10月20日-5
「…アンタらが報告にあった連中か。アンタら、いったい何モンや?」
「黒衣」がそう言いながらゆっくりと僕に近づく。そこへ絵依子も駆け足で僕の側まで戻ってきた。警戒してるのか、それとも怪物を『横取り』されたせいか、どこか不満げな表情だ。
と思った次の瞬間、黒衣が長い袖を大きくはためかせて、さっき怪物を一瞬で消し去った棒を…いきなり絵依子に振り下ろした!
「……っっ!!??」
ガギィッッッンン!!!
「え…っ! 絵依子ぉっっ!!」
……黒衣の振り下ろした棒は、絵依子の頭の上ギリギリで…錬装した拳に食い止められていた。
「ほぉ…悪ぅない反応や」
「くく……くっ……!」
必死の形相の絵依子をあざ笑うように、黒衣がからかうような口調でつぶやいたのが聞こえた。まるで…この状況を楽しんでいるかのような口ぶり…!!
「あ…あんたっ! いったい何なんだよっ…!! 絵依子から離れろっっ!!」
「お…おぉぉおおおッッ!!」
とっさに僕は叫びながら、この得体の知れない黒衣に飛び掛ろうとした。でも、それと同時に絵依子の口から、気合いとも叫びともつかない声が迸った!
黒衣の棒が……見る見る押し戻されていく…!
「……! 力もなかなかのようやな。せやけど…!」
黒衣が一瞬だけ驚いたような声を上げた。でも次の瞬間……!
「…はぁぁぁっ! 『劾』ッッ!!!」
黒衣の指が、まるで踊るように棒に触れたと同時に、またさっきと同じように目も眩むような閃光が走った。そして…!
ズギュゥッッンン!!!
再び銃声のような音が…また響き渡った!
さっき…あの怪物を消し去った時と…同じに…!!
そんな……まさか…っ?!
「え……絵依子ぉぉぉっ!」
閃光に一瞬、目が眩みかけたものの、かすかに絵依子の姿が視界に捉えられた。さっきの怪物と同じような、消滅……、という最悪の事態だけは免れたようだった。
思わず僕は安堵のため息をつきそうになった。
でも。
「……ッッ?!」
「な……え……?」
絵依子の目が驚きに大きく見開かれていた。僕もその光景にあぜんとする。
絵依子が錬装していた巨大な拳が……消しゴムをかけるように見る見るうちにかき消えていき、そこだけ元の…ゴスロリ服に戻ってしまった!
「う……うそ……」
「…ふん…、まぁこんなもんか…」
「え、絵依子っっ!! 大丈夫かっッ??!!」
…自分の腕を呆然と見ながら、絵依子はへなへなと地面にへたり込んでしまった。あわてて僕も絵依子の側に駆け寄ったものの、いったい全体、何がどうなってるのか、何が起きたのか、まるで理解できない。
…僕の頭はもうパンク寸前だった。
恐る恐る黒衣の方へ振り向くと、いつの間にか黒衣は棒を引っ込め、呆然としている僕たちを見下ろしていた。
そしてその口が…ゆっくりと開いた。
「…確かに見たとこ、『会士』 みたいやけど…ホンマになんか妙やな。アンタら、評議会…『ソキエタス』のモンやろ。どういうつもりや?」
「は…? …か…関西弁……?」
「…それはエエねん。これ以上痛い目見とぅ無かったら、さっさと答え」
ふっと雲の切れ目から月明かりが差し、近づいてきた黒衣の口元がほんの少しだけ哂ったように見えた。そこで僕はようやく気がついた。
この物騒な黒衣の人物は、たぶん僕たちとほとんど変わらない年頃の…女の子だった。
「ひ、人に名前を聞くなら、まずそっちから名乗ったらどうなんだよ…!」
「ほぉ。そうかそうか…。不憫やなぁ…その歳でご飯も噛まれへんようになるなんてな。くっくっくっ!」
ニヤリと口元に薄笑いを浮かべて、黒衣の女の子が僕たちにゆっくりと迫る。その瞬間…ぞくり、と僕の全身に恐怖が走りぬけた。
あの目は……本気の目だ…!!
「くっ…、…ぼ、僕は渡城 瞬弥。こっちは妹の絵依子。そ、その…ソキ何とかって言うのは……何のことか…分からない。知らないよ」
…やむを得ず彼女の問いに答えたとたん、関西弁の女の子が目を丸くした。
「はぁ? 知らんて…そんな訳あるかいな! 眠たい事言うとったら後で後悔する事になるで…!」
目を丸くした後、今度はぎろりと僕たちを睨みつけ、手にしている棒をぐい、と僕の喉元に突きつけた。
棒だと思ってたそれは、よくよく見ると時々お坊さんが手にしている大きな杖のような…確か「錫杖」…とか言うもののようだった。
もっとも、目の前のそれは鈍く黒光りしていて、その上、拳銃のようなおかしな部品まで付いている。女の子の持ち物にしては、明らかに不似合いな代物に見える。
いったいこの人…この女の子は何なんだ……?
尋ねたい気持ちはあるけれど、いま聞かれているのは僕の方だ。でも彼女がいったい何を言ってるのかすら、僕には分からない以上は答えようがない。
……などと考えていると、ふいに彼女がじろじろと値踏みするような視線を無遠慮にぶつけてきた。
かと思ったら今度は何やら考え込むような素振りでぶつぶつと何事かをつぶやき始めた。
…ころころと忙しい人だな。
「…どういうこっちゃ。でも…確かに…ん…? ぷぷ、あは…はははっ!!」
…なぜか黒衣の女の子が、突然…大笑いを始めた。
余りにその横柄な、人を人とも思わないような態度に…いい加減僕はカチンときてしまった。
「……何が面白いのか知らないけど、僕らはちゃんと名乗ったんだ。そっちも名前ぐらいは言ってもいいんじゃないのか…!」
「お願いいたします號帥。展開中の號の集結、完了しました。以後の指示をお願いします」
その時、彼女のすぐ後ろに、同じような黒衣を着たゴツイ男性が、音もなく二人もいきなり現れた。
「え……、な………?」
「ん、ごくろうさん。ほな以號隊、呂號隊、波號隊、仁號隊は引き続き周辺の警戒。半径2里以内を重点的にな。もしかしたら他にもまだ囮がおるかもしれん。保號隊以下は帰堂。ただし、丙装備で即応体制のまま待機や。ウチらは出前迅速がモットーやからな。ええな?」
「諒解です。それでは!」
…何かよくわからない会話が目の前でされていた、ということだけが何となくわかった。大男たちは女の子にぺこりと礼をして、またも音もなく消えていった。
思わず僕は絵依子と顔を見合わせた。当然絵依子もちんぷんかんぷんな表情だった。話の内容もさることながら、こんな女の子があんな大男たちにテキパキと指示を出して、しかもそれがさも当然のように振舞ってるという状況も、ますます理解しがたい…。
…いったいこの子は……いや、この人たちは……?
「ん? 何や、アンタらまだおったんか。今日のところは見逃したるさかい、もうエエで。帰っても」
…そう言うやいなや、くるりと僕らに背を向けた女の子が手のひらをヒラヒラさせて歩き出した。
いきなり殴りかかって来ておいて、そのくせ僕らに対する用など、もはやない、と言わんばかりの態度。いくらなんでも酷すぎる。さすがの僕もふつふつと怒りがこみ上げてきた。
…でもそれをぐっと抑え、僕はさっきの会話の中に感じた引っ掛かりを彼女にぶつけた。
「……「囮」って言ってたけど、それって…さっき君が倒したあの怪物のことか…?」
大男たちに続いて、立ち去ろうとしていた女の子の足が、止まった。