1話 屈辱の初夜
結婚初夜にモリダール家のこじんまりとした寝室で。
夫のギリス・モリダールは、いきなり新妻の私に非常識な宣言をした。
「マリエル、オレは君を愛す気はないから。君もオレに愛情は求めないでくれ」
昼間、神殿で婚姻の儀式をしたばかりなのに。これからの結婚生活に破綻の気配が漂っていた。
「何ですって?」
(この人、結婚初夜に何を言っているの?)
寝室のベッドに座り黙って話を聞いていた私は、眉間に深いしわを寄せて非常識な夫ギリス様を睨んだ。
鏡で自分の顔を見なくてもわかる。私の瞳は冷たく光っているだろう。
「自分は妻だからと、オレに図々しく干渉するなと言っているんだ」
「まさか旦那様、愛人でもいるのですか?」
(嫌だわ! 私はそんな人と結婚してしまったの⁉)
「冗談じゃない、愛人なんていないさ! 妻一人でさえ、持てあましそうなのに」
「それなら……あなたは何のために、私と結婚したのですか?」
(本当に愛人ではないの? だったら何なの⁉)
他人には物静かで穏やかな印象を与える私の姿からは、想像もつかないほど厳しい声音で非常識な夫にたずねると。
そんな私の問いかけに、ギリス様はうんざりした様子で答えた。
「騎士団の上司に“相手を紹介するから結婚しろ”と、何度もうるさく言われたからさ」
「上司ですか? 上司とは王立騎士団の副団長、セイン・ガルフェルト侯爵様のことですわね?」
「ああ、そうだ。オレだって君と結婚なんてしたくなかったのに」
「ひどい言い方……」
(セイン様は……そんなに私を誰かに嫁がせたかったの?)
「ひどいのはそっちだろう? 上司の紹介をオレが簡単に断われる訳ないじゃないか! 相手は侯爵だぞ」
「そんな……」
「オレが嫌なら、君の方から断れば良かったじゃないか」
「だってあなたが、そんなふうに思っているなんて……」
チッ! ……とギリス様は忌ま忌ましそうに舌を鳴らし、私から視線を外して横を向く。私の方こそ、舌を鳴らして“こんなの詐欺だ“と怒鳴り散らしたい。
私がギリス様との結婚を決めたのも。
元騎士だった父親タムワース男爵の元上司、王立騎士団の副団長、セイン・ガルフェルト侯爵に紹介されたからだ。
『伯爵家出身のギリス・モリダールは私の部下の中でも、とても有能な騎士だが。女性を口説くのが下手な男なんだ』
『ギリス……モリダール様ですか?』
『うん。だからマリエルが結婚してやってくれないか? 年齢もちょうどつりあうし』
『でも、私は……』
『君ならギリスを上手く扱えると思うんだ』
『セイン様……』
セイン様に“あなたを初めて会った時から愛していました“……とは、さすがに私も言えなかった。
『マリエル。君は亡くなったお母上の代わりに、双子の弟たちを立派に育てあげた。今度は君が幸せになる番だよ。どうか自分の幸せをあきらめないで欲しい』
『……わかりました。セイン様がそこまで私のことを思って、言ってくださるなら』
私の初恋の男性セイン・ガルフェルト侯爵様は、離婚して現在は独身だが、私とは十四歳の年齢差があり。
そんなセイン様と貧乏男爵家出身の私では、年齢差以上に身分の格差が大きくて、どれだけ好きでも愛を実らせるのは絶望的だった。
愛する人にすすめられた縁談を、受け入れるのは自分の運命かもしれないとその時は思い、私は結婚を承諾したけれど──




