10月21日-1
-10/21-
「うぅん………ん……ふあああぁぁああ…」
…今日も窓から差し込む朝の光が、僕を眠りの国から引き戻してくれた。のろのろと布団から這い出た僕は、光を浴びながら大きく伸びをした。気のせいか、その光がいつもより少し眩しいようにも感じる。
「んぐ…んにゃ…んんん……」
隣の絵依子はいつも通り、まだ夢の中っぽい。眼鏡をかけ、視界がクリアになったところで、いつものように僕は隣の妹をゆさゆさと揺すった。
「おーい絵依子ー。起きろってば。ほら時間……」
「うにゃ…むにゃ……ステーキ…だぁ…」
昨日の晩ごはんの夢でも見てるのか…。一回で二度も楽しむとはさすがというか、お得な奴だな…まったく…。
呆れ半分、羨ましさ半分に思いながら、ふと見た時計は…・・・・・・え?!
「お、起きろ! 絵依子!! もう8時過ぎてる!!!」
「ふぐ…んにゃ……」
とっさに僕は絵依子の肩をつかんで、力の限りぶんぶんと揺さぶった!
こ…この時間は…マジでシャレにならない!
けれど、必死に絵依子をガクガクと揺さぶっても、まるっきりこのバカ妹に起きる気配はない…。
こ…こうなったら非常…いや、最終手段だ…!!
「起きろってば! もうすぐ綾が来るぞ!! 起~き~~ろ~~~!! 絵依子ーーーっ!!!」
びびびびびびッ!!!!!
とっさに僕は絵依子の頬に、思いっきり…ビンタを食らわせた!
…たぶん30発ほど食らわせたところで、ようやく絵依子が目を覚ました。
「ふが……おひゃよう。おひいひゃん…。なんか……ほっへたがじんじんひゅる…」
「いいからさっさと着替えろ! 40秒で支度だ! いいな!」
寝起きでふにゃふにゃな絵依子を無理やり立たし、その間に僕はダイニングへ行って冷蔵庫を開けた。
昨日母さんが用意してくれてた朝食の目玉焼きをチンしようとレンジに突っ込んだその時。
「なぁぁああああ!! なんりゃあ!! こりゃああああ!!!」
突如、洗面所の方から、悲鳴のような絶叫が聞こえてきた。
まぁ…ちょっぴりだけ、やり過ぎたかもしれない…。
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「あのね!! かわいい妹の天使のよーなほっぺたを何だと思ってんの!!」
「うるさいうるさい! 起きないおまえが悪いんだろ! いいからさっさと食べろ!!」
頬っぺたに氷枕を当てたまま、顔中をご飯粒だらけにした絵依子に、僕はすごい剣幕で罵られていた。とはいえ、今はのんびり相手なんかしてる余裕はない!
絵依子の罵声を適当にやり過ごしながら、僕はご飯をかき込むのに全神経を集中させていた。
時間は8時15分10秒前。几帳面な綾は、いつもほとんどぴったりの時間でチャイムを鳴らす。
あと3秒、
2秒、
1秒、
…00!
カウントとほぼ同時にご飯を食べ終え、お皿や茶碗を流しに置いたところで、僕はただならぬ異変に気づいた。
「…あ………あれ?」
もう時間はとっくに過ぎた。にもかかわらずチャイムはおろか、玄関からは足音も人の気配すらない。
「ど…どうしたんだ、綾……」
「え…うそ……」
思わず僕たちは呆然と顔を見合わせてしまった。綾が迎えに来ないという想定外の事態。こんな事は今まで一度もなかったことだ。
まさか…とうとう僕たちに愛想を尽かしたのか…?
「ど…どうしよう、お兄ちゃん……」
「…そ…そんなこと言われても……」
…まったくの予想外の出来事に、頭が真っ白になってしまった僕らを置き去りにして、時計の針だけが無情にもどんどんと進んでいく…。
「わ…分からないけど…、もう出ないと間に合わない! とにかく行くぞ! 絵依子!!」
時間はすでに8時20分を回ろうとしていた。今からだと全力ダッシュでもギリギリか、ちょっと足りないぐらいなのだ。
通学カバンを引っつかみ、なかば絶望的な気分で玄関を開けかけた瞬間、背中越しに申し訳なさそうな絵依子の声が聞こえてきた。
「…ごめんね…お兄ちゃん…」
その手には…『オービス』が握られていた…。
「お…おま…それは…反則だろぉぉぉ!!!」
「ごめんね! お兄ちゃぁああん!!」
あっという間に錬装した絵依子は…ひらりと窓から飛び降り、超人的な動きで学校へ駆けていった…。
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キーンコーン カーンコーン……
「まったく…朝からえらい目にあったよ…くそ…」
これでも僕は遅刻をしたことはほとんど無い。特に今の学校に上がってからはゼロだったのに、その記録はもろくも崩れ去ってしまった。
…もっとも、その記録のほとんどは、綾が毎朝迎えに来てくれていたおかげだったのだけど。
結局、ギリギリ間に合わなかった僕は、校門前で無慈悲な閉め出しを食い、その後ネチネチと生活指導の岩下先生のイヤミとお小言を有難く頂戴したのだった。
そしてようやくお昼休み。でも、今日は弁当が無いので、学食か購買部に行かざるを得ないのだけど、これも正直言って僕には気の重い話だった。
僕はどうも、あの騒がしい学食が好きになれない。だから購買でパンでも買うつもりだったのだけど、それにも少々問題があったりする。
どこもそうだろうけど、人気のあるパンはすぐに売り切れる。残り物には福があるなんてのはウソだ。最後まで残ってるのなんて、美味しくないに決まってる。
つまりハッピーなランチタイムを満喫するためには、4時間目の授業が終わると同時に、速攻で購買部へダッシュしないといけないのだ。
美味しいパンを巡って争うその様は、まさに血で血を洗う戦争と言える。ここでは誰もが明日をも知れぬ、ロンリーソルジャーなのだ…!
そして…
僕はその戦争に敗北した…。
「あの、おばちゃん、やきそばパンとか、もう無い?」
「ある訳ないだろ。今頃来てぬけぬけとよくもまぁ…」
「じゃ、じゃあメロンパンとか…」
「あんたの目の前にあるので全部だよ」
そこにあったのは、どういう人がターゲットなのか1ミリも理解できない、あまりに前衛的な創作の数々だった…。
「お、おばちゃん、このわさびマヨネーズあんパンって美味しいかな?」
「知らないよ。あたしゃ売るのが仕事で、食べるのは他の人に任せてるんでね」
「…じゃあこっちのハバネロクリームパンは…?」
「さあね。今まで売れた事は一度も無いけど」
「…………」
「どうすんだい。買うならさっさとしな。でなけりゃ負け犬は尻尾巻いて、とっとと教室に戻んな!」
「うぐ……ぐ……」
…何でたかがパン争奪戦に敗れたぐらいで、こんなみじめな気持ちにならなきゃいけないのか……。
ここの購買部は絶対何か間違ってる気がする…。
…結局僕は一番無難そうな、抹茶キムチカレーパンを一つだけ買って購買部を後にした。
いつもならそれでも、普通のパンの一つや二つは残ってるものなのに、今日に限ってはそれも無かった。とことんツイてない日だ…。
「まったく…朝から今日は散々だ…」
とぼとぼと廊下を歩きながら一人ごちていると、くい、と急に後ろから誰かに制服の襟を引っ張られた。
「もぉ。何しょんぼり歩いてんの? カッコ悪いなぁ…」
「…なんだ絵依子か…。そりゃしょんぼりもするさ……って!?」
振り向きざまに見えた、絵依子のぶら下げている袋から覗いているものは…まさか!?
「お…おまえ…それ、いったいどうやって…?」
「んふふ~ん、どん臭いお兄ちゃんと一緒にしないで欲しいなぁ~♪」
くすくす笑いながら絵依子が袋を広げると、中にはかつて見たことも無い、夢のようなパンの数々が……燦然とした光を放っていた!
「…まぁ、そんなことだろうなぁって思ってたから、お兄ちゃんの分も買っておいたんだからね。感謝するよ~に!」
ちらりと僕の手の中の抹茶キムチカレーパンを一瞥すると、得意満面、と言う表情で笑う。
「あ…ありがとう…絵依子」
「うん♪ じゃあどこで食べよっか? また屋上にする?」
「そう…だな…。今日の天気なら、そんなに人もいないだろうし」
「おっけ~。早く行こ! もうわたしお腹ぺこぺこ!」




