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Realita reboot 第一幕  作者: 北江あきひろ
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11月9日ー6




「ふふふっ……。でも何だかこんなの……ずいぶん久しぶりだなあ…」


 真都に怒られないように、真面目に机に向かっていると、ふいにかなえ

さんの楽しそうな声が、ペンを走らせ続ける音と共に聞こえてきた。


「久しぶりって……連載してるんだから毎月やってるんでしょう?」

「あはは…そういう事じゃないわよ。何て言うんだろ……、こんな風にわいわい

マンガを描くのって、何だか久しぶりだなぁ、って」


「……お手伝いの人とも、いつもこんな感じじゃないんですか?」

「アシの人たちとは、そんなに話したりしないのよ。向こうも判ってるから、

指示だけすれば後はどんどん進めてくれるしね。だからあたしも向こうで、

一人で描いたりする事が多いの」


 どうにか手を止めずに口も動かしていると、ペンを持ったままのかなえさんが

すっと指差した。

 開きっぱなしのドアの向こうの部屋にはベッドと机が見えた。いつもはあそこで

作業してるってことなんだろうか。



「……二十歳でデビューして、それからずっとそんな生活。もちろん漫画家に

なるのが夢だったから全然平気だし、今はとっても充実してる。だからソキエタス

の事なんか、正直言っちゃうと、どうでもいいのよねぇ……ホント」


 少しだけ手を止め、かなえさんがくすくすと笑う。


「ね……、そういえば…瞬弥クンたちは今いくつなんだっけ? 高校生……なん

だよね?」


「あ、はい。もうすぐ17歳の高2です」

「へぇ~~! もうすぐってことは…今月?」

「ですです! お兄ちゃん、今週の13日がお誕生日なんですよぉ~!」


 なぜか僕とかなえさんの間に、お茶のお代わりを持ってきた絵依子が割って

入り、勝手に答えた。

 まぁ間違ってはいないから、別にいいんだけど……。



「へぇ…、今月の13日ってことは…確か金曜日? 縁起悪いわねぇ。ふふふっ!」

「……? ……なんですか? それ……?」


「…なんかジェネレーションギャップ感じちゃうわね。知らないんだ…あの名作」

「っていうか、かなえさんって本当は何歳なんですか? なんか…妙に趣味が

古臭いっていうか…」


 飾ってあるフィギュアは特撮ヒーローが多いように見えるけれど、どれも僕は

見覚えがないし、デザインもなんとなく古い感じがする。とすると、そうとう

昔の作品なんだろう。


 そんなのが大好きってことは…つまり……。



「ちょっ! し、失礼ね…! あ、あたしは…父親や兄貴のせいで、昔の特撮が

好きなだけ! 言っとくけど、ホントにあたしはまだピチピチの24歳なんだからね!」


 …自分で『ピチピチ』なんて言うあたり、ますます疑惑が深まったような気も

するけれど、かなえさん曰く、物心ついた頃から、父親や二人の男兄弟から、自分

たちの好きな特撮モノや映画を浴びるように見せられたのが理由だという。しかも

それが古いものだとも知らなかったそうだ。

 西日本の田舎に生まれ、ほとんど娯楽のなかった自分にとって、父親が見せて

くれるビデオだけが楽しみだったのだということらしい。


 その大昔のヒーローの変身ベルトを欲しいとねだったものの、そんな物が

当時のおもちゃ屋に売っているはずもないのに、駄々をこねて両親を困らせたこと

もあった、とかなえさんが笑う。


 でもそれって……ご両親の自業自得だよな。



「あの…かなえさんはどうしてソキエタスに…会士になったんですか?」


 かなえさんの昔話に、ふいにそんな疑問が浮かんだ。そんな特撮オタクで

漫画家の女性が、いったい何がどうなって「会士」なんていう異世界の住人に

なってしまったのか。

 ぶしつけな質問だったかもしれないけれど、僕は聞くのを止められなかった。



「…別になりたくてなったんじゃないわよ。家がずっとそうだったから、あたしも

そうなったってだけよ」


「……え? ってことは…かなえさんのご両親も、もしかして会士…だったん

ですか?」


「うん。そう。母親は普通の人だったみたいだけど、父親は会士だったわ。それも

何代も続く家のね。でも残念ながら兄貴たちは当主になれなかった。だからあたし

が家を継いだの」



 …この答えは想像もしてなかった。会士って…そういうもんなのか……?

ということは…もしかしたら父さんも…。


「継ぐって…。それって…代々続いてるうなぎ屋みたいな感じですか?」

「あははははっ! まぁ、会士全員がそうって訳じゃないんだけどね。詳しくは

知らないけど、だいたい半々ぐらいじゃなかったかな」


「じゃあ残りの半分は……?」

「他の会士から紹介してもらって、入ってきた人とかもいるみたいね。あんまり

無いらしいんだけど、そこはほら、いちおう秘密結社だから。ふふふっ」


「あの…聞いておいて何ですけど、いいんですか? そんな秘密結社のことを

ペラペラしゃべって…」


 ちらり、と一瞬、僕は隣の真都の方に目を向けた。僕だけならまだしも、真都

にも聞かれて大丈夫なんだろうか。

 もっとも、当の真都は黙々と真面目に原稿に向かっているようで、話を聞いて

いるのかいないのか、よく分からない。


「んん? 別に構わないわよ? キミだってお父さんが会士だったんだし、

えーこちゃんも会士みたいなもんなんだから、まったくの部外者でもないしね。

そうだ、何だったらキミたちのこと、あたしが紹介してあげようか?」


「え!? い、いや、それは遠慮しときます……!」

「…ソキエタスに入ってると色々便利よ~? 毎月わずかな積み立てで各種

保険も完備! 各方面にある太いパイプによる安定した雇用! 格安で利用

できる保養所だってあるんだから!」


「……秘密結社の割には、すごく俗っぽいような…」

「は?! 一番重要な所じゃない! 熱海に温泉が無かったら、あたしだって

抜けたいぐらいよ!」

「ぬ……抜けるって…、そんなことできるんですか? ひ、秘密結社だったら、

口封じとかあるんじゃ…」


「…オービスを返すだけで、特にそういうのは無いって聞いてるけど。だいたい、

口封じなんて必要ないっていうか、瞬弥クンも実はまだ本気で信じてないんじゃ

ないの? ソキエタスの事」




 …まるで全部見透かしたようなかなえさんの言葉に、一瞬、どくん、と心臓が

鳴った。


「え? あ、そ、その…いえ…」


 …いや、ソキエタスの存在を信じていない訳じゃない。でも、あれだけ非現実

的な経験をしておいて、それでもまだ僕は、これを「現実」だと認めたくない

気持ちがあるのも確かなのだ。



「ふふっ。ね? 口封じなんかしなくても、そもそも誰も信じやしないわよ。

今のこの世界は科学万能の時代で、科学って言うのは客観性や演繹性、論理性が

なくちゃ認められないからね。それに当てはまらないものは表向きは存在しない

事になってるし」


 …なるほど、オービスが無ければ変身もできないし、メディウムだって普通の

人には見えない。

 証明する方法が無いんだから、やみくもにソキエタスの存在を主張しても、

頭のヘンな人扱いされるのがオチか…。




 カリカリカリ・・・カリカリカリ・・・



「まぁでも、ソキエタスが色々便利なのはホントよ? そうそう、学費免除の

提携学校だってあるし」

「え? それって…もしかして美大とか…ですか?」


「うん。そう。あたしも一応入学したんだけど、半年で辞めてこっちに出て

きちゃった! あはは!」

「な…なんてもったいない……」


「だって学校じゃマンガの描き方は教えてくれなかったし、肝心要の…絵の「力」

そのものを伸ばしてくれたりはしないのよね。技術は教えてくれるから、ただ絵が

上手くなりたいんなら行っても損は無いけど、ね」


「……………」



 カリカリカリ・・・カリカリカリ・・・

 

 カリカリカリ・・・カリカリカリ・・・



「ねぇ。瞬弥クンには夢ってある? 将来は何になりたいの? やっぱり絵を描く

仕事?」


「……え…?」


 唐突にそんな事を聞かれ、思わず僕は手を止め、顔を上げてしまった。

 確かに大昔は…中学生ぐらいまでは僕にも夢があった。芸大に行って、もっと

もっと絵の勉強をして、イラストレーターや画家、デザイナーとかになりたい…

という子供っぽい夢が。


 ……でも、少なくとも今の僕に「夢」と呼べるものなんか有りはしない。



「…いえ、家の事を考えたらそれも無理ですし」


「ふぅ…、この間あたしが言った事、もう忘れたの? 「無理」って思ってる

限り、かなう事なんか一つも無いわよ? そう考えているキミ自身が、その

状況や世界を作り出してるんだから」


「そ…それは…そうかもですけど…。でも僕は…普通の人間なんですよ。無理

ですよ…」

「そんなことは関係ないわよ。だからもし本当は夢があるなら、それを果たす

までは退いちゃダメ。負けたと思うまで人間は負けないんだから!」


「…そこっ!! エエ加減にせんかい!! ったく……なんでウチがこんな事を

言わんなアカンねん…」


 再び真都の鋭いツッコミが入り、あわてて僕たちは作業に戻ったのだった。




 …でも夢か…。今の僕が望むものは、とりあえずは就職だ。強いて言えば、絵に

多少なりとも関係のある職に就ければ、望外の喜びと言えるだろう。


 それ以上は…考えない。考えちゃいけない。そう思いながらも、かなえさんの

言葉が耳から離れず、ぐるぐると頭の中を回る。




「あはははは!! ごめんごめん! って言うか~、もしかして…瞬弥クンを独り

占めしちゃったのが気に障っちゃったのかなぁ~?」

「ちゃちゃ! ちゃう! ちゃうわっ! な、何アホなコト言うてんねん!!」


「うんうん。若いっていいわねぇ~。若さって言うのは諦めない事よ? せいぜい

頑張りなさい~♪」

「わわ、訳判らへんわホンマ! い…いつかギャフン言わせたるからな…、お、

覚えとれよ…」


「はいはい、ギャフンギャフン♪ これでいい? んふっふっふっ~」

「こ…この…。は、腹立つなぁ……」



 …しばらくの間、かなえさんの言葉で頭の中が一杯になっていた僕は、騒がしい

二人の声で、ふと我に返った。顔を上げると、何故か真都が顔を真っ赤にしながら

「う~~~っ」と唸っている。


「…あれ? 真都、なんか顔が赤いけど大丈夫?」

「や、やかましいっ!! アンタは手ぇだけ動かしとったらエエねん!! こっち

見んな!!」


「な…なんで怒ってるんだよ…ヘンなヤツだなぁ…」

「あははっ! これじゃ先が思いやられるわねぇ!! なんだかおねーさん、

ワクワクしてきちゃう♪」



 ばたーんっ!!



「はぁはぁ……ただいまーーーっ! いーーっぱい買ってきたよ~~!」


 お茶のお代わりを淹れた後、買出しを頼まれた絵依子が豪快な音を立てて

ようやく帰って来た。両手いっぱいの袋を抱えて、異様に嬉しそうだ。


 その袋の中から、お菓子やピザ、フライドチキンに牛丼などなどが、次から

次へと現れた。

 こいつ…ここぞとばかりに、自分の好きなものを無差別に買ってきやがった…。




「お疲れ、えーこちゃん♪ よっし! じゃあちょっと休憩にしましょうか!」




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