〜はじまり〜
「あちぃ…」
緑の葉が生い茂る山に囲まれ、目の前には海が広がる
そんな田舎の堤防に青年が1人
「今日は全然当たらねえなぁ…」
梅雨もあけ、夏真っ盛り
セミの鳴き声と潮風に自然を感じながら
青年は、釣りをしていた
青年の名前は『天星雅良』
20歳のニートである。
「潮も悪くないのになぁ」
雅良は、竿をしゃくる
している釣りは、サビキ釣り
竿先から糸が垂れて糸の先にはいくつもの針と最後に餌を詰めたカゴ
竿を上下に揺らしカゴから餌を撒いて魚をおびき寄せる、初心者でも簡単に釣ることが出来る釣り方法だ
「餌も悪くないのになぁ」
餌は冷凍された小さなエビのオキアミ
海水で解凍させて、バケツにたんまりと入っている
「場所かぁ?でも昨日と同じ場所だし、餌も結構撒いたから今更場所移動して魚が寄ってきたら勿体ねえしなぁ」
釣りは、釣れる時は釣れる
釣れない時はとことん釣れない
釣れないなら場所を移動するほうが基本的にはいいのだが、雅良はニートで金欠
せっかく撒いた餌を無駄にしたくは無かった
狙っているのは昨日と同じくアジやサバ
夏のアジとサバはまだ子どもで小さいが
唐揚げにしたり、南蛮漬けにすると絶品だ
アジやサバは回遊している
ここはやはり、移動せずに待った方がいいのだ
と自分を納得させながら餌を詰め直して糸を垂らす
「ん!?!?」
ピクンッピクンッ
竿先が反応する
手に伝わる魚が針をつつく感覚
「きたきた!」
ピクンッピクンッ……ドンッ!!!
小さな当たりが続いた後、急に大きな当たり
「えっ!?ちょ!?まっ!?」
竿が大きくしなる
糸から竿へ、竿から腕へグイグイと引っ張られる感覚
絶対に逃さまいと竿を上に立てる
「おいおいおい!サビキでこのアタリはやべえだろ!!」
アジやサバでは無い大物を確信する
使っている糸の太さを思い出しながら
慎重にやり取りをする
ここで焦っては行けない
油断したら糸を切られてしまう
だが、抑えられない興奮
「ワクワクが止まらねぇ!!」
竿のしなりは大きくなり、強く引っ張られる
グイグイと、グングンと
「なんだよこいつ…さっさと観念してくれ…」
手汗が操作を鈍らせる
(焦るな俺、大物だぞ、逃がしたら一生後悔するぞ!!)
グンッ!!グンッ!!
(せ、せめて姿だけでもっ!!)
グンッ!!!!!
ガッ!!
「えっ、ちょっ!しまっ……!!」
クーラーボックスの紐に足を取られてしまった
バランスを崩す
だが嫌でも竿は離さない
そして
ドッボーーーン!!水しぶきを上げて海へと転落
(ちくしょう、竿は離してなるものか…クソっ泳ぎにくい…)
もがく雅良
泳ぎには自信がある
まだだ、魚影を確認するまでは離せない
(だめだ限界だ、せめて姿だけでも拝んで泳ぐ………な、なんだこれは!!?!?)
おかしい
どういうことだ
糸の先を見る
何度も見る
だが糸の先に魚は居なかった
それどころか
糸は黒い渦のような、穴のような何かの先へと繋がっていた
そして糸はどんどん吸い込まれていく
(おいおい嘘だろなんだよこれ!!)
竿を離して全力で泳ぐ
だが、水面からの距離はどんどんと離れていく
(どうしてだよ!!なんで俺ばっかりこんな目に…!!)
(息が…く、苦しい…)
(もうだめだ…、ごめん…)
意識が薄れる
(ごめんよ…父さん…、)
(……。)
3時間前…