろう」
「それは……はい……」
殿下を出されてしまっては、私はそれ以上何も言えなくなった。
お兄様の言葉も、殿下の心配も、どれも私のためを思ってのものだとは分かっている。
だからこれ以上は何も言えず、私はただ静かに頷くしかなかった。
不意に、広間のざわめきが増した。
王宮楽団が演奏を始め、ロキシード様と、婚約者候補筆頭のリリエラ様のダンスが始まったのだ。
他の参加者たちも、思い思いにパートナーを探し、次々とダンスの輪へ加わっていく。
(あっ……)
私は、中央で踊るロキシード様とリリエラ様を見つめた。
華やかな二人のダンスは、ホールにいる皆の視線をさらうほど素晴らしかった。
二人が踊る姿は、まるで絵画でも見ているかのように本当に美しい。それなのに私は、ざわっとした嫌な感情を抱いてしまった。
(私が、こんな感情を持つなんて烏滸がましいのに……)
自分の中の嫌な気持ちが膨らむ前に、私はお二人の姿からそっと視線を逸らした。
「……アディルナ、お前も踊るか?」
急にしおらしくなった私を気にしたのか、お兄様が右手を差し出してダンスに誘ってくれた。
お兄様の優しさは嬉しかったけれど、私はその申し出に首を振った。
「いいえお兄様、まだ踊りませんわ」
私は少し微笑み、凛とした姿勢でお兄様を見つめながら言葉を続けた。
「やはり最初は、殿下と踊りたいんです……。あ、お兄様は私のことは気になさらずどなたかと踊ってきて良いですよ」
私は三番目の殿下の婚約者候補。だからロキシード様と踊るのも三番目だ。
それまでは好きに過ごして良いことになっているけれど――
それでも、一番最初に踊るのはロキシード様が良いと思うのは、私の密かな願いだった。
そんな私を、お兄様は慈しむような、どこか憐れむような眼差しで見つめた。
「そうか……。では、健気な妹のために出番まで虫よけになってやろうじゃないか」
「虫……ですか?ここは王宮ですよ?虫一匹も入り込めませんよ?」
「いるんだよ。お前は気づいてないかもしれないが、案外多いんだよ。お前に群がりたい虫がね」
「えぇ?!さすがに私も、虫に群がられるのは嫌ですわ!」
王宮に虫が出たことなんて今までに一度もなかったけれども、お兄様がそう言うならば本当に出るのだろう。私は慌てて周囲をキョロキョロと見回したが、今のところ虫は視認出来なかった。
ふと横をみると、お兄様が口元を隠しながら声を殺して笑っていた。
「まぁ、お兄様。嘘を付きましたわね?!」
「嘘じゃないよ。物の例えだ。」
私は少し釈然としなかったし、何が“物の例え”なのかも分からなかったけれど――
こうしてお兄様と話していると、先ほど胸に広がった嫌な感情は、いつの間にか薄れていたのだった。




