11月9日-7
「…もしもし、母さん? うん、今日はちょっと知り合いの人の家に
来てるんだ。もしかしたら今晩は帰れないかもしれないから、うん、うん…
ごめん。じゃあね」
いつの間にか時間は8時を大きく回っていた。ふと気づくと、外はざぁ
ざぁと雨が降っていた。
家に電話してみると、ご飯の用意をして待ってくれていた母さんに、
「それならもっと早くに連絡しなさい!」と怒られてしまった。
「ねね、お兄ちゃん。お母さん、何て言ってた?」
「ちょっとだけ怒られたけど、珍しいって笑ってたよ。絵依子も一緒だって
言ったら、くれぐれもご迷惑をお掛けしないように、ってさ」
一応これも本当のことだ。昔は綾の家にお泊りすることも珍しくはなかった
けれど、最近はそんなこともない。ましてや、こんな風に女の人の家にお泊り
するかもなんて、健康な男子たる僕にとって……不謹慎かつ今さらながら、
ちょっとドキドキだ。
「ぶーーーー! 迷惑なんて掛けてないもん! ね? かなえセンセ!」
「あはは…そうねぇ…。でも、この量は…ちょっと多すぎじゃない?」
床のゴミを隅っこに追いやり、とりあえず開いたスペースにみんなで輪に
なって座ると、眼の前には、絵依子が買ってきた食料の数々がいっぱいに広げ
られている。改めて見ると、かなりのボリュームだ。
…その、ある意味豪華なディナーの品々に、かなえさんが少し困ったような
表情を浮かべながら、ぱくぱくと口に運んでいる。
もちろん絵依子はお構いなしに、牛丼を速攻でたいらげたあと、ガツガツと
チキンやピザを食べまくっている。
そこに…フライドチキンをかじりながら、真都がにやりと意地悪い笑みを
浮かべて、ぼそりとつぶやいた…。
「くっくっ…、…いやいや、ウチらには多すぎやけど、とあるお人には適量
と違うか? くっくっくっ!」
などといいながら投げかける視線の先には、早くも何切れ目かのピザに手を
伸ばしているかなえさんの姿があった。
かなえさんもその視線に気がついたのか、とたんにムッとした表情を浮かべた。
「……ちょっと! それどういう意味? あたしが大食いのデブだって
言いたいワケ?」
「はぁ~~? そんなん言ぅてませんけど? あれ? もしかして何か……
心当たりでもあるんでっかぁ? くっくっくっ!」
「…ふ…ふふん。判ってないわね。女の子っていうのは、ちょっとぽっちゃり
ぐらいが男の子にウケがいいのよ?」
「ほぉ~~~~。一応ぽっちゃりな自覚はあるんですな。けっこうけっこう。
くっくっくっ!」
「……ふふふ。ま、まぁ、誰かさんみたいに貧相なカラダだと、なかなか男の子
に振り向いてもらえないから大変よね!?」
「…ふふふん…そりゃ「女の子」の場合やろ? 賞味期限切れかけのオバハンは
その限りやおまへんで? それにウチはこう見えても、けっこう着痩せする方や
ねん。ご心配には及びまへんよ!」
…また二人がいがみ合いを始めた。止めようかとも思ったけれど、この戦いに
なにか僕が口を挟むのも恐ろしい気がする…。
「…だからまだあたしは24だって言ってるでしょ!!だいたいBの78ぐらいで
何を偉そうに! そういうセリフはね、せめてDカップぐらいになってから
言いなさい! ちなみに…あたしのサイズはGカップよ? おほっほっほっ!!」
「なな! せ……せやからなんでウチのサイズ知ってんねん!! だ、だいたい
やな! お、大きかったらエエいうもんとちゃうやろ!」
「あ~ら、そうかしら~? 大きさって重要よぉ~? 大は小を兼ねるって昔から
言うじゃない~?」
「…む、昔のことなんか関係あらへんやろ! さ、最近はむしろこんぐらいが
ステイタスっちゅー話なんや!」
「おーほっほっほっ! そんな恋愛弱者のたわ言なんか鵜呑みにしてる訳? いい
こと教えてあげましょうか? AからB、BからCとカップサイズが増えるたびに
「H」に近づくのよ? この意味…判るかしら~?」
「……!! なな、なにアホなこと言うてんねんっ! び、BとかCとかHとか…
オヤジかアホっっ!!」
…何かさっきから異次元の単語が飛び交っている。DカップやらGカップだの、
マンガや雑誌でしか聞いたことのない単語だ…。
でも、にらみ合ってる二人を観察してみると、確かに…かなえさんはかなり
胸が大きい。ジャージの上からでも判るぐらいなんだから、脱いだら相当すごい
のかもしれない。
それに比べたら、真都のはだいぶ控えめだ。僕は自分の手を眺めながら、たぶん
これにすっぽり収まるぐらいだと推測する。
確かに決して大きいとは言えないけれど、それも真都らしくて似合ってると
僕は思った。
…………って!!! ぼ、僕は何を見てるんだ!!!
ま、まずい…。それでなくてもドキドキしてたのに、ますます動悸が激しく
なってきた…。
えぇい! し、静まれ、静まれい!!!
「…ところれさぁ、お兄ひゃん」
雑念、煩悩を打ち消すべく、目を閉じて頭から真都とかなえさんの胸の
アップを消し、牛丼をたいらげることに集中していると、マイペースにピザを
もぐもぐ貪っていたはずの絵依子の声が聞こえてきた。
「……な、なんだ? 絵依子」
「で、お兄ちゃんとしては、どっちがいいワケ? おっぱい大きいのがいいの?
小さい方がいいの?」
「ぶほっ………!!」
こ…このバカ妹は…!!
こんな時に何を言い出すんだ!!
「あら! いい事言うわね、えーこちゃん! そうね! この際だから瞬弥クンに
決めてもらいましょうか!」
「おぅ! 望むところや!! 瞬ヤン!! このカン違い豚マンにバシッと
言うたれ!」
「なぁぁぁんですってぇぇぇ!! このガリ貧乳娘!!」
「はっ! 貧乳言うんはな、絵依子ちゃんみたいなんを言うんや! ウチは
これでもBあるねん!」
「ちょっっ! 真都さん、ヒドイよぉ!! わたしはこれからだもん! これから
大きくなるんだもん!」
ま…まずい。なんだかもう訳が判らない状況だ…。真都もかなえさんも目が
真剣と言うか、何か鬼気迫るものすら感じる。
うかつなことなんか言った日には……本気で生命が危ない気さえするぞ…。
「さぁさぁ瞬弥クン! 男子代表として答えを聞かせてもらいましょうか!」
「瞬ヤン!!」
「お兄ちゃん!!」
……3人の鷹のような視線が一斉に僕に集まる。だ、誰か助けてぇぇぇ……!!
「……あ、あのですね…その……」
「「「………」」」
「……ひ、人はパンのみに生きるに有らず、という言葉があります。それは逆に
言えば……パン無くしては人は生きられないと言うことでありまして…」
「「「…………で…?」」」
「そ、その…パンがつまり、男にとってのおっぱいとするなら! それの優劣を
競うのは無意味だと僕は思うんです!!」
「「「………」」」
「おっぱいはおっぱいである事が素晴らしいんです! ただそれだけで美しい!
おっぱい・イズ・ビューティフル!!! おっぱい……万歳!!!」
「「「……………!!!」」」
しーーーん………
や…やった! 決死の覚悟で放った僕の演説に、部屋は水を打ったように静まり
返っている。3人とも、これで納得してくれたに違いない!
「お………」
間違いなく歴史に残るであろう僕の名スピーチに激しく心打たれのか、体をぶる
ぶる震わせながら、ふいにぽつりと真都が口を開いた。
「ん? お……?」
「お……お…」
「……??」
「お……おっぱいおっぱい連呼すんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! アホ!
スケベ! ヘンタイ!!」
「え、えぇぇーーっ??!! だ、だってそれは……」
「……そうね。あたしも瞬弥クンがそんな男の子とは思わなかったな…。ちょっと
幻滅かなぁ…」
「お兄ちゃんのバカ! えっち! サイテーだよ!!」
「……………」
……な、なんで? 言えって言い出したのは……そっちの方じゃないか…。
それなのに…それなのに…!
その言い草は何だって言うんだぁぁぁ!!
「あ、あの、ちょっと……?」
「……さ、こんなエロ魔人は放っておいて原稿に戻りましょ」
「…そやな。ウチもだいぶコツが判ってきたさかい、こっからはバリバリ行く
でぇ!!」
「じゃあじゃあわたしもお手伝いするー! 消しゴムぐらいなら任せてください
よぉ! かなえセンセ!」
「うん。それじゃお願いしちゃおうかな? ミャオっちが塗ったベタをね、まず
そこのドライヤーで乾かして、それから…」
「絵依子ちゃん、あんま近づけたら紙がうにゅ~んて丸まってまうからな。気ぃ
つけや?」
「えへへ。大丈夫ですよぉ。真都さん心配し過ぎ!!」
……何でだろう…なにか…急にみんなの心がひとつになった気がする…。
そして僕だけ除け者か…ひどい、ひどすぎるよ…。
カリカリ・・・カリカリ・・・
シュッ・・・シュッ・・・シュ・・・
「……それでぇ、お兄ちゃんってホントにバカっていうか、後先考えないって
言うか~」
「くっくっくっ! ホンマや! その通りやで、絵依子ちゃん!」
「あっはっはっは! 瞬弥クンって確かにそうかも!」
カリ・・・カリ・・・カリ・・・カリ・・・
シューッ・・・シュッ・・・シュ・・・
「…でね、でね! お兄ちゃんってばヒドイんですよぉ! デモクラシーのない
ことばっかり言うんですよぉ! この間だって……」
「それはちょっと許せないわね~。神経疑っちゃうわ!」
「ホンマ、瞬ヤンは最悪やな! そんで? それからそれから!?」
…相変わらず向こうでは、作業しながらの僕の悪口で盛り上がっている。
ちなみに僕がさっきまで座っていた席は絵依子に奪われ、代わりに部屋の
隅っこに急遽用意されたみかん箱の上で、僕は作業を続けていた。
……なんかもう涙も出ないや…。




