神に迫る女魔道士
麗華がパン、と軽やかな音を立てて手を叩いた。
静まり返っていた教会の中に、その音が小さく反響する。
「そうだ、私たち魔術師に会いに来たんだった」
思い出したように顔を上げると、麗華は隣に立つ長身の男へと視線を向けた。
古い石造りの教会。
高い天井からは薄暗い光が差し込み、長椅子と祭壇が静かに並んでいる。
外の街の喧騒とは別世界のように、ここは妙に静まり返っていた。
その静寂の中で、麗華の声だけがはっきりと響く。
「ねぇ、レイバトスさん」
呼びかけられた男は、ゆっくりと首を傾けた。
「なんでしょうカ?」
片言混じりの口調。
長いローブをまとったその男――レイバトスは、細い目を穏やかに細めながら麗華を見る。
麗華は少し身を乗り出した。
「この教会の近くに、藍涙の預言をしたっていう大魔道士はいませんか?」
その言葉を聞いた瞬間だった。
レイバトスの表情が、ほんのわずかに変わる。
細い目がさらに細められ、思案するように顎に手を当てる。
どうやら、心当たりがあるらしい。
「ほう……」
小さく息を吐くと、レイバトスはゆっくりと口を開いた。
「大魔道士……レビア大魔道士の事デスカ」
その名前は、宝たちにとって初めて聞くものだった。
宝が眉をひそめる。
「レビア……それが預言者の名前か?」
「うん」
隣で茜が頷く。
彼女は少し声を潜めるようにして続けた。
「レビア・カーディナル。王宮に仕える人類最高峰の女大魔道士」
そして、少し間を置いてから言う。
「なんと……千五百年も生きてるって言われてる人だよ」
「1500年!?」
麗華が思わず声を上げた。
教会の静寂が一瞬で破られる。
宝も思わず眉をしかめる。
「聞いたこともないような長寿だな……」
人間の寿命では到底あり得ない数字だ。
だが、レイバトスは淡々と続ける。
「ヒノキで唯一、特妖に分類される妖術使いでもありマス」
その言葉が落ちた瞬間。
教会の空気が、ぴたりと止まった。
特妖。
それは妖怪の中でも、神格に迫る力を持つ存在に与えられる階級。
ただの強者ではない。
国家一つを単独で揺るがす存在。
宝の脳裏に、ある戦いの記憶が蘇る。
――マジュリア。
あの地で死闘を繰り広げた怪物。
兆笈。
都市を丸ごと破壊しかねない、あの規格外の化け物。
(あれと……同格?)
宝は小さく息を吐いた。
麗華も思わず口元を押さえる。
「そんなの……人間の国にいていい存在なの?」
半ば冗談のような言葉だったが、笑う者はいない。
宝は腕を組み、天井を見上げた。
(厄災級の存在だな……)
そんな化け物が王宮に仕えているというのだから、この国の魔術レベルは相当なものだ。
沈黙を破るように、茜が恐る恐る口を開いた。
「その……レビアさんって、今どこにいるんですか?」
レイバトスは穏やかに微笑む。
「もう時期ここに来るはずデスヨ」
その言葉が終わるのと、ほぼ同時だった。
重厚な教会の大扉が――
ギィィィ……と、ゆっくりと開いた。
古い蝶番が軋む音が堂内に響く。
外から差し込むのは、沈みかけた夕日の光。
黄昏の黄金色の光が、長い影を引きながら石床を照らしていく。
その光の中に。
一人の女性のシルエットが立っていた。
逆光のせいで顔は見えない。
だが、はっきりと分かる。
しなやかな腰のライン。
ゆったりと揺れる長いローブ。
そして、女性特有の豊満な身体の輪郭。
ゆっくりと――
影が動く。
カツ、カツ、と靴音を響かせながら、女性は教会の中へ歩み入ってきた。
その度に、空気がわずかに震える。
まるで見えない何かが、この空間を満たしていくようだった。
やがて彼女が光の中へ踏み出した瞬間。
その姿が、はっきりと露わになった。
二十代前半ほどに見える若々しい容姿。
張りのある白い肌。
そして――光を吸い込むように深い、藍色の瞳。
胸元を豊かに押し上げる紺色のローブ。
頭には、魔女を思わせる巨大な三角帽子。
そしてその手には。
鏡のように磨き上げられた水晶玉が、静かに握られていた。
その姿を見て、レイバトスが恭しく頭を下げる。
「いらっしゃいまシタ」
女性は堂々とした足取りで歩み寄り、宝たちを見渡した。
そして、楽しそうに口元を歪める。
「ほう?」
快活な声が、静まり返った教会に響く。
「どうやら……先客がいるようだな」




