-17 弟
ふむ…。
特に書く事は無いなっ!←オイww
「…って訳なんだよ」
「損な性格ですね」
「…いい度胸してんな」
「じゃなきゃボクシングなんてやってませんよ」
時刻はもう夕方と呼ばれる時間帯になっていた。
西高で会話をするのはいささかやり辛いという俺の気持ちを汲んでか、場所はファミレスへと移っていた。ちなみに席は窓際。
雨は止む事無く、ザーザーと地面を叩きつけている。
「っていうかお前、意外と人望あるんだな」
俺は目の前に座る少年に話しかける。
彼は少し頭にきたようで、
「意外って何ですか、意外って」
「どっちかっつーと後ろでウジウジしているタイプの人間かと…」
「ひどいっ」
若者らしく快活に笑う俺達。
その光景に他のお客さんがジロジロ。
「……ゴホンッ」
恥ずかしそうに、咳モドキ。
小松翔。
容姿は俺と同じでショタっぽい印象。
だが、目つきの穏やかさはどっかの常連客と酷似していた。
そういやあの人は稜ちゃんとはあんまり似てなかったな。
「で、その話をしたからには、何か知りたい事があるんですか?」
「ある。
単刀直入に聞くぜ。
お前、どうしたいんだ?」
「……どういう…」
「お前ウチの部長に負けてるらしいな。
小松家的には、お前は家族の子供としてはアブナイ位置に来ているわけだ。
そして稜ちゃんは茶道検定で一級を取っちまった。
お前が今回俺に負ければ、確実に稜ちゃんは…」
「分かってます」
彼は飲んでいた水をゴトンと置いた。
目が合う。
その目は、敵意に満ちていた。
「だから、貴方に勝ちます」
「…………。そうすれば、お前は自分が嫌っている親とまた過ごすんだぜ?
稜ちゃんにその重荷を押し付ければ、お前は自由に…」
「貴方は!!」
ズガンッ。
翔はテーブルを力の限り叩いた。
つーか割れていた。
分厚い木材が真っ二つだった。
店員が悲鳴をあげ、他の客の死線が集まる中、翔は立ち上がり話し続ける。
「貴方はっ!
あの場所の痛みを知らない…。
温もりも冷たさも感じない、ただ何も無い場所だ…。
学校の友も信じられなくなり、失いたくない物も失った。
大切に想ってる女も手放さなきゃならなかった!
何もかもを与えられ、何もかも手に入れる事の出来ない場所なんだ!
そんな場所に、そんな場所に…!
稜を置いていられるわけ、ないじゃないですかっ!!」
「それでもっ!」
俺も負けじと声を張り上げる。
俺の怒声に我を思い出したか、翔は怯えた目でこっちを見た。
俺は手にあるお守りを固く握り締めて、苦し紛れに言葉を吐く。
「鈴木さんは、お前にあそこにいて欲しくないんだ…」
「っ!」
「そんだけ稜ちゃんを想っているのなら、分かるだろ?
大事な奴が、辛い思いしてんのに助けられない痛み。
お前の元カノもそうだったよ…。
助けたいのに助けられなくて、体を蝕むような痛みを、背負ってた!」
黒いヘンテコな帽子を被って、人に煙たがれるような喋り方をしなきゃ、自分を保てなかった少女。
涙を流していた彼女は、暴走せざるを得なかった。
そう、壊れてしまうんだ、人間は。
たった一人で戦ってたら、自分じゃなくなるんだ。
「お前がどう思っていようが、どう考えていようが!
お前を助けてぇって思ってる奴はいるんだ!
だから俺は、今度の試合、ぜってえ負けねえっ!」
………。
店内が静まりかえる。
沈黙に次ぐ沈黙。
この状況を破ったのは目の前の少年だった。
「……そっちの事情なんて、知りません。
僕は僕で、稜を守ります」
「くっそ…!」
「それでは僕はこれで…」
そう言って、翔は雨の中を傘も刺さずに出て行った。
……いやしかし、何故俺はこんなにめんどくさい状況に巻き込まれているのだろう?
分からない。分からないが…。
あの兄弟を何とかしてやりたいと思う俺がいるんだろうな。
意味が分からないと思ってくれて結構。
俺にだってワケワカメだ。
だけど…。
「俺は……」
「すみません」
ん?
なんか女性らしき人に声をかけられた。
あー、そっか。
さっき翔の奴にテーブルぶっ壊されたから、俺が襲われてるとでも思ったのかな。
…フフ。
やはり、俺からは滲み出ているのだろうな。
圧倒的なハーレム主人公体質が…!
「はい」
「はい?」
「こちらが、お客様が壊したテーブルの弁償代です」
「……へ?」
「だから弁償…」
俺はウェイトレスと向き合うのをやめ、振り返る。
そこにあるのは残骸。
テーブルだった物。
………。
「い、いや、壊したの、俺じゃないっスよ!? おねえさん、見てたでしょ!?」
「お客様のお連れ様が壊したのですよ? そのお連れ様が帰ったのですから、もちろんそのお友達であるお客様がお支払い…」
「おかしいでしょ! 明らかに俺無罪だし!」
「知るか」
空気が張り詰める。
重くなる。
逃げたくなる。
そういうオーラが、目の前の女性にはあった。
…え?
「お前が無罪とかそうじゃないとか、どーでもいいんだよ。
金。
寄こせ」
……………。
本当に、何でこんな事になっちまったんだろうなぁっ!?(泣
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「可憐アンタもおかしな事に巻き込まれたわねー」
「蓮香…」
散々泣きに泣いた私は、駆けつけた先生に適当に事情を説明して、同じ家庭科部の同級生の蓮香と下校中です。
というか、泣き疲れました。
我ながら、ヘンテコな一日だったなぁと思います。
だって、憎しみの対象だった少年に諭されて泣くなんて、そんなラノベの主人公じゃあるまいし。
「? どしたの?」
蓮香が首を傾げました。
「何でですか?」
「だってアンタ、
楽しそう」
「うーん、まぁ、楽しいです」
「そう、それは良かった。
東高の奴ら襲撃してこいなんていわれた日には驚いたけれども…」
「その件はごめんなさいです。
私、どうも気が狂ってたみたいで…」
「いいってことよ。
どうせ被害を蒙ったのはボクシング部、しかも重症なのは脳足りんな坊主だけだから」
「うん」
話しながら歩いていると、自分の家の前まで来ていました。
下校って、友達と話し込むと時間経つの早いですよね。
私は玄関で彼女に手を振った。
「また明日です」
「うん。しっかり寝なよー」
私の目の下のクマを見てか、蓮香はそんな事を言いました。
やっぱりすごい子です、と思いました。
必要な言葉だけを、必要なときに言ってくれます。
そうすれば、人は安心感を得られます。
何で、昨日までの私は彼女の言葉を聞けなかったのでしょうか。
少しでも耳を傾けていれば、私は人を傷つける事はなかったのに…。
憎しみや強い傲慢は、自身に歯止めを効かせられなくなる。
今の翔君は、そういう状況にあるのでしょう。
それが、今一番悲しかったです。
…でも。
「私にも、やれる事があるのでしょうか……?」
私は制服のポケットからとある紙を取り出します。
一般的な名刺です。
ネズミのイラストが描かれたそれには、電話番号と住所、そしてこれを私のトンガリ帽子に入れた人物の名前があります。
そして殴り書きで…。
「…どこのホストですか貴方は…」
そういう私の頬は、緩んでいた気がします。
名刺には、
『家に帰ったら電話してくれ。翔の事で頼みたい事がある』
私は何かができるかもしれないという希望に、どきどきを抑える事が出来ませんでした。
やっと一日が終わりました。
こんなに長くなる予定はなかったんですが…。
次回を境に、物語はクライマックスへ向かいます。
怒涛の展開お楽しみに^^