猫娘の大演説
俺たちは、上妖の一体──一反木綿を討ち倒し、ホップタウンへ戻ってきた。
しかし、帰還した街の様子は明らかにおかしかった。
通りを行く人々は怯え、露店の店主たちは慌てて荷をまとめ、冒険者たちは武器を携えて駆け出していく。
街全体が、嵐の前のような騒然とした空気に包まれていた。
「……何があったんだ?」
「上妖が襲撃してくると、街の人々に知られたみたいね」
玲の声は低く、緊張に満ちていた。
確かに、誰かが口を滑らせたに違いない。恐怖は炎のように広がる。見えない脅威ほど、人の心を掻き乱すものはない。
「なぁ、前から気になっていたんだが──その“上妖”って、具体的にどのくらいの存在なんだ?」
「上妖は、妖怪の階級の一つ。小規模ダンジョンのボスクラスに相当するわ。パーティで挑むことが前提の、危険度が極めて高い存在よ」
玲の説明を聞きながら、俺たちは冒険者ギルドへ向けて足を進めた。
彼女は歩きながら、さらに言葉を続ける。
「妖怪の階級は“下妖”“中妖”“上妖”“最上妖”“特妖”“妖将”の六段階。今回は下位三階級について説明するわ」
彼女の視線は混乱する街並みを見据えている。
「下妖は新人冒険者でも倒せる。中妖は中堅パーティ向け。そして上妖──これは一体で街を壊滅させかねないレベル。通常なら討伐には最低でも五人以上の熟練者が必要よ」
俺はこれまで戦ってきた妖怪たちを思い返す。猪、狼、そして岩熊。確かに、上妖の戦闘力は段違いだった。
隣を歩くミレが口を開く。
「上妖の多くは、“縄張り”って呼ばれる小規模なダンジョンを持ってるのにゃ。そこを支配して生きてるのにゃ」
「つまり、風妖精の森林もその一つだったってわけか」
「そう。だからこそ、縄張りを持たずに徘徊している上妖が二体もいるのは、異常なのよ」
玲の言葉に、胸の奥で嫌な予感が灯る。まるで、何か見えない“統率者”が背後にいるような。
やがて冒険者ギルドの前にたどり着く。
扉を開けた瞬間、空気が一変した。張り詰めた殺気と戦士たちの覇気が渦を巻く。中には、柳一や野助をはじめ、歴戦の冒険者たちが集結していた。
「玲、無事に戻ったか」
「あぁ、偵察は完了したわ。確認できた上妖は二体。山童、そして一反木綿。ただし──後者は宝が撃破済み」
その一言に、室内の空気が一瞬止まった。
そして次の瞬間、ざわめきが広がる。
「……一反木綿を、一人で倒した?」
「上妖の中でも上位の妖怪だろ、それをソロで……?」
驚愕の声。信じられないという顔。
そんな中、ミレが胸を張って言う。
「ご主人は、すごいのにゃ!」
野助が笑いながらも、汗を滲ませている。
「出会った時から只者じゃねぇとは思ってたが……まさかここまでとはな」
『だが、問題が一つある。上妖襲撃の情報が漏れて、街全体がパニックに陥っている』
柳一が顎に手を当てる。
「……商人か誰かが喋ったんだろうな。恐怖は感染する。鎮めるには希望を示すしかない」
その時、野助が勢いよく手を挙げた。
「だったら、俺たちが“絶対に守る”って言やいいじゃねぇか! 不安なのは見えねぇからだ! なら、見せてやりゃいい!」
周囲がざわつく。確かに理屈は単純だが、最も効果的でもある。
だが、誰がそれをやるのか──その時、ミレが一歩前に出た。
「あの……それなら、私にアイデアがあるのにゃ」
「お前が?」
柳一が目を細める。
「うん、信じて欲しいのにゃ」
そして、ミレは噴水広場へと駆け出した。混乱する群衆の前に立ち、震える声で、それでも真っ直ぐに叫ぶ。
「みんな! 一回落ち着いて欲しいのにゃ!」
「この街に上妖が攻めてくる、その事実は変わらないのにゃ!」
人々の顔に再び恐怖の色が走る。誰かが叫び、誰かが泣き崩れる。
だが、ミレは一歩も引かなかった。
「だけど! 私たちを見て欲しいのにゃ!」
彼女が指差す先には、武器を構えた冒険者たち──そして俺たちがいた。
「やって来る上妖は全て、この街に入る前に全滅させるのにゃ! 琴爪ミレの名にかけて、ホップタウンの敷居には一歩も入らせないのにゃ!」
その叫びは、噴水の音すら掻き消すほどの気迫を帯びていた。
最初はざわめいていた民衆の目に、次第に光が戻る。
怯えではなく、希望の光だ。
「すげぇスピーチだ……!」
「この人たちがいれば……本当に守ってくれるかもしれない」
安堵の声が次々と上がり、混乱していた広場に静けさが戻っていく。
「最高だったぜ、ミレ!」
野助が拳を突き上げる。
「えぇ、胸を打たれたわ」
玲も微笑む。
「流石だ。良いスピーチだったぞ、ミレ」
褒められたミレは、恥ずかしそうに頬を赤らめ、尻尾をぱたぱたと揺らした。
「やることは決まったな」
「あぁ、ホップタウンに入る前に上妖を全滅させる」
柳一が頷く。
「有言実行だ、全員でやってやろうぜ!」
野助の叫びに、皆の拳が天へと突き上がる。
「オォォォォ!!!!」
その雄叫びは、恐怖を押し流し、決戦の地へと導く狼煙となった。
俺は静かに炎を纏い、心の奥で呟く。
「ホップタウンには、指一本触れさせない」
夜明け前の空の下、俺たちは決戦の地……関所前へと歩を進めた。
風が、戦いの始まりを告げるように鳴っていた。




