10月28日-7
「それではお疲れ様! 乾杯~~!!」
「「かんぱ~い!」」
注文したドリンクを手に、かちんかちんとグラスをぶつけ合う。
もっとも、真都だけはあさっての方を向いたまま、グラスを少し上に持ち上げただけだった。
つい、というか、流れ的におごりとは言ったものの、予算的に厳しくなりそうなことが想像できた僕は、仕方なくバイト先の焼肉屋に皆を連れてきたのだった。
ここならきっと、多少は融通も利くはずだ。
………たぶん。
「じゃあ、改めて自己紹介ね。あたしはかなえ。「高崎 かなえ」。いちおう漫画家やってまーす!」
「あ、えっと…、僕は「渡城 瞬弥」です。高崎さん、漫画家さんなんですか! すごいですね!」
「ペンネームは「夢野☆りゅん」って言うの。何なら「夢野さん」でもいいわよ?」
「あ…、あはは…じゃ、じゃあ次!」
「はーーい! 「渡城 絵依子」でーす! 女子高生やってまーす!」
「わ、若いわねー! ちょっと負けそう…あはは…!」
店に入るなり、妙にテンションの上がった絵依子が、オレンジジュースの入ったグラスを片手にけたけたと笑う。
僕と真都はウーロン茶だ。高崎さんはひとり、ビールの大ジョッキを手に、豪快にぐびぐび飲み干していく。
「はい! じゃあ次の人!」
「………」
「お、おい。真都…」
「……。「御八尾 真都」や…」
…相変わらず仏頂面で、あさっての方向を向いたままの真都を肘で突付くと、ようやくぼそりとそれだけをつぶやいた。
「ちょっとー。お寺の人! ここまで来て、そう言う態度は無いんじゃない?」
「…ウチはアンタらと馴れ合う気はありまへんよって。それと、お寺の人呼ばわりは止めて欲しいですわ。さっき名乗ったのに、もう忘れてまいました? お年のせいでボケが始まってますんかなぁ?」
「むっ! あたしはまだ24歳よ! …だいたい、こういう場所でウーロン茶ってどういうこと? ホント、ノリ悪いんだから!」
「ウチもまだ未成年やし、そもそも坊主に酒勧めるって、マジでアタマおかしいんちゃいますか? それに「まだ」24て、昔やったらとっくに行き遅れの歳ですねんけど。くっくっくっ!」
「む、昔の事なんか関係ないでしょ! あんたこそ頭の中にカビでも生えてるんじゃないの!?」
こ…この人らは…もう…。
正直言って、真都まで連れてきたのは失敗だったかもしれない。でもあの場を収めるのに、真都一人を仲間はずれにするわけにもいかなかった訳だしな…。
とは言っても…。
「な、なぁ真都。ちゃんと約束は守るから、ここで暴れたりはカンベンな。いちおう僕にも立場ってのがあるし」
「…判っとるわ。それとな、今ウチがここにおるんはアンタらの監視やからな」
「あ、そうなんだ……。い、いや、分かってる。分かってるよ。うん」
「……それともうひとつ、ウチが来たんはアンタの供養を受けるためや。そこ勘違いするんやないで」
「……? く、供養って……?」
「供養いうんは御仏や僧侶に対する捧げ物のことや。ウチらは原則、それを断れへん。断ったら徳を積む機会を奪うことになるからな。僧侶としてはやったらあかんことなんや」
「……はぁ…、そういうもんなんだ…」
「ウチが来たんはアンタのためなんやで。ったく、せやのに人を暴れ牛みたいに言いよってからに…」
ひそひそと隣に耳打ちをすると、ぶつぶつ文句を言いながらも、運ばれてきた肉を網に載せ、なかば生焼けのまま真都がひょいひょいと口に運ぶ。
…あ~、酒はダメでも肉はいいんですネ…。
「じゃ、じゃあ自己紹介も済んだことだし、しばしご歓談ください! 僕ちょっとトイレに…」
「いってらっしゃ~い! って! 高崎さん! それわたしのカルビ!」
「うふふ~~~ん。は・や・い・も・の・が・ち・! あ! ちょっとそこ! なに一人で全部ロース食べてるのよ!」
「早い者勝ちなんでっしゃろ? いま自分で言ぅてたくせに。やっぱもうボケですかなぁ?」
「か…可愛くないわねぇ…。あー、お兄さん! 赤身盛り合わせ2つと石焼ビビンバと生おかわりね!」
…ほのかに痛くなってきた胃の辺りを押さえながら、僕はトイレに行くフリをして厨房の方へ向かった。
「おう。こんな時間に奇麗所を3人も連れて来るなんざ、渡城くんもなかなか隅に置けんじゃないか。何か全員妙な格好だけどよ! もしかしてあれか? コスプレ仲間ってヤツか? オフ会の帰りか? うはは!」
奥から見ていたのか、いつものねじり鉢巻の店長が笑いながら僕を迎えてくれた。まぁ、確かにゴスロリにジャージに黒衣って格好の面子は、あんまり普通とはいえないよな…。
「あはは…一人は妹ですけど。それでその…今日の支払いなんですけど…」
「わはははは! あのペースじゃ結構いくぞぉ? まぁ三日はタダ働きは覚悟しておいてくれよ?」
「…!! あ、ありがとうございます!」
「ほら、さっさと戻りな。あんま遅いと変に思われちまうぞ」
何度も頭を下げ、店長の厚意に感謝しながら僕は厨房を後にした。
いちおうトイレも済ましてから絵依子たちのいるテーブルに戻りかけた時、あまりに意外な光景が僕の目に飛び込んできた。
隣の高崎さんとの会話に夢中になっている絵依子の小皿に、なんと真都が食べごろに焼けた肉を取り分けて、空いた大皿をテーブルの脇に片付けてくれている。
「あ、ただいま…」
「もーー! お兄ちゃん遅いー! ね、ね! かなえセンセってすごいんだよ! あの月ジャンで連載してるんだって! 『月刊ジャンヌ』!」
「へぇ…って、おまえ、それはちょっと馴れ馴れしいだろ。いくら何でも、さっき知り合ったばかりの人に…」
「いいよいいよ。キミも何だったら「かなえちゃん」とか「かなえタン」でいいわよ? それとも「りゅんタン」の方がいい? んふふっ♪」
「…「ちゃん」とか「タン」とか言う歳か。ホンマにアホかっちゅーねん…」
「んんー? そこ、何か言った?」
「いーえ。なーんも言うてませーん」
「あ…ははは………は…」
…なんだか本気で胃が痛くなってきました…。
どうか…どうかこのまま何事も無く終わりますように…。
「…ところでさ、ありがと。絵依子の面倒見てくれてたみたいで」
席に戻ってから、小さく耳打ちするように僕は隣の真都にお礼を言った。
「え? …あ、み、見てたんかいな……。そんな……面倒ってほどやないよ。ウチらの習性みたいなもんやし、ヒマやっただけやから…」
ウーロン茶を一口すすりながら、ぶっきらぼうな口調で真都がつぶやいた。でもそう言いながらも、高崎さんと楽しげに会話している絵依子を見る目は、今まで違ってどこか優しげで、それでいてどこか…何故か…悲しそうでもあった。
「絵依子のやつ、真都のことを怖い怖いって言ってたんだ。今の教えたら、きっとビックリすると思うよ」
「…余計な事は言わんでエエ。今は成り行きでこないなっとるけど、結局はあの子もウチらの敵や。ケジメはちゃんとつけなアカン」
ひそひそとした声で真都に伝えると、向こうも僕に顔を近づけながら小声でそう返す。以前のあの時のようにじろりと僕を睨みつけ、おっかないことを言いながらも、口調は今までとずいぶん違っている。
あまりに分かりやすく裏表の無さすぎる真都の態度に、つい僕の口元が緩む。
…やっぱり悪い人間じゃないんだよな。ちょっと融通が利かないだけで。
「な…なんや。ニタニタ気持ち悪い顔しよってなぁ…、…ん?」
ふと視線を感じて前を向くと、向かいの席に並んで座っていた高崎さんと絵依子が僕らをじーーっと見ている。妙に真剣そうな表情で。
「…なんかあれ、やっぱり怪しいですよね…」
「そうね。あそこだけ雰囲気違うよね……。もしかしてあたしたち、お邪魔?」
…じとっとした視線がねっとり僕らに絡みつく。
特に絵依子の視線が。な、何? 何?
「あ、アホ! 何言うとんねん! これは……ちゃう! ちゃうねん!」
「……??」
絵依子たちのイマイチ要領を得ない会話を、真都がなぜか顔を真っ赤にして否定する。そもそも何を否定してるのかすら分からない僕は、ぽかんとするしかなかった。
「…ムキになるところがますます怪しい…」
ふと気づくと、高崎さんの目が……妙にらんらんと輝いている。
い…いったい何事?!
「な…なぁ、何の話をしてるんだ?」
「…!! し、知らんわ! ウチはもう知らん!」
そう言ったきり、真都は盛り合わせの大皿を一人で抱え込んで、次から次へと秒で焼いてもさもさ口に運び始めた。
これはつまり、当分口を開く気が無い、という意思表示だな…。
「あはは! お寺の人も可愛いとこあるじゃない。ふ~ん、なるほどぉ~♪」
すかさず真都がぎろりと高崎さんをにらみつける。
でも、リスみたいに頬っぺたをパンパンに膨らませたままでにらんでも、あんまり怖くないぞ…。
「あっはっはっ! と、そう言えば…瞬弥クンだっけ? キミ、何かあたしに聞きたい事があるんじゃなかった? あー! お兄さーん! 生おかわりね!」
…そういえばすっかりその本題を忘れてた。正直、そんな事を言いだせる雰囲気でもなかったし。
高崎さんが思い出してくれて助かった…。
「あ、はい。そうなんです。その…高崎さんは驚くかもしれませんけど…」
「……? あたしに判ることだったら何でも教えてあげるわよ。それと、キミも「高崎さん」なーんて他人行儀に呼ばなくってもいいわよ。「かなえタン」でいいから☆」
「…………はぁ…」
・
・
・
…かなえさんの申し出を丁重にお断りし、とりあえず僕は今日までの戦い、これまでの出来事をかいつまんで話した。
学校での怪物との遭遇、絵依子の変身…錬装、毎夜の戦い、そして真都との出会い、さっきの恐ろしい男との戦い。それらをかなえさんは、時に驚き、時に怪訝そうな表情を浮かべながらも黙って聞いてくれた。
「…ふんふん。なるほどねぇ。会士でもないのに急に錬装できるようになったとか……、お父様の形見のオービスが使えるとか…、ちょっとにわかには信じられないところもあるけど、だいたいは判ったわ」
何か考え込むようにして、かなえさんが腕を組んだままつぶやき、ほんの少しだけ冷たい目つきで真都の方を見た。
「…それにしてもホンっトお寺の人はヒドイわね。「死んだら仇は取ったる」なんて、よくまぁそんなこと、面と向かって言えるわね」
……確かにあの時は、助けてくれない真都たちに、僕は心底怒りを覚えた。
結局たいした怪我もなく、今こうして即席カルビ丼をモリモリがっついているぐらい元気だからいいものの、もしもあの時…本当に絵依子が大怪我を…、あるいはまかり間違って死んだりでもしてたら…僕は絶対に真都を許せなかっただろう。
きっと…一生。
「ぁ…、あれはだから…しょうがなかったんや…。そういう…決まりなんや!」
かなえさんのもっともな非難に、真都がうつむいたまま抗弁の言葉を口にした。それがほんの少しだけ震えているように、僕は感じた。
「……決まり、決まりか。相っっ変わらずお寺の人らは頭カチカチね。そんなだからあたし達の邪魔もロクにできないのよ」
がたん…!
「…それは…聞き捨てなりませんな。表…出てもらいましょか……!」
…大きな音を立てて椅子が床に転がった。周りのお客さんたちの視線が、にわかに僕たちのテーブルに集中しだした…!
「ま、真都! だから騒ぎは困るんだって!!頼むから落ち着いて……!」
「……っ…」
かなえさんの『挑発』とも聞こえる言葉に、再び一触即発、という空気になりかけたのを、渋々、という風情で真都が椅子を戻し、引いてくれた。
「…かなえさん……」
…でも、今のは真都だけが悪いわけじゃない。僕は少し強い口調と視線を向けると、かなえさんがバツが悪そうな表情で頬をかいた。
「…ん。ゴメン。あたしもちょっと大人気なかった…。それで話を戻すけど……要するに一から説明したらいいのね?」
「はい…出来たらお願いします」
「了解。なら、まずはあたしたちの力…『ヴィレス』について話そっか」
唐突にかなえさんが、目の前に置いてあった石焼ビビンバのスプーンをひょいと取り上げた。
「じゃあ瞬弥クン。このスプーンを曲げてみて」
禅宗のお坊さんは、空いているお皿があると無意識レベルで端に寄せたり片付けてしまいます。




