化け猫の信念
関所前は、もはや戦場と呼ぶには生温い光景だった。
人間と妖怪が入り交じり、叫びと咆哮、金属音と骨の砕ける音が渦を巻く。
俺はその只中で、異質な妖気のうねりを感じ取り、思わず眉を寄せた。
――膨大だ。
だが、ひとつの巨大な圧ではない。
強大な個体の存在感ではなく、無数の妖怪が寄り集まった歪な集合体。
(……群れか)
その気配は、戦場の外縁から波のように押し寄せてくる。
「この感じ……敵の援軍か」
「増援は我々で食い止める!」
ホップタウン警察隊隊長・田所が、怒号を張り上げる。
中妖クラス……だが、その背中には数百の市民の命が乗っている。
「宝殿と柳一殿は本丸を叩け!!」
田所隊長の号令と同時に、警察隊と冒険者たちが前に出る。
次の瞬間、妖怪の群れと正面衝突。
地面が震え、衝撃波が走る。
数と数がぶつかる戦いは、技や術の応酬ではなく、命の消耗戦だった。
「宝、残りの上妖は最後尾で待機している」
「了解! 増援は頼んだぞ、田所隊長!」
軍刀を掲げる田所に背を向け、俺と柳一は本陣へ走る。
「……死ぬなよ、田所さん」
柳一の呟きが、爆音に掻き消えた。
――――
――――山童戦――――
一方その頃。
関所の外縁、瓦礫と倒木に覆われた戦場で、
ミレと玲は、異様な妖気を放つ山童と対峙していた。
「ホップタウンには……一歩も入れさせないのにゃ」 「ええ。ここで、終わらせる」
玲が南蛮銃を構え、即座に引き金を引く。
妖力を纏った弾丸が夜気を裂く。
「グキキ!」
山童は跳躍。
信じ難い機動力で弾丸を躱し、そのまま玲へと飛びかかる。
「やらせないのにゃ!」
[『土妖術』土爪]
紫の妖力を帯びた巨大な爪が宙を裂く。
山童の腕を斬り裂き、強引に後方へ弾き飛ばす。
大地に深い爪痕。
粉塵が舞い、紫の残光が夜に滲む。
「助かったわ、ミレ」
玲は即座に軍刀を抜き、距離を詰める。
月光を反射した刃が、迷いなく振り下ろされる。
「ここで、散りなさい!」
「グキキ!」
妖力を纏った斬撃を、山童は素手で受け止めた。
――硬い。
その瞬間、玲の脳裏に警鐘が鳴る。
(この妖怪……ただの上妖じゃない)
「隙ありにゃ!」
横合いから、ミレがダガーを振り上げる。
――その刹那。
[『超声妖術』爆音波]
「ギエェェェェェ!!」
空気が、破裂した。
超音波が衝撃波となって炸裂し、視界が歪む。
「に"ゃ…………!!」
ミレの身体が弾き飛ばされ、白目を剥いて地面に叩きつけられる。
「ミレ!!」
玲が叫ぶ間もなく、山童は距離を詰めてくる。
(音系妖術……広範囲・即効性・防御困難)
判断する暇もなく――
[『水妖術』激流一射]
玲は反射的に撃ち抜く。
激流を纏った弾丸が脇腹を穿つ。
「グギィ!」
だが、止まらない。
「グケケ!」 「……くっ!」
山童の手が、玲の喉元を掴む。
(力が……強い)
視界が狭まる中、玲は冷静に手を伸ばす。
「――離れろと言っている」
[『水妖術』水面軍刀]
抜き放たれた軍刀が、水の奔流へと変わる。
刃が山童の腕を切り裂き、ようやく拘束が解けた。
「グギ!」
山童は距離を取り、腹を膨らませる。
――来る。
[『超声妖術』阿鼻叫喚]
「ギヤァァァァァァァ!!」
超広範囲の爆音波が戦場を蹂躙する。
空気も瓦礫も巻き込み、視界そのものが崩壊する。
「が……っ!!」 「ゲボっ……!」
玲は吹き飛ばされ、頭を強打して倒れる。
ミレもまた、超音波に叩きつけられ、木に身体を打ちつけて崩れ落ちた。
立っているのは――山童だけ。
関所前の戦場は、
もはや英雄の戦いではない。
生き残れるかどうかを問われる、地獄そのものだった。




