10月20日-4
「…くそっ! 何かないのか……!」
考えろ…見つけろ…! あの時みたいに…初めてこいつらと戦った時のように、コイツの弱点を探し出すんだ…!
折れそうになる心に必死にハッパをかけながら、眼前の戦いを目を凝らして見つめ、頭をフル回転させる。その時。
「たぁりゃああーーーッッ!!」
だんっ! っと絵依子が大きく地面を蹴って空中に飛び上がった。そして高く伸びている木を蹴り飛ばした。
「……? 絵依子…?」
「ふシュ・・・フしゅッ・・・」
木を蹴り枝を蹴り、さらに別の木に移動する。まるで猿かムササビだ。夜の闇と目まぐるしいその動きに、僕の目ではもう絵依子の姿は捉えられない。
そして……絵依子の姿が…気配さえもが…完全に……消えた。
「え……?」
さっきまでの静寂が林の中に戻ってきた。かすかな風に揺られ、かさかさと葉の擦れ合う音以外、何も…ない。
「ま…まさか…? あいつ…」
…逃げたのか、と言いかけた瞬間、くるり、と怪物がこちらを向いた。
勝てない、と踏んで絵依子は逃げたらしい。それはいい。戦ってやられるより百倍千倍いい。絵依子が無事であることこそが僕の望みなのだから。
だけど問題は………一人残された僕を、この怪物が見逃してくれるのか、ということだ。
「ぶしゅルルる・・・・・・」
…怪物が気持ち悪い声を上げた。あの時と…学校で僕を襲った奴らと同じような声を。
…全力で道にまで戻ればスクーターがある。そうすれば…、いや、こいつのスピードはスクーターでも振り切れないだろう。いや、…いや、それ以前に…僕ではまずこの場から…逃げられない……?!
「あ……え……、こ、これって……?」
恐ろしい「現実」を突きつけられ、全身の血が引いていく。このままだと確実に僕はこの怪物に……「食われる」…。
にたり、と怪物の顔が嬉しそうに歪んだように見えた。それを見て僕は…枯れ葉の絨毯に尻もちをついてしまった…。
その時。
ザンッ! ザザザザザッっ・・・!
突然、周りの木のあちこちから音がした。上下左右、ありとあらゆる方向から。
「なっ……っ?!」
「ぐロルるルぅッっ・・・!!」
音の位置はどこだか分からない。でも、少しづつ近づいていることは分かった。
やがて……その音もまた消えた。再び静寂に戻った林の中で、怪物がキョロキョロと辺りを見回している。次の瞬間…!
「うぉりゃあーーーーーっっ!!!」
…突如として、逃げたはずの絵依子が、槍を構えて怪物の背後から突撃してきた!
「ゥぉ・・・おオッっ??!!」
完全に虚を突かれた怪物は反応しきれていない。つまり絵依子は、この状況を作るために、逃げたフリをしてたってことか…!
絵依子の槍がぐんぐんと怪物に迫る。いかに怪物のスピードが速くても、ここから避けることは絶対に無理だ!
「よ、よしっ!! 勝ったッ!!」
「ヴぐルルろぉぉォっっ!!!」
ザゥッ・・・・・・ッッ!
…でも、僕の想像はまたも外れた。
背後からの攻撃を、なんと怪物は紙一重で避けた。勢い余った絵依子はそのまま槍で木を何本もなぎ倒し、終わった。時間が経ったのか、木を倒したことで力を使い果たしたのか、槍に変化していた右腕が元に戻っていく…。
…絵依子の予想外からの不意打ち、それを持ってしても、この怪物のスピードを上回ることは…出来なかった。
「あ……あぁ……っッ…」
「はぁっ……はぁっ……!」
消えてしまった槍に代わり、すかさず絵依子がオービスからカードを引いた。みるみるうちに今度は右腕が膨れ上がり、巨人のような拳を錬装した。
すぐさま新しく具現化した巨大な拳をぶん、と絵依子が振り回すものの、当然のように攻撃はかすりもしない。
踊るように…あざ笑うように…怪物は絵依子を翻弄していた。
…その時だった。ふいに僕の頭の中に、かすかな違和感とも、疑念ともつかないものが生じた。
「……っっ…?」
静まり返った夜の林の中で繰り広げられている「戦い」に、僕は漠然とした違和感のようなものに襲われた。
さっき感じた違和感……、それが何なのかはまだ分からない。だけど何かが引っかかる。
「コイツ…、いや…、もしかして……?」
そこから注意して怪物の動きを観察し、戦いの最初のところまで記憶を巻き戻していくうち、違和感は少しづつ確信に変わっていった。
…どういう訳か、最初からコイツはひたすら絵依子の攻撃を避けてばかりで、自分からはほとんど…手を出していない。今までの怪物たちとは明らかに行動パターンが違うことだけははっきり判った。
「はぁあぁぁぁぁっっ!!!」
「ぐオるるルるうゥゥっ…!!」
ぶんぶんと絵依子が巨大な拳を振り回し、それをまたひょいひょいと怪物がかわす。勢い余った絵依子の身体が、ぐらり、と揺れて流れた。
「え、絵依子っ! 危な……ッ!」
……僕のような素人目にも、今のは反撃の絶好のチャンスだったように思えた。なのに怪物はやっぱり手を出さず、絵依子との距離を取ったまま、動こうとはしなかった。
これは…いったいどういう事なんだ…?
……まさか。
僕のこの直感が正しければ…これは「戦い」じゃない…。
…もしかしたらこの怪物は、絵依子を倒す…、「戦う」つもりが…ない…?
「…い、いや! 待て待て!」
にわかに浮かんだ考えを、僕はぶんぶんと頭を振って追い出した。そんな風に考えるのは早計すぎる!
単にコイツは、絵依子が疲れるのを待って、その後で確実に仕留めようと考えているのかもしれないのだ。
……でも何度思い返してみても、最初の空中での一発以外、コイツは攻撃らしい攻撃をほとんどしていない。
いくら素早く動けるとしても、攻撃をただ避け続けて、相手の消耗をひたすら待つなんて戦法は、あまりにもリスキーじゃないのか?
「……??……?…」
…わからない。まったく分からない。
何かの突破口になるかと思った「気づき」に逆に思考がどんどんと泥沼に引きずり込まれていく。
「…やっぱりなぁ。そういう事やったんかい」
その時。唐突に僕の背後で、誰かの声がした。
「……っ!!??」
思わず振り向いた僕の目の前には、何もいなかった。その代わり、ごう、という風を巻く音が…僕の頭の上から聞こえた。
あわててもう一度振り返ると、そこに僕は見た。真っ黒な服に身を包んだ、小柄な「何か、誰か」が怪物に真っ直ぐ迫るのを。
「ぶグるオおおォぉッっ……!! きサまっ……!!」
突然現れた小柄な「黒衣」が手に持った棒を両手でかざし、いきなり怪物めがけて、ぶん、と振り下ろした!
でも、絵依子の攻撃と同じく、それも怪物はひらりと避けて見せた。そしてさっきまでのように、すさまじいスピードで黒衣から距離を取ろうと動いた。
「………っ!!??」
直後の光景に、僕は自分の目を疑った。
絵依子がまるで追いつけなかった怪物の動きに、黒衣がぴったりと貼りついている。目まぐるしく動き回り、振り切ろうとしている怪物のスピードに、まったく遅れを取っていない!!
「……? …い、いや…違う…!」
よくよく見ると、黒衣のスピード自体は…驚くほどじゃない。むしろ絵依子の方がよっぽど速いぐらいだ。
確かに速いは速い。でも…あえて言えば…「人間」の域は超えていない。
なのに、離れたところから見ていてもなお、目にも止まらないほどの速さで動く怪物に、黒衣はあくまで「普通」の人間のスピードで追いついている。
それは…普通に追いつくよりも、逆にもっと異常な事のように僕には思えた。
いったい…何なんだ…。なにがどうなってるんだ…?
「ぐルおォルルルっーーーーーッ!!」
じょじょに怪物の発する不気味な声にも、焦りとも困惑ともつかない色が混じり始めたように聞こえる。
逆に黒衣からはどこか余裕のようなものすら感じられる。しゃりん、しゃりんと金属的な音を鳴らしながら、どこまでも怪物を追いかけていく。
「……ッっ??!!……!?」
いつの間にか怪物が…木がひときわ密集して生い茂っている場所に追い込まれていた…!
追いかけ、逃がさないどころか、怪物の動きを…完全にコントロールしている……?!
「ふん…、…滅……ッッ!!!!!」
黒衣の発した声とほぼ同時に、大きく振り回すようにして怪物に叩きつけられた棒の先端が、ぱぁっ、と、まばゆい光を放った。そして少し遅れて…
…ズギュゥッッンン!!
まるで…銃声のような音が轟いた!
「ウ…ぐルあぁ…ア……ァ」
その音と光にかき消されるように…怪物は見る見るうちにその姿を薄れさせていった…。
「え…、な…なんだ…? なにが…どう…なってるんだ…?」
…まるっきり状況が理解できないまま、怪物が消え失せていくのを呆然と見つめていると、くるりとこっちに振り向いた黒衣が口を開いた。
「…アンタらが報告にあった連中か。アンタら、いったい何モンや?」




