10月27日-幕間-
プルルルル…プルルルル…プルル…ガチャっ!
「……はい。作ですが」
1回や2回で取るのは、まるで自分が待ちかねていた乞食のように感じられる。しかしそれ以上待たせては相手の心証を悪くしかねない。
取れない状況ならともかく、そうでないことを知る相手ならばなおの事だ。
ゆえに、2回半のコールで受話器を取るのが、この神経質そうな声の男、『作 和夫』のポリシーだった。
『あぁ~、もしもし。作さんですか。お世話になっておりま~す。『月刊ファンタジスタ』編集の山口と申します~』
「はい…お世話になってます」
『いやぁ~、最近はずいぶんと涼しくなりましたねぇ。そのせいでこの間、息子が風邪引いちゃいましてね。いやもう、ホントにね…』
くだらない。そんな話などどうでもいい。お前の息子が風邪を引こうが生きようが死のうが、俺には関係ない。
…思わずそう怒鳴りたい衝動に和夫は駆られたが、どうにか抑えて相槌だけを繰り返す。
「はい…それで、例の件はどうなったでしょうか」
頃合を見計らって、和夫が本題に切り込んだ。そもそも電話をかけてきたのは向こうであるはずなのに、何故自分から本来の用件に触れなければならないのかと、無神経な電話の向こう側の人物に対する和夫の怒りは、頂点に達しようとしていた。
…みしり、と握り締める受話器が、かすかに軋んだ音を立てる。
『あぁ…えっと…ですね。その…例のイラストコンペの結果は、申し訳ないですが他の人に決まりましてぇ…』
「…………」
『とりあえず近いうちに、またラノベの挿絵のコンペがありますんで、よかったらこっちの方にも参加してみてください。概要はまたFAXで送りますんでぇ』
「………………」
『…じゃあそういう事で。失礼しま~す』
ガチャン。ツー、ツー、ツー……
「うおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
!!!!!!!!!!!!」
男の凄まじい絶叫と共に、電話機本体に子機が激しく叩きつけられた。
次の瞬間、受話器は床に置かれた本体ごと蹴り飛ばされ、片方はクローゼットに、そしてもう片方は壁に激突し、木っ端微塵に砕けちった。
「っっっざっけんなあああああああああ!!!!!!! カスがっっ!!!!!!! なめてんのかぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!!!!!!!!!! 死ねっっ!!!! 死ね!!!!!!!!!! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!!!!!! クズがあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!! ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」
…それはさながら狂人の行為だった。絶叫しながら自らの部屋にあるもの全てを蹴り、殴り、叩きつけ、破壊していく。
ガラステーブルもテレビもレコーダーも、商売道具であるはずのパソコンさえも、コンペの落選という事実を告げられた和夫の狂気からは逃れられなかった。
いつ止むとも知れぬ暴虐。もはやそれは、自らの心を解放するためのものではなく、暴力そのものに酔いしれているようにも見える。
「クソ…クソ…クソっ!!! 馬鹿どもがぁぁぁ……!!! なんで俺様の絵が理解できねぇんだよ!!! あのクソったれども…! 我慢してつきあってやってりゃ調子に乗りやがって! クズどもがぁぁぁ!!! ハァっ…ハァッ…ハァっ……」
見るからに痩せぎすなこの男の口から、呪詛の言葉が止め処なく放たれ、その度に一つ、また一つ、形あるものがそれを失っていった。
数時間にも及ぶ暴挙の果て、多少精神が落ち着いたのか、それとも単に疲労によるものなのか、ともあれ和夫の暴虐はようやく収束した。が、しかし。
ドンドンっ!!
「…うっせえんだよ! 今何時だと思ってんだよ! 死ねボケっ!!!」
「あぁぁ……?」
隣の部屋からとおぼしき罵声が、再び和夫の精神を揺さぶる。狂気めいた表情を浮かべ、ゆらり、と音もなく立ち上がった男が、今しがた向こう側から叩かれた壁に対して、拳を振り上げた。
コツ…コツ……
その時、小さく部屋の窓がノックされた。
「…!! 帰ってきたか!!」
「…ギ…ぎギィ……」
飛ぶように和夫が窓のある壁に疾った。かちり、と小さく音を立てて開いた窓の向こうには、真っ黒な…この世ならぬ存在…が浮かんでいた。
それは瞬弥たちが「怪物」と呼び、彼らが『メディウム』と呼ぶ存在そのものだった。
「っ…、ま…また一体だけだと! どうなってやがるっ! クソ! クソっ!」
なかば廃墟と成り立てた部屋に黒い怪物を迎え入れた和夫の表情に、明らかな落胆の色が浮かび上がった。その口から再び禍々しい呪詛の言葉が吐き出される。
「クソッ! クソっ…! 坊主どもの仕業か…、これじゃ赤字じゃねぇか!! ちくしょおおお……!! 次のコンペまで時間もねぇのに…!!」
成人の男性にしては、やや甲高い声のトーンをさらに一オクターブ上げ、延々と毒づきながら和夫がポケットから一枚の紙を取り出した。
すると怪物は…見る見るうちにその紙に張り付き、ほんの一瞬で『絵』に戻っていった。
紙を丸め、それこそ錠剤ほどに小さくなったそれを、和夫が口に放り込んで一気に飲み下す。
「……!!!」
瞬間、和夫の体内に入った式紙が、自身の得た力とイメージを主に伝えた。
「…こいつか…このガキが…俺様の邪魔を……!!」
怪物の持ち帰った力は微々たるものだった。
だが、元々この怪物…、彼らがメディウムと呼ぶ物の仕事は、彼の放った他の式紙の統制と監視にあった。ここ最近の回収率の低さに疑念を持った和夫がやむを得ず遣わしたものだった。
メディウムがつぶさに見届けた、一昨昨日、そして今日の絵依子の戦いのビジョンが、あまさず和夫の意識に流れ込んでいく。
「キキキ…コロ、殺してやる…! 俺様の邪魔をするヤツは…殺してやる! どいつもこいつも皆殺しだ! 凡才どもが…ブッ殺してやる…!!!!! キィヒャハハハハハ!!!!!!!!!!!!!!!」
ぽっかりと浮かんだ満月の光を背に、和夫の哄笑はいつ果てるともなく続いていた。
「…ククククク……キヒヒヒヒっ…ヒャハハはははははははははははははははははははーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




