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Realita reboot 第一幕  作者: 北江あきひろ
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10月20日-7


 ・・・キィィィッ・・・・・・…


「…ふう。何とかギリギリ間に合ったかな…」

 制限速度を少々……どころではない猛スピードでかっ飛ばし、何とか僕たちは深夜12時を少し超えた時刻に団地に帰りついた。信号にほとんど引っ掛からなかったのも運がよかった。


 母さんやご近所さんに気づかれないよう、静かにスクーターを駐輪場に戻し、そろそろとした足取りで階段を上り、ようやく僕たちは我が家に辿りついたのだった。


「絵依子、鍵は?」

「うん、ちょっと待ってね」


 ひそひそと声を潜めて話ながら、僕は何の気なしにドアのノブを回した。

「あれ……?」

 鍵が掛かってるノブはロックされて回らない。でも、なぜかノブは…何の抵抗もなく回ってしまった。


「…おまえ、鍵かけ忘れた?」

「ぶー。ちゃんと掛けたよ? ほら」


 口を尖らせながら、絵依子がポーチから取り出した家の鍵を僕の目の前でひらひらさせる。


 …ということは…もしかして…。

 意を決して僕は恐る恐るノブを回してドアを開けた。


 …まさか…、綾が言っていた泥棒か……?!



 ・・・がちゃり



「あーら、お帰り。こんな時間にどこうろついてたの~? 補導されても知らないわよ?」


「え…あ、あれ? 母さん……?」

「ふぇ…ええぇ…!?」


  …決死の覚悟で開けたドアの向こう……ダイニングには、すっかり出勤の用意を整えた母さんの姿が…あった。


「まったくもう…起こしてって言っておいたのに、薄情な子供たちだわよ…。うっうっうっ……」



 …泣き真似をして茶化した風な母さんだったけれど、目が…まったく笑っていない。何度か見たことのあるその表情に、僕の背筋に冷たい物が走る……。

「あ…、あの…ご…ごめん……。起こせなくって……」


 とにかく今は謝るしかない。言い訳なんかしようものなら、逆に火に油だ。ちらりと壁の時計に母さんが目を向ける。


「……そうね。まぁギリギリセーフってことで今回は許してあげる。でも、次は怒るからね? いい?」

「ご…ごめん…。本当に…すみませんでした」

「ごめんなさい、お母さん……」

 二人して真剣に謝ると、ようやく母さんの顔に笑みが戻ってきた。スクーターの件もバレてはいないようだ。

 ……どうにか最悪の事態だけは免れたらしい…。


「でも母さん…よく起きれたね。目覚ましとかもセットしてなかったのに」

「え? えぇ…、急に目が覚めちゃってね。でも起きたらあんたたちは居ないし、もうビックリしたんだから」

「…うん、ごめん…」

「ふふふっ。もういいわよ。でね? する事なくて仕方ないから、これ! じゃーん!!」


 そう言ってテーブルの上の布巾を、さっと母さんが外した。そこには…!


「え…ホ、ホットケーキ!?」

「うそ! うわ~! おいしそ~~~!!!」


「どうせあんたたちの事だから、お腹空かせて帰ってくると思ったからね。夜食に後で食べときなさい。それと、明日の朝ご飯も冷蔵庫に入ってるから」


 見るからに出来たてほやほや、まだほんのりと湯気を立ち上らせているホットケーキに、さっそく絵依子が魅入られている。僕も正直…これには参った。


「…じゃあ私、そろそろ行くわね」

「え、もう行くの? まだ早くない?」

「今日は早めに行って、片付けとか引き継ぎとかやろうかなって。せっかく早起きしたんだからね」


「そっか…、判った。いってらっしゃい」

「いってらっしゃい~~! 気をつけてね!」

「あ、明日のお昼は悪いんだけど学校で何か買ってちょうだい。いい? それと……スクーターの暖機、ありがとね」

「………!!」


「…この件はまた帰ってから追求するから覚悟してなさい。じゃあ戸締りとかお願いね! いってきま~す!」


 ギィ……ゴゴンッ……


 玄関の扉が重々しい音を立てて、がごんと閉まった。かつ、かつ、と静かに母さんの階段を降りる音が段々と遠く、そして消えていった。


「あうう……やっぱりバレてたのか…」

「うん…そうみたい……」

 …それでもこの程度で済んだのは、一応、曲がりなりにも時間には間に合ったおかげか。まさに間一髪だった訳だ…。


「…明日のことを考えると気が重いなぁ…」

「うん…。お母さん、本当に怒ったらハンパ無いもんねぇ…」

 いつもは優しい母さんだけど、その分、怒った時は本気で怖い。それはもう筆舌に尽くしがたい程に。


 昔、テストで赤点を取った時、怒られるのが嫌だったので母さんに見せなかったことがある。それがバレた時の事は、今も思い出すだけで震えが来てしまう。


 …もし後10分帰るのが遅れてたら……それは想像するのも恐ろしい…。




「えへへ……、それはともかく…ホ、ホットケーキ!! お兄ちゃん! ナイフとフォークとお茶!!」

「ったく…呑気なもんだよ。まぁでも、せっかくだから冷めないうちに頂こっか」


 急いで棚から缶を下ろし、紅茶の葉をティーポットに運び、沸かしたてのお湯を少しだけ冷まして入れ、蒸らす。その間にカップを温めておく。

 2分半ほど待ってから、充分に温まったカップになみなみと注ぐ。


 うちで使ってるのはあんまり上等の葉っぱではないけど、淹れ方ひとつで紅茶は味がビックリするほど変わるのだ。

 ミルクは邪道だと言う人もいるけど、少しだけ入れるのが我が家の流儀だ。冷蔵庫から真新しいパックの牛乳を取り出し、テーブルに置いた瞬間…。


「うぅ~~~ん…これこれ! いっただきまーす!」

 などと言いながら、絵依子がどばどばと紅茶に牛乳をぶち込み始めた。


 …あああ……そ、そんな……。


「お…おまえ……そんなに入れたらせっかくの紅茶の味が……」

「だって熱いんだもん。それにこれも美味しいよ? ロ…ロイヤルストレートティー?」

「…ロイヤルミルクティーってのはな、あれはそもそもミルクで…」

「ふぁぁぁあああ! 美味しい~~~!! い、生き返るわぁぁぁ…」


 小一時間問い詰めようとした僕を無視して、もはや「ミルクティー」ですらなく「紅茶っぽいミルク」に成り果てた飲み物を絵依子がずるずる音を立ててすする。


 全く…紅茶に対する冒涜だ…。


 ティーカップを片手に、バターをたっぷり、シロップもたっぷりまぶしたホットケーキを美味しそうに頬張る絵依子を見て、僕は思わず苦笑してしまった。


 戦いの時はそれなりに大人びて見える事はあっても、やっぱりまだまだ絵依子は子供だ。だから僕が、もっともっとしっかりしなくちゃ、と改めて強く思う。






     『…あの妹には気を許すな…』





 …瞬間、ふいにさっきの御八尾さんの声が頭に蘇った。


 振り払ったはずのその言葉は、まるで汚泥のようにべっとりと頭蓋骨の内側にこびりついたまま…剥がれてなどいなかった。


「………っ」

「…? どうしたの? 食べないの? お兄ちゃん」


 突然かけられた妹の声に、はっと僕は我に帰った。

「どっか具合でも悪い? もしかしてさっき……あの人に何かされたの…?」


 心配そうな表情で絵依子が僕を見つめる。

 …妹に、この絵依子に気を許すなだって?


 それは…つまり絵依子が何かを企んでるってことか?

 あるいは…僕を利用し……陥れるようなことを……?



 そんなことはあり得ない…と否定しかけた時、さっきの戦いが脳裏に甦った。


 …もしかしたら絵依子にそんなつもりはなかったのかもしれない。でも、僕を残していなくなれば、怪物の矛先が僕に向かうのは当然だ。意図はどうであれ、さっきの戦いの時、絵依子は怪物に僕を狙わせようとしたと言える。つまり……僕を「囮」に使ったと。


 絵依子はなんの相談もなく、僕を囮…怪物のエサにしようとした……?




 ……いや、違う!

 あれは作戦としては良かった。結果としては避けられてしまったけど、それもほんの紙一重の差だった。当たっていてもおかしくなかった。第一、相談するヒマもスキもなかったのだ。

 そんな作戦をあの一瞬で思いつき、実行したことはむしろ褒めてやるべきだ。何より絵依子は僕が襲われる前に出てきたじゃないか。



 ……あり得ない!! あり得ない!!



 そうだ。今日会ったばかりの彼女に、僕たちの何が分かるって言うんだ。そんな人の言うことを真面目に受け取って、絵依子を疑う方がどうかしてる!




「…あ、いや、何でもないよ。うん、いただきまーす!」


 そう言って僕はわざと口いっぱいにホットケーキを頬張った。ふわっと口に広がっていく甘さが、わずかに残っていた僕の不穏と緊張を優しく溶かし、ざわついた心を癒していってくれた。



「ふぅ…、それにしても今日はステーキにホットケーキか…。誰かの誕生日でも、こんなご馳走にはありつけないよなぁ」

「あはは! そうだよね~。その分、明日からは毎日メザシかも! って、うわ…そ、それはキツい…」



 自分で言って、うっかり想像してしまったらしい絵依子がガタガタと震えている。僕も釣られて想像してみたが、確かにこれはキツい…。





「ふぅ~~~。ごちそうさま!! お風呂、お母さんが沸かしておいてくれてたみたいだけど、どうする? お兄ちゃん」


 さっさと一人だけ食べ終えた絵依子が聞いてきた。今日も疲れたし、ささっと入ってささっと寝よう。


「これ食べたら入るよ。先に入るか?」

「わたしは後でいいよー。テレビ見てるから」


 言うなりテレビを付けると、リモコンでチャンネルを次々ザッピングしていく。今日あんな事があったばかりなのに、とことんマイペースだな…こいつは…。

 まったく、大物なのかバカなのか…。


 …ま、考えるまでもないか。

「ふぅぅぅ……っと…」



 湯船に身体を沈めた瞬間、ざぁっ…、と風呂桶から少しだけお湯が溢れた。もったいないもったいない。あわてて僕は腰を浮かすようにして体積を減らした。


「それにしても…『御八尾 真都』さんか…。いったい何者なんだろうな」


 ぱしゃぱしゃと風呂のお湯で顔を洗いながら、僕は今日出会ったお坊さん…女の子だから「尼さん」なのかな。「御八尾 真都」と名乗った、あの女の子の事をぼんやりと思い返していた。


 いきなり現れた事にも驚いたけれど、絵依子があれだけ苦戦していた怪物を、いとも簡単にやっつけてしまった強さには本当に驚かされた。

 今日の話を聞く限り、どうも彼女も絵依子と同じように、これまでに怪物を何匹も倒しているようだった。しかも僕らと違い、それが「仕事」であるとも。



 …だとしたら、彼女は僕たちの先輩みたいなものなのかも知れない。

「絵依子に気を許すな」だなんて言いがかりはともかくとして、僕ら以外にも怪物を退治している人がいた、という事実は、正直言って心強い限りだ。



「でも、そもそもあの怪物っていったい何なんだろう…。あの子の言ってた 『ソキエタス』 っていうのと、何か関係あるのかな……」


 怪物の正体は絵依子も知らないと言う。

 分かっているのは人を襲って、何かの力、人間から発するエネルギーとやらを吸い取るということだけだ。

 そして吸われた人は……意識を失い、そこからずっと昏睡してしまうらしい。

 ……前川先生のように。



 もし御八尾さんが僕たちの先輩なら、きっとその事にも詳しいはずだ。少なくとも僕たちよりはずっと。

 向こうも怪物を追いかけてるのなら、また話をするチャンスもあるだろう。次に出会った時にでもいろいろ聞いてみよう。

 …ただ、あのケンカ腰の態度や性格を考えると、正直言ってあまり積極的に会いたい気持ちにはなれないのも確かなのだけど…。



 …等とつらつら取り留めなく考えていると、また頭がぼーっとしてきた。今日も少し熱めのお湯のせいか、のぼせそうになるのが早い気がする。


「そろそろ上がろ…」



 ほんとにささっと風呂に浸かって出た僕は、速攻で布団に潜り込んだ。

 …もしかしたら、今日と言う日を早く終わらせたいという気持ちが、どこかにあったのかもしれない。


 ダイニングからはテレビの音がまだ聞こえていた。

 僕は布団で頭を包んでそれをシャットアウトする。





 早く……落ちよう。眠りの底に………。




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