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第9話 浅井・朝倉・武田包囲網、三方ヶ原の補給線死守

第9話です!

浅井の裏切り、金ヶ崎の退き口、そして武田信玄の西上作戦!

狸耳フードの美少女大名・徳川家康を救うため、聡が仕掛ける兵糧遮断戦術とは?

越前・金ヶ崎の山道には、凍てつくような冷雨が降り注いでいた。

元亀元年、朝倉攻めの最中に突如として届いた盟友・浅井長政の離反の報。前方の朝倉、背後の浅井に挟まれ、織田軍は壊滅寸前の危機に立たされていた。


「全軍、余分な荷物を捨てろ! 重い甲冑と槍の穂先を外し、身軽にしろ!」


ぬかるむ泥道で、黒川聡は声を張り上げていた。


「軍師殿! 武具を捨てては戦ができませぬ!」


困惑する足軽たちに、聡は背嚢から黒褐色の固形物を次々と投げ渡していく。


「戦う必要はない、走るんだ! これは炒り米、味噌、胡麻、蜂蜜を練り固めた特製の兵糧丸だ。一粒で半日動けるカロリーがある。水を少量含みながら噛み砕け! 身軽な夜間強行軍で、一気に朽木の谷を駆け抜けるぞ!」


余分な装備を捨て去り、高カロリーの兵糧丸だけを携帯した織田軍は、信じがたい速度で山道を駆け抜けた。


「殿(しんがり)は余と我が隊が引き受ける! 吉法師様と軍師殿を無傷で京へ通せ!」


金髪の三つ編みを泥で汚しながら、豪傑美少女・柴田勝家が大槍を振るって追撃部隊を叩き伏せ、山橋を焼き落とす。聡の軽量化ロジスティクスにより、信長軍はほぼ無傷で京への脱出(金ヶ崎の退き口)を果たしたのだった。

だが、息つく暇もなく、更なる巨敵が東から牙を剥いた。

元亀三年、冬。甲斐の虎・武田信玄が二万五千の大軍を率いて遠江へ侵攻を開始したのだ。

迎撃の最前線となる遠江・浜松城。

城内へ駆け込んだ聡を迎えたのは、焦燥に瞳を揺らす小柄な少女大名だった。

頭に狸の耳を模した暖かな毛皮のフードを被り、泥のついた具足を纏った少女――徳川家康(十六歳)である。


「聡殿! よくぞ来てくれた……! 武田の赤備え騎馬隊が、すでに城の北、三方ヶ原へと迫っておる! 我らの兵力はわずか八千……打って出ねば、徳川の意地が立たぬと家臣どもが騒ぎ立てておるのじゃ!」


家康は小さな拳を握りしめ、唇を噛み締めていた。今にも野戦へ飛び出しそうな家臣たちを抑え込むのに必死な様子で、肩を震わせている。


「打って出てはなりません、家康様。野戦を行えば、三河武士の精鋭が全滅します」


聡はきっぱりと言い放ち、作戦卓の上に遠江と甲斐の街道図を広げた。


「武田軍二万五千、軍馬は四千頭。武田信玄の狙いは、徳川を誘い出して野戦で叩き潰し、浜松城を素通りして尾張・京へと一気に駆け抜けることです。ですが――彼らには致命的な弱点があります」


「弱点……? あの戦国最強と呼ばれる武田軍にか?」


家康が大きな瞳を丸くする。聡は懐から算盤を取り出し、手帳に数字を書き付けた。


「馬です」


「馬……?」


「馬一頭が一日あたりに消費する飼い葉(大麦や干し草)は、人間の十倍にあたる五升です。さらに塩分も欠かせない。四千頭の馬と二万五千の兵を維持するには、一日だけで米百五十石、飼い葉二百石、塩三俵が消えていく。甲斐の険しい山道を越えて、遠江まで運べる補給線はせいぜい二週間分が限界です」


聡は地図の遠江平野を指で丸く囲んだ。


「信玄の計算は、進軍ルート上にある遠江・三河の農村から穀物と家畜を強奪する『現地調達(刈田狼藉)』に完全に依存しています。ならば、答えは一つです」


聡は冷徹な光を帯びた瞳で家康を見つめた。


「徹底した『清野作戦(焦土・食糧疎開)』を行います。街道沿いの民をすべて家畜ごと浜松城内へ避難させ、村々の米、雑穀、鶏、そして馬の飼い葉になる干し草一本に至るまで、すべて城内へ運び込みなさい。城内に収容した民には、城の備蓄米から温かい炊き出しを保証します。そして――城に運びきれない穀物と飼い葉は、すべて焼き払います」


家康が息を呑んだ。


「村を……空っぽにして、餌を奪うのか?」


「それだけではありません」


聡は傍らに控える光秀に合図を送った。銀髪の眼鏡軍師が一通の書状を差し出す。


「駿河湾の制海権を握る今川義元公に、すでに早馬を送ってあります。東海道の海路を義元公の水軍で封鎖し、武田への海からの塩や兵糧の補給を完全に遮断しました。……かつて桶狭間で結んだ通商同盟が、いま生きてきます」


家康は呆然と立ち尽くし、やがて震える手でフードの耳をぎゅっと握りしめた。


「……信じる。聡殿の知恵に、我が徳川の命運を預けるぞ!」


三方ヶ原の台地を素通りした武田信玄の軍勢は、愕然とすることとなった。

進軍路にある村々はもぬけの殻。米蔵は空っぽで、井戸には灰が投げ込まれ、野原の草すら黒焦げに焼き尽くされていた。

冷たい遠州の空っ風が吹き抜ける中、武田の誇る騎馬隊の馬たちが、飢えと疲労で次々と膝を屈していった。


「飯がない……馬に食わせる草も、塩すら手に入らぬ……!」


「駿河からの荷駄船も、今川の水軍に阻まれて湊に入れぬとのことです!」


武田の本陣で、諸将の悲鳴が飛び交った。

本陣の幕の中で、深紅の陣羽織を纏った総大将・武田信玄は、荒い咳を漏らしながら吐血した。持病の悪化と、極度の補給不足による兵たちの動揺。


「織田に……黒川聡という兵站軍師がおるそうだな」


信玄は手帳の切れ端を見つめ、苦笑を漏らした。


「槍を一筋も合わせず、食糧と飼い葉の計算だけで我が二万五千の足を止めるとは……恐るべき男よ。全軍……甲斐へ引き返せ。これ以上の前進は、全軍自滅を招く」


信玄の撤退の報が浜松城に届いた瞬間、城内は歓喜の坩堝と化した。


「退いた……! あの武田信玄が、兵糧切れで退却していったぞ!」


家康は狸耳フードを揺らしながら聡に飛びつき、その胸に顔を埋めてわっと泣き出した。


「聡殿! 聡殿のおかげじゃ! 徳川の兵も民も、誰一人死なずに済んだのじゃ!」


「や、家康様、落ち着いてください……!」


必死になだめる聡の背後で、駆けつけてきた信長が、朱色の陣羽織を翻して眉を吊り上げた。


「おい狸、余のソウにあまり抱きつくな。爪を立てるぞ」


「むぅ、吉法師ちゃんはケチじゃ! 聡殿は三河の命の恩人なのじゃから、これくらい当然じゃ!」


二人の美少女大名が聡を挟んで火花を散らす中、聡は冷静に東の空を見つめていた。

信玄は退いたが、病に倒れた信玄の跡を継いだ若き当主・武田勝頼が、軍備を整え直して再び侵攻してくるのは時間の問題だった。


「次の戦いは、遠江ではなく三河・長篠……設楽原になります」


聡は手帳に筆を走らせ、光秀と顔を見合わせた。


「勝頼公は亡き父の威名を背負い、焦って武田の総力を挙げて攻め寄せてくるはずです。その時こそ、戦国最強の騎馬隊を完全に封殺する好機です」


「設楽原の湿地帯に馬防柵を築き、鉄砲の集中運用を行うのですね」


光秀が眼鏡の奥の瞳を輝かせ、即座に図面を広げた。


「ええ。だが鉄砲戦の勝敗は、引き金を引く腕ではなく、銃身の過熱を防ぎ、弾丸と火薬を途切れさせない補給の精密さで決まります。千挺の鉄砲が一分間に何発撃てるか、火薬が何斤必要か、替えの銃身と冷水がどれだけ要るか……秒単位のタイムラインを組みますよ」


「はい、聡様! 全速力で帳簿と配備表を作成いたします!」


聡の決意とともに、次なる決戦――設楽原の弾薬ロジスティクスが動き出そうとしていた。

【兵站ミニ解説:馬の補給限界】

軍馬は1日に大量の大麦や干し草、水分、塩分を必要とします。人間以上に補給線の維持が難しく、山岳地帯を越えて遠征する場合、現地での調達(刈田狼藉)が不可能になれば、騎馬軍団はわずか数週間で機動力と生存能力を失います。


次回『第10話 長篠の兵站決戦、弾薬一万発のロジスティクス』は明日18:00更新! 設楽原決戦です!


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