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Realita reboot 第一幕  作者: 北江あきひろ
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10月21日-2



 この間より少し肌寒いものの、それでも屋上はそこそこの人で賑わっていた。うまい具合に空いていたフェンス近くに腰を下ろし、さっそく絵依子のゲットしてきたお宝を吟味する。


「お…おお! これは幻のカニクリームコロッケパン! こっちは伝説のえびホットサンド! タマゴフレンチトーストにブラックカレーパンまで! すごい…凄すぎるぞ…! よくこんなの買えたなぁ…」


「一番乗りだったもん♪ 選び放題だったよ?」


 い…一番乗りって…。

 確かに絵依子ら1年の教室は一階で、僕たち2年や3年よりも有利なんだろうけど、それにしても凄すぎる。


「おまえ…まさかまた使ったんじゃないだろうな…?」


 ふと僕の脳裏に、朝の光景が蘇った。

 錬装した時の絵依子の動きはかなりとんでもない。その超人的パワーで、今朝は自分ひとりだけ遅刻を回避しやがったのだ。


「さ、さぁ? そのへんはご想像におまかせするよ」

「パンを買うのに父さんの形見を使うなんて…あの世で父さん泣いてるんじゃないかな…」


「ぶー! そーゆーことに使うな、なんて書いてなかったもん!」

「あのな…常識で考えたら分かるだろ……」


「……いいよもぅ……。文句あるなら食べんな! せっかく朝のおわびにって

思って買ってきたのに!」

「わわ、悪かった! ごめん、ありがたく頂きます! うおっ! このホットサンド! サイコ~!」


 ふたつに割ったパンの片方を頬張り、僕はすかさずもうひとつを絵依子に差し出した。

 まだまだ怒り冷めやらぬ、とへの字口な絵依子だったけど、僕からパンをひったくるようにして口に入れた瞬間。


「ふわわ! ホントに美味しい~! マッグのえびフィレオより全然美味しいよ!」

 ……さっきまでの怒りはどこへやら。目を輝かして絵依子が猛然とパンにかぶりつき始めた。


 実際、確かにこのホットサンドは絶品だ…。カリッとしたエビフライの食感と、ふわふわもちもちのパン。そしてまろやかなタルタルソースの絶妙なるバランス! 最の高とはこのことか…!


「つ…次はこのカレーパンだ…!」

 これも二つに割って半分こだ。絵依子はまだホットサンドを食べ終えてないので、僕だけお先に頂く。


「ここ、これも美味しい……! さすがはカレー将軍ともカレーの魔術師とも噂される男が作ったという、ブラックカレーのパンだ…!」


「ちょっ! お兄ちゃんずるい! わたしも~!!」


 大急ぎでホットサンドを飲み込んだ絵依子がカレーパンに手を伸ばし、一気にかぶりついた。


「か…辛い! でも美味い~~!!」

「ホ…ホントだ…辛いよ! でも美味しいよぉ~~!」


 わき目も振らずに二人して牛乳をちうちうと吸いながら、またカレーパンかぶりつく僕らの姿は、たぶん傍から見たらちょっとヤバい人に見えるかもしれない。でもそれぐらいこのカレーパンはヤバい。

 ……この組み合わせは何だか病みつきになりそうな味だ…!



 何かヘンなものでも入ってるんじゃないだろうな…。




「ふぅ…美味しかったなぁ……」

「そうだねぇ……。購買部のパンがこんなに美味しいなんて、わたし知らなかったなぁ…」


 絵依子の言うとおり、確かにこれなら血で血を洗う争奪戦が起きても不思議はない。至高の逸品ばかりのパンを全部たいらげ、僕たちは気が抜けたみたいにその場に座り込んでしまっていた。


 …もっとも、正確に言えば、パンは一つだけ残っているのだけど。


「ありがとな。おまえのおかげだよ、絵依子」

「ふっふっふ~~♪ 分かればいいのじゃ♪」


 あまりの美味しさに、絵依子もすっかりご機嫌が直ったらしい。余韻に浸っている今がチャンスだ。ちゃんと聞いてくれるとも思えないけれど、いちおう僕は釘を差しておくことにした。


「…でもな、あの力をこんな風に使うのは……やっぱり良くないと思うぞ。誰かに見られでもしたら、大騒ぎになりかねないし」

「うん…お兄ちゃんがそう言うんだったら…そうするよ…」

「うんうん…確かに便利かもだけどさ、でも…って、…え…えぇ…?!」


 …思ってもいなかった、言い出した僕のほうが驚くぐらい素直な妹の態度に、思わず僕は絶句してしまった。


「…わたしの方こそ、さっきはひどいこと言ってごめんね…お兄ちゃん」

「あ、あぁ、うん…、わ、分かればよろしい…」


 …それ以上何も僕は言えなかった。仕方がないので誤魔化し半分、照れ隠し半分に、僕は絵依子の頭をなでてやった。

 くすぐったそうな表情を浮かべて、絵依子は僕のされるがままになっている。


「いよーう。渡城じゃん。今日も彼女とラブラブランチタイムかよ」

 と、そこへまた鬱陶しいドレッドヘアをなびかせて、谷口くんが現れた。


「……あのね。わざと言ってるだろ。だから絵依子は妹だって」

「うっせーな。可愛い彼女も妹もいない俺にとっちゃ、どっちも似たようなモンなんだよ。つーか死ね!! 幸せそうなヤツはみんな死んじまえっつーの!! アヒャヒャヒャ!!!」


 ……幸せか。

 確かにうちは裕福とはいえないし、家も狭いけど、それでも母さんがいて、絵依子がいてくれる。それに綾や綾のおじさんおばさんや、団地の人も、いつも僕たちに良くしてくれている。

 これで幸せじゃないなんて言ったらバチが当たるってもんだ。


 そんな当たり前で…でも大切なことを改めて気づかせてくれた谷口くんに、僕はささやかながら贈り物をしたいと思った。


「うーん、確かにそうかもね…。じゃあこれ。幸せのおすそ分け。さっき買ってきたパンなんだけど…」


 とっさに僕は、さっき買ってきたまま手付かずだった抹茶キムチカレーパンを、こっそりブラックカレーパンの包装に包みなおして谷口くんに差し出した。



「え!? こ……これってまさかあの…、ブラックカレーパンかよ!!」


 目をひん剥いて谷口くんが驚いている。でも、それも当然といえる。毎日入荷するわけでもなく、入ってもせいぜい2~3個という、ほとんど幻……伝説のこのカレーパンの実物を見た事があるのは、校内でもそう多くはない。僕だって本物を食べるどころか、見たのすら今日が初めてなのだ。


「お…おまえ…いい奴だな…。すまん、俺が悪かったよ…渡城…」


 懺悔と期待が入り混じり、涙を流しながら谷口くんが包みを受け取ってくれた。きっと彼も根はいい奴なのだ。


 君に彼女が出来ないのは、その髪型が原因だと僕は思うよ。純日本人のその顔に、ムダにフサフサのそのドレッドヘアは誰が見ても似合ってないんだから…。




「ところでよ、お前、一年の加賀谷と仲良かったよな? 今日休んでるみてーだけど、どうかしたのか?」

「え? 綾、休みだったんだ」


 何となく気にはなっていたものの、一年の教室まで行って聞くのもどうかと思っていた僕は、ようやく今朝の異変に納得がいった。


「おぅ。滅多に休んだりしないからな。ちょっと気になったんだけどよ…。そっか。知らねぇか…」


 ……綾も気の毒に。

 まさかこんなのに校内ストーキングされてるとは…。


「ま、いいや。とにかくこのブラックカレーパンはありがたーくもらっとくぜ! じゃあごゆっくり! やっぱ死ね!」


 そう言い残し、風のように谷口くんは去っていった。



「お兄ちゃん…、あの人…キモイ」

「そんなこと言うな。谷口くんだってヘンなドレッドヘアを止めて、繋がった眉毛をカットして二重にして、もう少し鼻を高くして、頬骨を削ったら、少しはかっこ良くなるだろ」


「それ…もう別人じゃん……」


 …絵依子の至極まっとうなツッコミは聞こえなかったことにした。


「…そんな事よりだ、おまえ知ってたのか? 今日、綾が休みだったって」

「うん。休みだって言うのは聞いたよ。理由まではわかんないけど」


「…風邪でも引いたのかな。最近は夜になるとかなり冷えるし」

「あははははっ! あーやってば、お腹ぺろーんって出して寝たりしてたのかも!」

「ばーか。おまえじゃあるまいし、綾がそんなだらしない事するかって」

「ちょ! 何それ! って言うか、見たの!? いつ! どこで何時何分に!?」



「さし当たっては今朝の8時5分ぐらいに家で。おへそ丸出しで、気持ち良さそうに

してたぞ?」


「…う…ぐぐぐぐ……。お、お兄ちゃんのえっち!! ヘンタイ! サイテー!」



 やれやれ…この分じゃ、しょっちゅうパンツも丸見えだってことは、やっぱ言わない方がいいな…。


「それはともかく……ちょっと気になるな。どうする? 帰りに寄ってみるか?」


 わしゃわしゃと髪をなでてやりながら尋ねてみると、そんなんで誤魔化すな!と怒りの声が返ってきた。でもそう言いつつも、結局まんまと誤魔化されてしまうこいつは、まったくわが妹ながら実にバカで可愛い。


「…そうだね、なんか買ってく? ガネーシャとか菊とか?」

「おまえ…それを言うならカーネーションだし、第一お見舞い用の花じゃないだろ…。それに病気って決まった訳じゃないしさ」


 そこまで言って、僕はふとある事を思い出した。


「あ、でもまずいな…。そう言えば今日はバイトの面接があるんだった…!」

「……そうなんだ。どうしよ? わたし一人で行ってもいいけど…」




「う~ん………」




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