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鬼の炎帝、妖の異界を統べる  作者: 星河
カエデ王国編
103/103

月神

 茜が横に並び、夜の異界を落ち着きなく見渡している。

 空は墨を流し込んだように黒く、星の一つすら存在しない。


「ここが……月神の世界なんだよね?」

「あぁ、間違いない」


 声は平静を装っているが、わずかな硬さが混じる。

 さっきの削僧の言葉――“贄”。それが頭から離れない。


(生贄を求める神格……碌でもない類だな)


 思考を巡らせた、その時だった。


 ぐい、とコートの裾が引かれる。


「宝兄さん……あそこ」

「……?」


 茜の指が空を指す。


 何も無いはずの闇の中心。

 そこに――“満月”が浮かんでいた。


 だが。


 それは、明らかに“おかしい”。


「月……?」


 輪郭が歪んでいる。

 静止していない。脈打っている。


 そして次の瞬間――


 膨張。


 視界いっぱいに広がるほどに肥大化し、地上へと“落ちてくる”。


「来るぞ!」

「うん!」


 空間が軋む。

 圧縮された妖気が、空気を物理的に押し潰している。


(上位存在――間違いない)


 月の表面が、ずるりと歪む。


 三日月のように欠け、窪みが“顔”へと変形する。


 そして――


 ギロリ。


 巨大な“眼”が、開いた。


《『特妖』|月神》


 青白い瞳孔。

 感情という概念を持たないはずの存在が、歪んだ愉悦だけを滲ませている。


 口角が、裂けるように吊り上がった。


「贄を捧げよ……」


 風の抜けるような、空洞じみた声。

 音というより“現象”が鼓膜を撫でる。


 その瞬間。


 ――ドゴォッ!!


 茜の足元が爆ぜた。


「っ!?」


 反射的に茜を蹴り飛ばす。

 次の瞬間、地面が槍のように隆起し、彼女のいた座標を貫いた。


 吹き飛ばされた茜は、砂利を滑りながらも武器を展開。


「うぅ……ありがと!」

「問題ない」


 俺は炎を凝縮し、大剣を形成する。

 蒼い炎が刃となり、空気を焦がす。


「完全に敵対だな」

「情報収集どころじゃないね……!」


(さっきのは地面操作……いや、もっと広い)


 同時に、俺たちは動いた。


 月神へ一直線。


 だが――


 意識は、完全に俺へ固定される。


[『重力妖術』縦帯(グラビティベルト)


 空間が歪む。


 次の瞬間、頭上に“質量”が発生。


 ――隕石。


 圧縮された重力塊が、ピンポイントで降り注ぐ。


「なるほど……重力干渉か」


 踏み込み、振り上げる。


 ――ズバァン!!


 一刀で隕石を両断。

 破砕された岩塊が、周囲に散弾のように降り注ぐ。


 その隙に。


 茜が背後へ回り込んでいた。


[『夕立妖術』夕蜘蛛(スパイダー)


 光が紡がれ、網状の斬撃が展開。

 空間ごと引き裂く無数の刃が、月神を包み込む。


 直撃。


 ――だが。


「……え?」


 無傷。


 斬撃は確かに通ったはずなのに、表面に一切の変化がない。


 その直後。


 地面が唸る。


 砂利が凝縮し、巨大な岩槍となって茜へ射出。


「それくらい読めてる!」


[『夕立妖術』夕立(エンドライト)


 光弾が放たれ、岩槍を正面から貫通。

 内部から崩壊し、粉砕。


 衝撃波で視界が一瞬白く染まる。


 その刹那。


 俺はもう、間合いにいる。


 光を置き去りにした加速。

 地面がクレーター状に砕け散る。


「まずは一発だ」


 蒼炎を圧縮。

 拳大のエネルギー塊を、あの眼球へ叩き込む。


 ――ドォン!!


 爆炎。衝撃波。

 空気が焼け、砂利が蒸発する。


 だが。


 煙が晴れた先にあったのは――


「……無傷か」


 同じ顔。

 同じ笑み。


 何一つ変わらない。


「贄を捧げよ……」


 繰り返す。

 壊れたレコードのように。


 そこに意思は無い。

 ただ“機能”として言葉を発しているだけ。


「なるほどな……」


(能力無効化じゃない)


 俺は月神の周囲を高速周回する。


 炎撃、斬撃、打撃。

 コンマの時間で百を超える攻撃を叩き込む。


 衝撃の連鎖で大気が震える。


 だが……一切、効いていない。


「……どういうカラクリだ?」


 何処かから、受けたダメージと全く同じ量の揚力が供給されている?

 それとも、ダメージは受けているが無傷に見えているだけ?


 月神の巨大な眼が、こちらを覗き込む。


 理解した獲物を見下ろすように。


(気持ち悪いな……)


 攻撃は命中する。

 当たり判定もある。


 しかし……ダメージが入らない無敵の神。

 

「面白いじゃねぇか」


 口元が歪む。


「壊し甲斐がある」


 攻略法は分からない。

 だが……それは戦いの中で見つけていくものだ。


 蒼炎がより深く、禍々しく燃え上がった。

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