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Realita reboot 第一幕  作者: 北江あきひろ
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10月15日-5


…ずず、ずずず…っと、時たま紅茶をすする音が居間に響く。


 幸いにも誰とも出会うことなく学校を出た僕たちは、そのまま真っすぐに帰宅した。夕食のカレーは正直喉を通らなかったのだけど、なんとかそいつを胃に流し込んだ後、僕たちは居間で押し黙ったままテレビを見ていた。


もっとも、テレビはただ単につけてるだけだ。帰るなり部屋着に着替えた絵依子も、夕食の時からずっと押し黙ったままだった。

 …頬杖をついている手には、何枚か絆創膏が貼ってあるのが見えた。たいしたケガではなさそうなものの、たぶんさっきの怪物との戦いでついた傷なんだろう…。


 その絆創膏だらけの手で頬杖をつきながら、絵依子の視線は今もテレビに向かってはいるものの、まるっきり身が入ってない事は明らかだった。

 …原因はもちろんさっきのあれだろう。けれど、それにどう触れて良いのか、そもそも触れて良いのか、僕には見当もつかなかった。



 ……あれから僕もいろいろと考えていた。



 …どうも絵依子は、あの「怪物」とは初対面ではないらしい。絵依子の言葉やさっきの戦いを振り返ると、少なくとも今までに何度もああいう場面に遭遇しているように思えた。

 しかし生き物なのか何なのか、それさえもよく判らないあの『影』…『怪物』はいったい何だったのか。

 あの時は僕も半ば勢いで立ち向かえたけれど、いま冷静に考えたら自分の行動に正直ぞっとする。


……思い出しただけでも足が震えそうだ。


 そして怪物の事もさることながら、何より驚いたのは…絵依子自身の事だ。妹が「変身」して「怪物」と戦うなど、いったい何のマンガかゲームの話かと思う。

 それほどさっきの出来事は荒唐無稽で…あまりに現実から遠すぎた。





 このまま絵依子から事の真相を聞かずに、何日か……何ヶ月か経てば、あるいは今日の出来事は夢だったと思える日も来るかもしれない。

 でも……もし聞いてしまったら…、それは今日のことを「現実」だと受け入れるということになる。


 こいつがさっきから何も言わないのも、そういうことだからだろう。

 気のせいか「聞くな。聞かない方が良い」という空気、オーラが絵依子の回りを漂っているようにも見える。

 もし聞いてしまったら…もう後戻りは出来ないかもしれない。

 それでも僕は知る必要があると思った。


 …だってこいつは…、絵依子は僕の……たった一人の妹なのだから。





「なぁ…絵依子……」

「………」


 ……思い切って呼び掛けてみたものの、絵依子からの返事は…なかった。

 僕の心境を察知でもしたのか、「聞くな」オーラがにわかに、ぐん、と大きくなったような気もする。


「…絵依子…聞いてくれ。真面目な話なんだ」



 さんざん迷った挙句に選んだ僕の答えは…愚かな選択なのかもしれない。

 それでも…真実を受け入れる事を僕は選んだ。



「絵依子。さっきのおまえの格好だけど……」

「………」


 ぴくり、と一瞬わずかに絵依子の身体が動いたが、やっぱり返事は無い。

 でもそれも予想のうちだ。構わず僕は先を続けた。


「…さっきのあれな、ちょっとスカートが短いと僕は思うんだ。確かにそのほうが動きやすいのかもしれないけどさ」

「………」


 ぴくぴくっ、とまた絵依子の身体がかすかに動いた。


「さっきおまえが戦ってた時、何回もパンツ見えてたぞ。おまえも一応は女の子なんだから、何というかもう少しだな…恥じらいってのを……」

「……はぁ゛ぁ゛ぁ゛?! 見たの??!! 信じらんない! バカ!!」


 僕が言い終わるより先に、それまでまったく無反応だった絵依子が振り向くやいなや、般若のような形相で僕に迫ってきた。


「ホントに見たの??!! いつ??!! 何時何分にどこで!!」

「え、だからさっきの戦いの時…おまえがキックするたびに丸見えだったぞ」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! ! もう! ホント信じらんない! なんで見るの! 見るなバカぁっ!!!!! うぅぅ~~~~~~~!!!」

「いや……別に見たくて見た訳じゃ……」

「うっさい! 死ね!!!」


 顔を真っ赤にして、半分涙目になった絵依子が拳を振り上げる。これは…顔面直撃コースか……。



 ……目を閉じ、歯を食いしばって、僕はその瞬間の衝撃に備える。でも、なぜだかなかなかその時がやってこない。まさか気を上げてゲージでも溜めてるんじゃないか、こいつ…。


「……………?」

 ……おそるおそる薄目を開けると、ぺたり、と小さくて細い指が、僕の頬に触れた。



「もう…お兄ちゃんのバカ……! でも次に見たら…ホントに殺すよ?」

「……あ、うん。わ…わかった…」



 まだ少し顔が赤いまま、苦笑いというか怒り笑いを浮かべた絵依子が、ぺちぺちと僕の頬を甘く叩く。

 …よかった。やっといつもの絵依子が帰ってきたように感じる。


 何はともあれ、あの重っ苦しい空気を壊して、絵依子の口を開かせないことには何も始まらない。上手く乗ってきてくれるか少々不安だったけど、どうやら僕の作戦は成功したみたいだった。よかったよかった。


 あと、僕の顔面も陥没しなくて本当によかった……。



「…っていうか、いちおう聞くけど、ホントに見たの…? お兄ちゃん」

「安心しろ。嘘だよ」

「なぁーんだ! もう! ずるいよお兄ちゃん!」

「はっはっはっ」

「あはははははっ!!」


 もちろん見てないというのは嘘だ。あの薄暗闇の教室の中でも、絵依子お気に入りのクマさんパンツがばっちり見えてたのは、墓まで持っていく僕の人生最大の秘密にするとしよう…。





 ひとしきり笑ったあと、また少し困ったような表情をしながら、絵依子が僕の目を真っ直ぐに見つめる。

 本当にいいのか、と問うているように。


 それに僕は小さく、でもはっきりと頷き、応えた。


「…わたしは…やっぱり反対。お兄ちゃんには知って欲しくないし、知らない方が絶対にいいと思う。もし聞いちゃったら…明日からはもういつも通りの明日じゃ無くなっちゃうんだよ? それでも…いいの?」


「僕は……ずっとこの日常が…当たり前だと思ってた。でも、その裏で絵依子…、お前はしょっちゅうあんなのとやり合ってきたんじゃないのか? 普段はそんな素振りなんか見せずに…」

「…………」

「…ずっと秘密にしてきたのには、何か理由があるんだろうと思う。でも今日、僕は知ってしまった。だから教えて欲しいんだ。真実を…!」


 僕の訴えに、ふぅ、と絵依子がため息を漏らした。

 僕が迷ったように、絵依子もまた、迷い、どう話していいものか、考えあぐねているようにも見える。


「……わかった。お兄ちゃんが知りたいこと、わたしに判る事なら全部教えるよ」

 少しの間を置いて、なにか吹っ切ったような笑みを浮かべ、ようやく絵依子が応じてくれた。


「…じゃあ、最初の質問。このことは…母さんは知ってるのか……?」

「お母さんは……知らないと思う。少なくともわたしから話したことは一度もないよ」


 真っ直ぐに僕の目を見据えながら絵依子が答えた。

 仲間はずれにはされていないという事に、僕はほんの少しだけ安堵を覚えたものの、でもそれはつまり、絵依子は家族の誰にも秘密にしていたということだ。それは一体…?


「そっか……。じゃあおまえはずっと僕たちに内緒で…あんなのと戦っていたんだな…。でも、どうして内緒になんかしてたんだ? そもそも、あのコスプレみたいなのは…一体何なんだ?」


 コスプレ呼ばわりされたことにイラッとしたのか、一瞬絵依子の眉毛が吊り上がりかけたが、ふう、とため息をつくと、自分のカバンから可愛いポーチを、そしてさらにそこから何かを取り出した。


ごとり、と音を立ててテーブルに置かれたそれは、改めて見ると…何か異様な雰囲気を醸し出していた。


「…これは『オービス』っていって、さっきみたいに変身…『錬装』っていうんだけど、その時に使うの。そしてこれはお父さんの……パパが残してった物みたいなの」



「…は……ぁ!?」

 …あまりの予想外の絵依子の答えに、僕は…思わず言葉を失ってしまった。




 これを…父さんが……?

 じゃあこれは…父さんの……形見!?




「前に押入れを片付けてた時……偶然見つけたの。木箱の中にこれと手紙が入ってて、これをわたしに託す、って。これを使って怪物をやっつけろ、って」


「……な………」


 …絶句するしか無いような話だった。

 思わず僕の目がテレビの上の写真立てに飛ぶ。

 それは僕たち家族全員の写真、そして父さんの姿を写した、唯一の写真。

 もっとも、肩車されている僕が後ろから父さんの頭に手を回しているせいで、顔はよく判らないのだけど。



「…たぶん、パパもあいつらと戦ってたんだと思う。だから……わたしもしようと思ったの。パパの事はほとんど覚えてないけど、そうすることで…わたしはパパとの絆を感じられると思ったから…」



 …父さんまでが今の絵依子と同じように、あの怪物たちと戦っていたなどとは、にわかには信じがたい話にも思えた。でもここまできて絵依子がウソをついているとも思えない。第一、ウソをつく理由なんか無いはずだ。


「そっか…なるほどな……」

だからそうつぶやくしか、今の僕にはできなかった…。




「…ふぅ。絵依子……いいか?」

「うん。どうぞ」


 少し気持ちが落ち着くのを待って、父さんの形見だという『オービス』とやらを渡してもらい、手に取ってしげしげと眺めてみた。

 大きさ的には子供の弁当箱ぐらいだろうか。濃いこげ茶色に金色で縁取りがされてあり、重厚というか、なんか渋い感じだ。

 重さは……見た目の重厚感よりは軽い。何で出来ているんだろう?

 触った感触からは、木でも金属でもプラスチックでもなさそうだ。もちろん陶器なんかとも違う。見れば見るほど、これが現実の物とは思えなくなる…。


「………ん?」

 くるくる回してオービスのあちこちを見ていると、ふと箱の側面に小さく彫られた「4 chaar」の文字があることに気づいた。4…? chaar…シャール…

チャール…?

 名前か…? でも…誰の…? 製造会社的な……?


「絵依子、これって……」


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