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馬車にて

ミューさん視点のお話です。

「おっと、眠ってしまったみたいだね」


 がたんがたんと揺れる馬車の中。

 仮面のおじさまが小声でそう呟いたのを背に、私は隣でグースカ眠っている黒髪の男……トラ、いや勇者タイガを軽く睨んだ。

 さっきから割とガッツリ揺れているのに、起きそうな様子は無い。まあさっき倒れていたことを考えれば、このくらい深く眠ってしまうのも無理はないかもしれないけれど。


 ここ3日間で何度思ったことか。

 勇者は召喚されてすぐは弱いものだと知ってはいたけれど、まさかここまで軟弱だなんて!


「あはは……ここ連日歩きっぱなしだったので、疲れていたのかもしれませんね」


 笑顔を意識して保ちつつ、おじさまの言葉に反応を返す。なるべく自然を装いつつ。


 タイガの意見は、結果的に見れば正解だった。

 仮にあの時このおじさまを見捨てていたなら、異様に固いパン以外に得られるものは無かったし、当然こうやって馬車に乗っての移動が可能になることもなかった。だから今回のことはこれで構わない。

 それでもなお、この男の平和ボケの滲む言動に腹が立ちそうになる。

 身分も名前も分からない人間の馬車の中で、どうしてこうも堂々と寝ていられるのか!


「彼がその様子ってことは、君もそうなんじゃないのかい?何かあったら起こすから、君も無理はしなくて良いんだよ」

「お気遣いありがとうございます。でも、護衛は起きていないと意味無いでしょう?」

「あはは……やっぱさっきの聞こえてたかあ……」


 この世界に呼ばれてすぐ、訳も分からず火刑に処された……と言っていたが。そんな目に遭った割にはやたら飄々としているというか、全てが他人事のようにあっさりとしているというか。

 もしかしたら、まだ現実を受け止め切れていないだけなのかもしれないし。彼らからすれば急に降って湧いた話なのだから、突然「勇者としての使命感を持て」と言われても、難しい話なのは分かっているけれど。

「元の世界に帰りたい」とか、そういう他の勇者にはあったらしい願望すらもまともに持っていなさそうなのは。一体どういうことなのか?


 それとも、最初からコイツも嘘をついているのか?

「訳も分からず火刑に処された」というのは嘘で。執行官の主張していた通り、コイツは本当は魔王軍の手の内の「偽勇者」なのか────


「それでも元はと言えば、私からの恩返しの一環だからね。正式な仕事でも何でもないから、そういうことはあんまり気にしないでいて欲しいんだ」

「…………ああ、ええ。そういうことでしたら」

「あ、私じゃ頼りないってことならそれで良いんだけどね。自覚はあるからさ……」


 考え事に浸りすぎて、うっかり目の前の受け答えが疎かになってしまった。


 落ち着きなさい、ミュリエール。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、右手に聖印もある。おまけに弱いと来た。勇者なのはまず間違いない。

 それなら何故火刑が行われたのか?というのは分からないままになるけれど。


 隣で眠っているタイガのことを考えるのを一旦止めて、おじさまの方を見る。


「君たちは凄いよ。まだ若いのに、ふたりきりで徒歩で旅をしているなんて」

「いえいえ、ただ必要に駆られてのことですから」

「いやあ、護衛をつけずにやらかした私が言うのもなんなんだけど。最近は特に物騒だから、君たちも気をつけるんだよ」

「今なんて『第六勇者殺しの犯人が逃走中』って話もあるからね」


 そう、今考えるべきはこのことだ。

 村に向かうまではこれでもう問題ないとしても、着いた後はどうするか。

 変装しようにもまともな道具が無い、服を買うための服が無いような状態。故に村に情報が届いていないことを祈るしかないのだが……


「ああ、噂には聞いてますが……実を言うと街に寄ったのが結構前で、その話をあんまりよく知らなくて。第六勇者召喚直後を狙われたんでしたっけ」

「私も詳しいことはよく知らないのだけど……確か魔族が占領中のアーネリエから儀式に干渉されて、それで勇者を狙った刺客が魔王軍から送られてきたんだとかなんとか。」


 幸いにもこのおじさまには、まだ私たちの正体がバレていないようだけれど。3日もあれば国中に情報が伝達されていることだろう、という予想は当たってしまったらしい。

 これから向かう村にはまだ伝わっていなければ良いのだが、さてどうだか。


「しかも逃げるのをを手伝った協力者もいるらしくて……結局犯人の名前が、えーとなんだったかな……あ、そういえば」

「門番さんから、手配書の写しを数枚預かっていたんだった」


 ────さて、ここからどうしたものか。


「確か、そこの……えーと、黒髪のその子の隣の木箱。そこに丸めて入れておいた筈だね。取って見てみると良いよ」

「……失礼しますね」


 言われた通りにタイガの隣の木箱の蓋を開き、中の丸まった紙を引っ張り出しては、それを開く。

 そこまで似ていない粗末な似顔絵と共に書かれている内容を、軽く流し見る。


「タイガ・ナツミ」17歳、黒髪黒目の少年。勇者殺し。魔族の疑い有り。

「不明」赤毛の少女。タイガ・ナツミの逃走を幇助。詳細不明。

共に緑のマントを着用。生死不問。一人当たり報奨金400000コル。見つけ次第最寄りの騎士団詰所、又は自警団詰所まで連絡されたし。


 報奨金400000コル。

 ふたり分両方合わせて、転移結晶とポーションの費用……初日の逃走費用が大体チャラになるくらいか。

 随分とまあ大盤振る舞いをしているようで。


「ああ、思い出した!『タイガ・ナツミ』で、確か黒髪の男だったかな」

「そう書いてありますね。もう片方は赤毛の少女とのことです」

「黒髪に赤毛かあ。この辺りだと珍しいから、そのうち見つかりそうな気がするけども……ん?」

「……黒髪と赤毛?」


 流石に気付いたか。

 とはいえ、今気付かれようがもう問題は無い。おじさまがちょっと抜けていて助かった。


「……さっき、呼ぼうとして気が付いたけれど。そういえばふたりとも、お名前をまだ伺っていなかったね?」


 馬を走らせたままに、おじさまがゆっくりとこちらを向いた。

 表情は仮面でよく見えないけれど。その声は少し震えている、ような気がする。


「……私はミュー……いえ、ミュリエール・フーヴァー」

「そして彼は、タイガ・ナツミ」


 おじさまには悪いけれど。

 「恩」とかいう不確実なものに頼っていられるだけの余裕は、こちらには無い。

 ナイフを鞘から引き抜いて、その切っ先をおじさまに向けた。


「貴方には申し訳ないのだけれど。しばらくこちらの言うことを聞いていただけるかしら」


 魔族共の下で苦しむ民がいる以上、一刻も早く()()としての務めを果たさなければならないのだ。

 アーネリエの名にかけて!


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