穏やかな夜
※エブリスタ・カクヨムにも投稿しています
夕食の後も、しばらくキュスト隊長と手合わせが続いた。
順調にディプリミスを決め、キュスト隊長の補助の武器の攻撃からも身を守る。
〝常に冷静であれ〟
〝常に緊張感と集中力を持て〟
これが、キュスト隊長から教わった戦闘においての大切なこと。
そして、これに〝守りたい者を想え〟を加えると、私のディプリミスの発動条件になった。
細かいこともあるのだけど、凝縮するとこの3点に要約される。
思えば、ぬいぐるみに関しては、自分で作ったものを冷静に客観的に見て、作っている時はある程度の緊張感を持ちつつ、作品を手に取ってくださった人が笑顔になるようにと、そんなことを考えていた。
『ジャンルは異なっても、大事なことは共通しているのかな』
営業部の仕事においても、たぶん同じだ。
仲間に入れてもらえないことを憂いていたけれど、私にとってあの仕事は生活費とぬいぐるみの材料費やイベントの出展費用を稼ぐための、ただの手段だったのは否定できない。
想いというのは、人に伝わり、そして自分の力にもなる。ヨーンに来なければわからなかったことなのかもしれない。
「よし、少し休憩するか」
「良いんですか?」
「ディプリミスはもう体得しただろう。それに、俺とここまで渡り合えるなら大したもんだ」
数日前、訓練施設で死んだことにされた時はどうしようかと思ったのに。
あまりの理不尽さに怒ったし、虚無感もあったのに。
それなのに。
「……ありがとうございます」
お礼を言うことになるなんて。
「お前の覚悟の賜物だ。自信を持て」
キュスト隊長の目線の先には、私に斬られてしまった剣が幾重にも重なっていた。
末裔の剣士でも、ディプリミスを使える者は一握りの手練れのみ。
私は、この力を話し合うために使う。間違っても相手を殺すためじゃない。
いつもよりかなり早めにレイリーさんが迎えにきて、今日はゆっくり眠らせてくれることになった。
「ナズナ様、ピルーコ様は大層お喜びでしたよ」
「そうですか」
喜んでいるなら、直接言いに来たって良いのになぁ。
「あの、レイリーが話してくれた、末裔の力の仮説がとても参考になりました。ありがとう」
「そうですか」
レイリーさんの、つんとした声。
末裔の事を嫌いだと話していた彼女らしく、表情はピクリとも変えなかった。
ディプリミスが出来るということは、即ち末裔であることに間違いはないから。
「明日の10時に最後の軍議がありますので、本日はゆっくりお休みください」
「あの、それって私も出席ですか?」
「えぇ。発言権はありませんが、流れを把握して頂くために同席されよとのことです」
てっきりディプリミスのご褒美に早く寝かせてくれるのかと思ってた。
治癒魔法のお陰で疲れは本当にないのだけど、そろそろ我慢できないことがあった。
「あの、レイリー……」
「なんでしょう?」
ドアへと向かうレイリーさんを呼び留める。
「せっかく早く休めるのなら、お風呂に入りたいです」
「……何故です?」
意外そうな顔をしないで!
「だって、あれだけ毎日汗をかいて……頭も体も服も臭くてたまりません」
南部への遠征の時もだったけれど、この数日も体を拭くだけ。全然スッキリしない。
さすがにこれでは、ピルーコ指揮官の仮眠室のお布団だって汚れてしまう。というかもう十分に汚れていそう。
「冒険者なのに、変なところに拘りますね」
「拘るというか――」
言いかけて、下手なことを言ってごまかしが利かなくなる方が面倒だなと思い、言葉を飲み込んだ。
「良いでしょう。明日の事もありますし、湯の支度をします」
レイリーさんが石鹸や大きなタオルを持ってくると、仮眠室にある小さな浴室にお湯を通してくれたので、数日ぶりに体を洗うことができた。
「あぁ、生き返る」
……事実上は、まだ死んだままだけど。
みんなで入るお風呂を嫌だと思っていたけれど、無事に終わったらまた寄宿舎で露天風呂入りたいなぁ……。
心なしか、腕が太くなったような気がする。それに、お腹のあたりを触ってみると前より筋肉が付いたように思えた。
以前より体も鍛えられて、アイリスが言っていた通り、強くなったのかな……。
体を洗いつつ脛の辺りを見ると、キュスト隊長に刺された足の傷は、もうちゃんと塞がって痛みもかった。
「毎回思うけど、本当に治癒魔法って凄いな……」
治癒士は少ない。
戦が繰り返されれば、治癒士はその都度減ってしまうから。
「アイリス……」
お風呂から上がると、テーブルの上に新しい両手剣と新しい服、そしてレイリーさんの置き手紙があった。
〝明日はこれらを身に着けてください〟
「これら……?」
室内を見回すと、入り口のドアの横に甲冑が置いてあった。
両手剣の刀身には私の名前の刻印も入っていて、グリップは爽やかな水色の革が巻かれていた。
「エリムレアの瞳の色と同じだ……」
正規軍の剣の長さはガイダの剣よりは短く、腰に下げる仕様のぶ厚い革で出来たホルダーとベルトが付いていた。
傷一つない美しい刀身を手に取る。
闘技場で使っていた剣は、本当に使い古しで、細かい傷がたくさん付いていて曇ったように見えていたけど、これなら……姿が映る。
『あぁぁ、黒髪のエリムレア、可愛くていいなぁ!』
両手剣を握りしめてベッドの上で悶えた。……もういつもの発作のようなものです。
黒髪がとてもキュートで、確かにこの新品の甲冑と合わせたら、初々しいお坊ちゃま新兵に見えそう。
グリップの革の色が瞳と同系色の水色で、とても良く似合っていた。
「はぁ、元気出てきた!」
よし、一通り試着してみようかな。
明るいグレーのゴワゴワしたアンダーウェアの袖と赤い腕章には、金の糸で国の紋章と私の名の刺繍が施されていた。
甲冑の方は、内側を見るに、どうやら古いものを磨いて修理したもののようだった。
『たった1度の作戦のために新品を発注するなんて、経費の無駄遣いだものね』
ということは、私はここにずっといる必要はない。この作戦が終われば本当に解放してもらえるのだろう。
この数日間、倒れるように寝ていたけれど、今日はまだ起きていられる気力がある。
両手剣に、正規軍の甲冑を身に着けた自分の姿を映すと、さらに気持ちが上向いた。
「いつも、この容姿に助けられているなぁ……」
小さな窓を開けてヨーン市街地を見下ろすと、残念ながら寄宿舎が見えない方角だった。
眼下には市街地の北東に位置する軍用地があり、あそこで開かれた市場での拉致事件を思い出した。
そしてその方角の先には、次の制圧戦が行われる禁足地がある。
広大な草原地帯で、一体どのようなことが待ち受けているのだろうか……。
「早く帰ってぬいぐるみを作りたいな……」
それに、早く皆に会いたい。一緒に探索に行って、ご飯食べて、笑いたい。
あの日、怒りに震えていたキージェの声を思い出すと、本当に胸が痛む。
言葉を荒げるキージェを諫め、気力を失くしたアイリスを支えていたグラン本人は大丈夫かな。ドーヴァの事もあるし、エリムレアが処刑された今は板挟み状態なんじゃないだろうか。
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前回の後書きに「猫派」と書きましたが、生まれた時から犬と一緒だったので、犬も大好きですよ!
他作品で馬の話も書いているほど、馬も大好きです。




