奇妙な噂話
俺たちが教会へ向かっていた同時刻。
レイラさんたちもまた、別行動で藍涙と干害の情報を集めるため、西城下町へと繰り出していた。
街の至る所に、奇妙な顔が描かれた太陽と月のタペストリーが飾られている区画。
西城下町は、水神とは別の分派の神を崇拝している地域だった。
見慣れないシンボルに気づき、ミレが足を止める。
しばらくそれを見上げたまま、首を傾げた。
「この模様、いろんなところにあるのにゃ」
「日と月のタペストリーですね」
ナミダさんが静かに口を開く。
「カエデ王国でも、この周辺でしか見られないんです。観光客にも人気らしいですよ」
「そうなんですね」
情報収集を始めてから、すでに二時間ほど。
しかし、藍涙や干害に関する有力な情報はひとつも得られていなかった。
「足が痛くなってきたのにゃ……」
目的は達成できないまま、疲労だけが足に溜まっていく。
ミレたちは完全に行き詰まっていた。
ナミダさんが小さく俯く。
「図書館が開いていれば、もっと早く情報も集まるのですが……」
「仕方ないわ。休館日なんだから」
レイラさんが、しょんぼりと垂れたミレの猫耳を優しく撫でる。
「少し休憩しませんか? 私も足が疲れてきました」
「そうね。どこか座れるところはないかしら」
リナが辺りを見回す。
ちょうど、酒場のテラス席がひとつ空いていた。
「あそこにしましょう」
四人は酒場の前へ向かい、酒樽を加工した簡素な椅子に腰を下ろす。
ほどなくして、看板娘らしき女性が注文を取りにやってきた。
「いらっしゃいませ! 何にいたしましょうか?」
「夕暮れのレモネードを四人分お願いします」
「かしこまりました!」
女性は明るく答え、店内へ戻っていく。
「水神の情報、なかなか集まらないわね」
「謎だらけの女神様なのにゃ……」
「せめて神格の情報だけでも分かればいいんですが……」
手探りで情報を集めていたものの、成果はゼロ。
別の方針に切り替えようにも、手がかりすら見つからない。
完全に手詰まりかと思われた、その時だった。
「おや、もしかして神格について気になりますか?」
振り向くと、先ほどの看板娘がビールジョッキを両手に持って立っていた。
ジョッキには、並々とレモネードが注がれている。
「えっと……聞こえてましたか?」
「はい、ちょっとだけ」
レイラさんはわずかに頬を赤くする。
だが、その瞬間、ひとつの考えが浮かんだ。
(もしかしたら……この人なら何か知っているかもしれない)
確証はない。
それでも、何も手がかりがないまま時間を浪費するよりはずっといい。
「私が分かることなら、お答えしますよ」
女性は人懐こい笑みを浮かべた。
「あの、この街に伝わる神について教えていただけませんか?」
水神の情報なら、一気に事が進む。
仮に違ったとしても、神格の情報が得られれば状況は変わるかもしれない。
そんな藁にもすがる思いだった。
「この街の神格ですか……あ!」
女性は何か思い出したように声を上げた。
「そういえば、今度カエデ王国近くの遺跡で、月の神の儀式があるんですよ」
その言葉に、ミレが勢いよく身を乗り出す。
「月の神、ですか?」
「はい。街に飾られてるタペストリー、見ました?」
レイラさんは先ほど見た奇妙な太陽と月のタペストリーを思い出した。
不気味さと神秘が同居する、不思議な意匠。
どこか人の心を強く惹きつけるものがあった。
「あれが、月の神の姿なんです」
「その月の神や太陽の神の情報って、どこで手に入りますか?」
「図書館にある歴史書に載ってますよ!」
女性は明るく続ける。
「よかったら、開けましょうか?」
「開けられるんですか?」
思わずレイラが聞き返す。
看板娘は胸を張って頷いた。
「図書館の管理人、私の親戚なんです。臨時で管理も任されていて、スペアの鍵も持ってるんですよ!」
思わぬ助け舟だった。
ミレとレイラさんが同時に頭を下げる。
「助かります」
「お世話になりますのにゃ!」
「いえいえ。シフトが終わるまで待ってもらえれば、すぐ開けますよ!」
水神に繋がるかどうかは、まだ分からない。
それでも、確実に状況を動かす可能性を持つ――神の情報。
その手がかりが、いま目の前に現れていた。




