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Realita reboot 第一幕  作者: 北江あきひろ
79/95

11月9日-8



 カッチッ・・・カッチッ・・・カッチッ・・・


 …時計の針は11時をとうに過ぎ、いつの間にか日付が変わろうとしていた。




 シュッ・・・シュ・・・・・・



 カリ・・・カリ・・・カリ・・・カリ・・・・・・バンっ!!



「いよっしゃあああーーーーっっ!! ペン入れ終わったぁぁぁーーーっっ!!」


 いきなりの大声に思わず顔をあげると、やおら立ち上がったかなえさんがガッツ

ポーズをしていた。



「こっちも後ここのベタフラで終いや! おっし!!」

「トーンの圧着もこれで終り? じゃあ…わたしの方もお終いだよっ!」

「…え?! ほ、ホントに!?」


 その声に続くように、真都と絵依子の声も上がったのを聞いてか、かなえ

さんが真都たちの方に駆け寄る。


「う、うそ…ホントにできてる…。奇跡だわ…こんなに早くに完成する

なんて…!!」


 まじまじと原稿を確認したかなえさんの呆然としたような、それでいて興奮に

打ち震えているような、そんな声が一際大きく部屋に響いた。



「すごい……すごいわよ、みんな! あ、そう言えば瞬弥クンは?」

「……す、すいません…ここのビルがちょっと難しくって…まだです…」


 わぁわぁと歓声が上がり、ぱんぱんとハイタッチの音が聞こえる中、一人取り

残された僕はひたすらにペンを定規に当て、走らせていた…。



「ちっ……使えない子ね…」

「お兄ちゃんって、いっつもそうなんですよぉ。肝心なとこでホントどん臭い

って言うか~」

「グズでノロマでドジっ子か。コッテコテやな。やっぱウチが一から鍛え直し

たらなアカンかな」




 お…おまえら…おまえらってヤツは………。



 カリ・・・カリ・・・・・・・・・カタンっ!!


「で、出来ました!! これで終りです!!」


 ようやく最後の線を引き終え、ぱたぱたと軽く紙を扇いでから消しゴムを

かけると、雑然とした鉛筆の線が消え、黒く引き締まったペンの線だけが、

見る見るくっきりと浮かび上がっていく。



 ……か…完成だ!!



「うん。どれどれ……、って!! ちょっと!! 何よこれ! キミ!!」

「………っ!! す、すいません!! ど、どこか…まずかったですか…?」


 仕上げた原稿を見るなり、かなえさんの悲鳴のような声が部屋に響いた。

 その声に、さぁっ、と血の気の引く音が本気で聞こえた僕は、あわてて机の

上の道具を再びかき集めた。



「違うわよ! ……このビル、三点透視で描いてるじゃない!」

「え? あ……そ、そういう風に言うんですか? こういう描き方の方が効果的

かな、って思ったので…つい……」


「参ったわね……プロでもみんなが出来るものじゃないのに。素人の高校生が

こんなの描いちゃうなんて、呆れちゃうわ……」

「あ…あの…。ダメなんだったら描き直しますけど…」


「……? なに言ってるの? うん……いい。これ、すっごくいい!!」



 ……どうやらダメ出しではない事に、思わず僕はほっと胸をなでおろした。

 かなえさんに指摘された部分は、ラフで描かれてあったビルの絵を、さらに

迫力と遠近感が出るよう僕なりにアレンジしてみたのだ。


「そ、そうですか? 最後、ちょっと荒くなっちゃったかもですが」

「…うん。これってちゃんと消失点を外に置いてる訳じゃないのね。だから微妙に

パースが狂ってるわね」


「…………」

「でも狂いは本当にごくわずか…。こんなパースを勘で描けちゃうなんて……

…やっぱりキミ上手いわ…。あたしがキミぐらいの時は、ここまでは描けなかった

もの。少し妬けちゃうな…」



 …プロの漫画家先生からのお褒めの言葉に、これまでの苦労が彼方に吹っ

飛んでいく。

 少しだけむずがゆいような感覚を覚えたまま、僕は目を閉じ、もう一度

大きく……息を吐き出した。

 最後の原稿チェックを総出で行い、その際に出てきた細かいトーンの張り

忘れやベタの塗り忘れを一つづつ潰していき、ついに完全完璧に…かなえさんの

原稿は完成した。



「さぁ! 後はこれを取りに来てもらうだけ! みんな、お疲れ様!!」


「「「おおーーーーっ!!」」」




 ピンポーン・・・・・・・・・


 …それからものの10分もしないうちに、突然部屋のチャイムが鳴った。

 ぱたぱた、とかなえさんが原稿を入れた封筒を持って、玄関に向かっていった。




「…はぁ……。センセ。またいつもの事ですから判ってますけど、…明日! 

明日の朝イチが最後なんですからね! いつもどおり、今から原稿頂けるまで、

私ここを動きませんからね!!」


 がちゃりとドアの開く音がしたかと思ったら、すぐさま男性の疲れきった声が

飛び込んできた。いや、単に疲れてるというより、何か芯まで憔悴し切ってる

という感じだ…。



「…あの人がタントウの編集さんって人なのかなぁ?」

「うん。たぶんそうじゃないかな」

「なんか…めっちゃボロボロのヨレヨレやな……」


 ひそひそと声を潜めながら、僕たちは玄関の方の様子をうかがっていた。たぶん

毎回毎回こんな調子の綱渡りなんだろう。

 付き合わされる編集さんからすれば、まったくいい迷惑というかお気の毒と

いうかなんというか…。


「それで? 今、どこまで出来てるんです? アシは何とかなったんですか?」

 おもむろに玄関に座り込んだ編集さんが、面倒くさそうにぼやき始めた。


「まさか、半分も出来てない、なんて……言わないでくださいよ? 聞きたく

ありませんから! それでなくても今月は落とす人が多いんで、代原もギリギリ

なんですよ!」



「………!!」

 編集さんの言葉に、あまりのドタバタ騒ぎで忘れてしまっていたここに来た

本当の理由を、僕は今さらながらに思い出した。


 ジャンヌやヤンガマの漫画家だけじゃなく、かなえさんの雑誌に連載している

漫画家の人もということは……。

 やっぱりこの事件は…和夫の仕業なんじゃないのか……!?



「は…はい、それが…その…」

「ちょっと……、勘弁してくださいよ……! まさか本当に半分も出来てないん

じゃ…!」


「……ぷぷぷ…、なーんてね!! ホラホラ! なんと! 実は……もう完成

しちゃってるのでーす! じゃーーん!!」

「…はいはい、冗談は結構ですから。もうそういうのに付き合ってる余裕なんか

無いんすよ、こっちは……」



 かなえさんの小芝居じみたセリフを、本気でうっとうしそうに下を向いたまま

目も合わせずに編集さんがつぶやく。

そんな疲れきった様子の編集さんに、かなえさんが封筒から取り出した原稿を、

すっ、と差し出した。


「……ちっ。まぁ状況が状況ですんでね。この際、白紙じゃなきゃ良しとします

けどね。次こんな原稿だったら…」

「まぁまぁ、とにかく見てくださいよぉ☆」


 ・・・ぺらり


「……? …ん、こ…これは?! まさか……本当に完成してるんですか!? 

お…おぉ…、いいじゃないですか!!」



 …うさんくさそうに原稿を受け取り、ぱらぱらと適当にめくったとたん、

あわてたように編集さんの指が止まり、最初のページに戻った。

 気のせいか、急に編集さんの声に張りが出てきたような感じもする。さっき

まで力なく廊下に座り込んでいたのに、いきなり立ち上がって原稿を一枚一枚、

丁寧にめくり始めた。


「こ…これはいつもよりいいじゃないですか! 背景もちゃんと描いてあるし…

いつもより仕上げも丁寧にされてる…!」



「えぇ。今回手伝ってくれた子たちのおかげです」


「そうですかそうですか!! いや、ありがとうございます。確かに受け取り

ました! では私、さっそく社の方に戻りますので、これで! 新しいアシの

子達にもよろしく言っておいて下さい!」



「…アシの子なんていませんよ?」

「へっ……? だ、だって…手伝いに誰か入ってるんでしょう……?」



「…友達です。今日手伝ってくれたのは、あたしの友達なんです。ふふふっ」




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